俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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今回よりセリフの間にもインデントを入れてみました。
より読みやすくなっていますと幸いです。







第51話 モジュレーション・インパクト  ──Will you notice the true me?──

「ね、透、この色でどう」

 

「……さっきと何か変わった?」

 

「さっきより緑寄りになったでしょ。海っぽくさ!」

 

「…………いーんじゃね?」

 

「っしょ〜?」

 

 

 

 ど、どこの色をどう変えたのか全くわかんねぇ……。

 

 百合と一緒に覗き込む画面の中、パワーポイントでフチだの影だの付けた画像が貼り付けられてる。

 本人が言ったように海っぽい色で統一されてて見やすい。俺には全くこういうセンスないから純粋にスゲーってカンジだ。

 

 

 期末テストの迫る12月上旬。

 

 そこで皆思い出したのは、沖縄修学旅行のまとめ発表。

 勉強と部活とめんどいのとで、俺らのパワーポイントは適当に画像が張り付けられたまま放置されていた。

 

 提出は今週金曜。あと2日しかない。グループメンバーの大半は部活、勉強居残り、通院などなど予定アリ。

 危うく詰みかけた所、百合が『あたしが全部まとめちゃって良いならやるけど』と言ってくれた。

 

 ありがたいことこの上なく、グループメンバーは百合に拝み倒してそれぞれ帰っていった。

 ……特に予定のなかった俺を除いて。

 

 当の本人から『いるだけでいいから』と言われたのもあって、放課後俺はパソコン室で百合の応援係に徹していた。

 

 

 

「……ちょっと写真多すぎ?」

 

「別に良くね?文章減るんだし」

 

「それもそっか。じゃーもう一枚足しちゃお」

 

 

 

 つっても俺マジで何もしてねーけど。

 

 一応勉強しようと思って出しといた英語の単語帳は端に置きっぱ。

 全部百合にやらせて勉強は申し訳ないってのが半分、フツーに写真見て懐かしいってのが半分。

 応援係とは名ばかりで、スライドを眺めつつ40分位百合と話してるだけだった。

 

 

 周囲を見渡すと、同じように焦って今日作りに来た生徒が3組。雰囲気的にコイツらはそろそろ終わりかな。

 

 百合は俺と話しながらの上スゲー丁寧に作ってくれてるし、もうちょいかかりそう。部屋を出ていくのは俺らが最後だろう。

 

 

 

「ねー透、写真どっちがいいと思う?」

 

「あ?あー……、左?」

 

「よねー。あ、見てこれ!びしょ濡れ深瀬くん!」

 

「うわあった!ホントひっでぇ」

 

「これですぐ乾いたからすごいよねー」

 

「それなぁ。俺アイツら歩いて帰るしかねぇと思ったわ」

 

「あっは、マジ乗せてもらえるとは思えない濡れ方だったもんね。ね、これは?」

 

「夕飯の写真?女子こんなん食ったんだ」

 

 

 

 思い出話もあるし。

 

 カーテン越しの光がどんどん弱くなっていくのもお構いなしに、俺と百合はモニターを囲んで話し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「すんませーん、先出ちゃうけど、鍵任せてもいい?」

 

「んぇ?あーうん、全然平気!任せてー」

 

「あざーす」

 

「じゃあねー」

 

 

 

 ふと、最後に残った男二人が立ち上がって声を掛けてきた。

 百合の受け答えを横に時計を見ると5時半。うわ、外真っ暗じゃん。

 

 百合に手を振られた二人はどこか嬉しそうにパソコン室を出ていった。電気を間違えて消しちゃう、なんていうウザい絡みをしながら。

 

 

 

「あーゴメーン」

 

「こらー、消さなーい!」

 

「ごめんねー」

 

「はいはい、じゃあね!」

 

「「はーい」」

 

 

 

 コイツこんな甘い対応ばっかしてるから変に告られるんじゃねぇの。

 なんて、デレーっとした顔になって去っていった二人を見て思う。全く知らない奴らなのに。

 

 

 

「………あっは、うざ」

 

 

 

 ほら本心はこれなんだから。

 

 足音が聞こえなくなった途端吐き捨てた低い声に噴き出す。俺に釣られて百合もくすくす笑い出す。

 

 

 

「何、悪い?」

 

「べっつに~?」

 

 

 

 何事もなかったように作業に戻っていくせいで余計面白い。二人笑いながら、最後のスライドに文字を打っていった。

 

 全部でスライド10枚。写真と一緒に沖縄の紹介と解説、感想をそれなりに。

 最後に班員全員の名前を書いて、俺たちの班の修学旅行まとめパワーポイントは完成した。

 

 

 

「よし、出来たんじゃない?」

 

「だな。お疲れ」

 

「最後に見直ししよっか。んで帰ろ」

 

「あーい」

 

 

 

 頭から再生して、スライドを一枚ずつ見ていく。作ってる最中も思ってたけど超キレイにまとまってる。

 

 見ていると、百合スゲーって気持ちより、なんか申し訳ないが勝ってきた。

 

 

 結局作ったの全部百合だな。

 

 先生には協力して作れって言われたけど、無理な話だ。パソコンで作るものをどうやって大人数で作るんだよ。

 

 USB持ってる持ってない、家のパソコンあるなし、センスのあるなし、その他もろもろ。

 こーいう『皆で作ってね』系って最終的にできる奴1人になりがちだ。

 

 

 

「何かごめんな。全部やらせて」

 

「えー?別にいいって。あたしがやるのが一番早いっしょ?」

 

「それはそうなんだけどさ」

 

「いーよ、別に。徹も明里も、他の皆も、お礼に明日なんかしてくれるって言ってたし。

……アンタもしてくれんでしょ?」

 

「……ソノツモリデース」

 

 

 

 うわごめんとか言わなきゃ良かった、なんちゃって。

 

 さすがにその程度のお礼くらいする。今マジで手持ちが無いだけだ。具体的に言うとスーパーですら満足に菓子買えないくらい。

 まだ今月の小遣い貰ってないから母さんに催促しないと。

 

 

 俺の返事に気を良くしたのか、『1.はじめに』の文章の句読点を直した百合はターンと高らかにEnterを叩いた。

 

 

 

「あっは、やりぃ。

じゃ、明日は皆で一緒に帰るんで決定ね。徹もさすがに大丈夫でしょ」

 

「さすがにな」

 

「ね。アイツホントありえないんだけど」

 

 

 

 徹が珍しく百合を置いて帰ったのは、登校中に自転車パンクさせたとかいうアホみたいな理由だ。

 今朝ゼェゼェ言いながらクラス来たから何かと思えば、途中でパンクしたせいで自転車押しながらダッシュしてきたらしい。

 

 てわけでアイツは放課後修理に直行。楠木さんは歯医者の定期検診。途中まで道一緒ってことで、今日は二人で帰っていった。

 

 

 

「明里、徹に合わせて歩いてったのかな?」

 

「いや?悪いから走って一緒に行くって、徹が」

 

「あっは、マジか。頑張るなぁ」

 

 

 

 話しつつ、百合が3スライド目で手を止めた。

 

 

 画面の写真のうち1枚は、水族館の触れ合い広場で遊んでる徹、楠木さん、田中の3人が写ってるやつ。

 

 徹が楠木さんの手を取ってヒトデを乗せようとしてる。ひえぇって顔の楠木さんを見て、サイドの2人は笑っていた。

 

 

 

「仲良くなったよねぇ、あの2人も」

 

 

 

 その写真を少し眺めた後、しんみり言われる。徹と楠木さんのことだろう。

 

 

 俺もそう思う。

 

 俺のついでに徹が一方的にベタベタ絡んでるってカンジだったのが、すっかり2人だけでもよろしくやれるようになった。

 それに、あの日夕飯を一緒に食べてから余計懐いた感じ。

 

 お互いにとって良い友達してんなって、傍から見ててそう思う。

 

 

 

「そ」

 

「付き合ってたりして」

 

「………………は?」

 

 

 

 同意しようと口を開いたら、百合はとんでもないことを言い出した。

 

 

 思わず顔を見ると、画面から目を離さないまま薄ら笑いを浮かべていた。

 

 いや、百合、冗談キツイって。お前まで神田さんみたいなこと言うなよ。

 何より、徹が好きなのはどう見てもお前だろ──なんて口を挟ませないくらい早く、百合は続けた。

 

 

 

「バカ言」

 

「あるかもじゃん。神田ちゃんも怪しいって言ってたよ」

 

「神田さんの恋愛センサーが合ってたことないだろ」

 

「どうかな。あたしはあると思うけど。ほら、この写真も手握ってるし。

あっはは、ね、マジで付き合ってたらどうする?」

 

「だからねぇって」

 

「あるなしじゃなくて、どうするって聞いてんの」

 

「そんなの……」

 

 

 

 百合の淡々とした聞き方に、思わず想像してしまう。

 

 徹が楠木さんを好きとか、ぜってぇ無いけど。無いけど、もしそうだったら。

 いや、その逆で、楠木さんが徹のこと好きだったら……。

 

 

 考えた途端、言葉にならないモヤモヤが胸に広がった。

 徹が気に入らないワケじゃないのに。楠木さんが誰を好きになろうがどーでもいいのに。

 

 それを蹴散らすように、誤魔化しの言葉を吐く。

 

 

 

「……そ、んなの、どーでも良いだろ。2人が良いなら……」

 

「ふーん。じゃ、もしそうだったら、余ったあたしたちで付き合おうよ」

 

「…………え?」

 

「……いや別に今でもいっか」

 

 

 

 表情を変えないまま呟くように言って、百合は俺の椅子の肘置きを握った。キャスター付きの椅子は引っ張られるまま動いて、あっという間に距離を詰める。

 

 お互いの膝がぶつかる近さで、百合は俺と目を合わせ言った。

 

 

 

「あたしと付き合ってよ、透」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合の瞳に移る、呆然とした顔。そのアホ面は確かに俺の物で、今言われたことを必死に飲み込もうとしていた。

 

 

 告られた。多分。

 

 百合に告白された。" 付き合って "って。『買い物に~』なんてバカみたいな文脈じゃないことは雰囲気が言ってる。

 

 でもそんなハッピーな告白じゃないことは、相手の表情に出ていた。固い薄笑いは緊張ってレベルじゃなくどこか虚ろで、怖い。

 

 

 

「…………何……、言って……………」

 

「分かんない?彼氏になってって言ってるの」

 

「……う」

 

「嘘じゃないよ」

 

「じょ」

 

「冗談じゃない。本気」

 

「ふざ」

 

「ふざけてもないって」

 

 

 

 否定の言葉を先回りして潰される。

 手は知らないうちに俺の腕に。添えられてるだけなのに、逃げられない圧があった。

 

 

 

「ね、透。お願い。いいでしょ」

 

 

 

 俺を見つめたまま、百合は更に近づいてくる。

 

 うっすらしてる目元の化粧が分かるくらい。

 乗り出した胸が、逃げられない身体に触れそうなくらい。

 タイツに包まれた太ももが、このまま膝の上に座りそうなくらい────

 

 

 

「……っ、いいわけねぇだろッ!」

 

 

 

 やっと喉を突き破って出た叫びに、百合が固まる。

 何なんだよクソ。思い切り手を振り払おうとしたのに、そんな顔を見せられたらできない。

 

 代わりに睨みつけると、百合は怯まずそのまま見つめ返してきた。

 

 

 

「なんで?」

 

「なんでも何もあるか!何だよ急に、俺とお前ってそんなんじゃないだろ!?」

 

「じゃあ好きって言ったらいいの?」

 

「よくねぇ!」

 

「どうして」

 

 

 

 その問いに脳裏に浮かんだのは、友達二人。

 何故か浮かんだ女子の方をかき消して、俺はそいつの名を叫んだ。

 

 

 

「ッ、徹は!」

 

「……」

 

「徹はどうしたんだよ!アイツ、お前のこと好きなんだぞ!?分かってんだろそんくらい!」

 

 

 

 クソッ、ゴメン徹……。

 

 バレバレとは言え、勢いで好意をバラしてしまった罪悪感が胸に広がる。

 けど、そこまでして言った言葉に返ってきたのは否定だった。

 

 

 

「……徹は、あたしのこと好きじゃないよ」

 

「はぁ!?お前……っ、え……?」

 

 

 

 コイツ、よくもそんなことを──怒鳴りかけた時、目の前を光るものが落ちていった。

 それは制服の上に1つ、2つ落ちて、染み込んで消えていく。

 

 信じられない思いで視線を百合に戻すと、頬を濡らした百合が俺を見つめていた。

 

 目が合う。

 

 余計潤んできた瞳を、俺の袖をキツく握って堪らえようとしてるけど、できない。

 

 

 

「……だっていたる、ゆぃみたいな子、好きじゃないもん……」

 

「…………は」

 

「……絶対、好きじゃ、……っ、んえぇぇ………」

 

「…………………………、えぇ……?」

 

 

 

 百合はそのまま崩れ落ち、なんと俺の手に縋り付いて泣き出した。

 

 信じられないその光景に、俺は何もできず固まるしかない。

 パソコン室のカーテンのせいでその泣き声はこもって耳に残る。

 その上手に爪立てられてて痛い。

 

 

 マジで意味不明のやりたい放題。こっちはまだ何も受け止めきれてないのに。

 いつものカンペキ女子とも、さっきの圧ある雰囲気とも真逆な姿に気分悪くなってきた。泣きたいのはこっちだ。

 

 

 

「どうしちゃったんだよ……」

 

 

 

 頑張って聞いてみたけど、返事代わりに泣き声が大きくなっただけだった。 

 

 

 

「……ゆぃも、ゆぃだっていたるが…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうやらさっきのおふざけ男二人、エアコンまで消してったみたいだ。

 お互いの指先が冷え切る頃、俺はようやく百合を椅子に座らせることが出来た。

 

 悪いけどティッシュなんて上等なもんは持ってない。

 「取り敢えず拭けよ」と声だけ掛けたら、百合は自分でタオルハンカチを出して目元を拭った。

 

 

 それでもまだぐすぐすしてる百合を、俺は黙って見つめる。

 延々と聞かされた子供みたいなふえぇーって泣き声のせいで、さっきまでの怒りはすっかり枯れていた。

 

 残った心配と疑問(+怖さ少々)と一緒に待っていると、百合はハンカチを膝へ置きようやく口を開いた。

 

 

 

「……ゆぃ、もう疲れちゃった………」

 

 

 

 " ゆぃ "だか" うぃ "だか聞こえてたこの単語はどうやら自分の名前(ゆり)のことらしい。つっかえながら言われた言葉に、続きを促す。

 

 

 

「疲れた?」

 

「……疲れた。疲れたの。ゆぃ、もう頑張れない。あたしもう無理だよ、透……」

 

 

 

 百合は俯き、前髪で顔を隠す。顔をあげたくないように、ウェーブのかかったサイドの髪を強く引っ張りながら。

 

 

 

「ね、透……。ゆぃね、あたしね、本当は何にも出来ないの。何やるのも怖いし不安なの。

 

できる子でも、すごい子でもないの。皆の、徹のためにやれるまで頑張ってるだけ。

 

ゆぃね、ゆぃほんとに、それだけで、」

 

 

 

 スカートにまた涙が落ちていった。震える声は最後に「普通の……」と絞り出して泣き声に飲まれていく。

 

 

 普通の──普通の女の子。

 

 泣きじゃくる姿を目の前に、いつか思ったのと同じ言葉が浮かんだ。

 あの時はあり得ないと思って流したけど、本人の口からそう聞かされて、心の底から納得できた。

 

 

 勉強運動友達付き合い、文化祭の企画にキーボード演奏から修学旅行の計画まで。全部完璧にこなす隙の無い超人美人な女子。

 

 俺含め、朝風百合を知る奴は誰だってそう思ってる。

 

 実体はただ頑張ってるだけ。自分のことを舌足らずに" ゆぃ "って呼んでボロボロ泣き出すような女子だなんて、まさか誰も思わない。

 

 そうきっと、特に徹は。

 

 

 

「徹はこんな子好きじゃない。絶対に。

 

だって、徹が好きなのはなんでもできるあたしだもん。

" そういう風にした "んだもん、好きになってほしくて、全部。

 

それだけは分かるの、徹のこと何も分かってあげられないけど、それだけは」

 

 

 

 顔を覆い、涙でくぐもった声で百合は言った。

 

 その言葉に、誰より百合に相応しい男になる──なんて言っていた徹の笑顔が浮かぶ。悩みを乗り越えて、夏空の下晴れやかに笑っていた徹が。

 

 

『百合はおれのこと分かってくれる』

 

『高嶺の花って感じが好き』

 

『百合に追いつくんだ』

 

 

 徹が好きだ好きだと言っている百合の姿は、今のものとは似ても似つかない。

 

 ゆーてアイツなら『そんな百合も好き』とか言うんじゃ、なんて百合の言葉を否定してやりたかったけど、思い出されるのはそれを補強するようなものばかり。

 

 

 徹が好きな百合はいつものカンペキ女子で、わんわん泣くような自分じゃない。でもそのカンペキ女子のままで居るのは疲れちゃった。……ってことか。

 

 百合が言いたいことは分かった。泣くほど苦しいってのも。

 けど、そもそも前提として気になることがある。

 

 

 

「……そんな好きなの?徹のこと」

 

「好き」

 

 

 

 一瞬の間もなく帰ってきた返答に固まる。今の雰囲気に合わない間抜けな質問に、百合はパッと顔を上げて言った。

 

 

 

「好き。大好き。初めて会った時から、ずーっと」

 

「あ、そうなんだ……。…………………えぇマジで!?」

 

「マジ!」

 

 

 

 つい大声上げた俺に叫び返す百合。その表情は少し照れもあるけど真剣そのものだった。

 

 

 だってずっと泣きながら喋ってる言い分は、百合も徹が好きってのが前提。

 

 へぇコイツ徹のこと好きなんだ。普段あんな手のひらで転がしてるみたいな態度のくせに。

 マジかよ。マジ?マジで!?

 

 

 

「えっ、え、だって、お前付き合ってたよな!?他の男と!?今年で二人!」

 

「だって、だって!告白されちゃったんだもん!しょうがないじゃん!」

 

「そんなの」

 

「断れないの!いつも、いつもしようとするけど言葉が出てこなくてっ、好きって言ってくれたのすぐ断るの悪いかもだし、怖くてOKだしちゃって、っ、でも皆テキトーに彼女欲しいだけで最悪で、付き合ってる間頑張って別れる理由考えてすぐ別れてるだけで……」

 

「えぇ……」

 

「それにその、その方がワガママ感あるっていうか、そんな子の方が、徹が好きそうだから……」

 

「うそぉ……」

 

 

 

 勢いで立ち上がった百合はだんだん恥ずかしくなったのか、弱くなる口調と一緒にゆっくり座った。

 ぷいと横を向いて「……まだちゅーだってしたことないもん」と添えながら。

 

 

 マジかよコイツ。

 

 そんな百合を見て、何回目か分からない感想が浮かぶ。話す度本当の百合を知れたようで、さっぱり分からなくなっていく。

 

 これが朝風百合?

 

 自分のこと名前で呼んで、泣き虫で、子分みたいに使ってる男の事がめちゃくちゃ好きなのが本当の百合?

 俺らが約1年仲良くしてきた普段の百合は、徹用に作り上げた百合だったって話?

 

 

 

「……じゃあ、なんで」

 

 

 

 徹が好きな百合。

 徹に好きになってほしくて頑張って、完璧でいた百合。全部全部徹のため。

 

 そんな百合がどうして、なんで──

 

 

 

「なんで俺に付き合ってって言ったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合は俺をじっと見つめた。不安げな上目遣いで、俺の感情を探るように。

 

 

 

「……だって」

 

 

 

 少なくとも怒ってないことは伝わったのか、百合は机に突っ伏して口を開いた。

 

 

 

「透なら、分かってくれるでしょ」

 

「なにが」

 

「あたしがゆぃでも……さ」

 

 

 

 俺が机に乗せていた手に、ためらいつつ手が差し出される。俺の手を指先で軽く撫でながら続ける。

 

 

「透、ゆぃに似てるもん。

 

先のこととか細かいこととか色々考えちゃって不安になるでしょ。

どうしようって分からなくなって、怖くなったりしちゃうでしょ。

 

それでも表に出さないで、自分がやらなきゃってカッコつけて、意地張って頑張ってる。……違う?」

 

「…………さぁ?」

 

「あっは、ほら」

 

 

 ……こんなに言い当てられると思ってなかった。悪かったなカッコつけで。

 

 動揺が指先に出たのか、百合は笑いながらすりすりと指を絡ませる。

 人差し指、中指、薬指、小指、最後に親指。手遊びみたいに弄んで手を繋ぐ。

 

 

 

「ゆぃも一緒。ずーっとカッコつけてるだけ、徹のために。

 

……ゆぃね、徹が好き。だーいすき。付き合えたら嬉しいだろうな。

二人で色んな所行って、遊んだり話したり………。

 

でもね、いつか限界が来る気がする。

 

分かるの。自分のことだから。

ゆぃ、ずっとあたしじゃいられない。ずっと背伸びしてるだけだから。

 

でも、でも、徹の前でゆぃでいるの想像つかない。できない。

 

徹に本当はこんな子ってバレて、嫌われちゃったらどうしよう。今みたいに好きって思ってもらえないかもしれない。

 

それに、頑張ってるのに気づいてくれない徹にイライラして当たるかもしれない。絶対そう。

ゆぃはいつか徹を嫌いになる。

 

それが一番怖い」

 

「……」

 

「分かってるよ、こんなの言ったら4人でもう仲良くできないって。

でも、でももう、どうしたらいいか分からないの。

 

もうこんな思い、捨てちゃいたい……」

 

 

 

 そう言うのと一緒に、百合はより強く俺の手を握った。ぎゅっと冷えた指同士が絡む。こっちを見て、とばかりに引き寄せられて。

 

 

 

「助けて、透。この恋終わらせて。あたし、きっといい彼女になるから」

 

 

 

 目を合わせて、そう言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく百合と見つめ合った。

 

 

 ハノ字眉の上目遣い。涙の乗った長いまつ毛。つやつやの唇。引っ張ったせいでウェーブのとれた髪。

 

 泣きすぎで目充血してるし、素人目に化粧もヘアセットも崩れてるのが分かるけど、それすら魅力の一つに見える。

 

 

 百合はカワイイ。それはもう滅茶苦茶。スタイルも良くて、学年一って言ってもいい美人。

 こんな子を彼女に出来たら超スゲーし、一生の自慢になると思う。

 

 

 

「………嫌だ」

 

 

 

 だからこそ、なんてバカなんだろうと思った。

 

 

 友情を壊すようなこと言いやがって、てだけじゃない。

 

 その化粧も髪型も、すべすべに指先まで整えられた手も、普段の完璧な姿も、さっき泣いていた姿も、その告白も、全部全部徹のため。

 

 俺が好きだとは一言も言ってくれてない。

 

 それじゃあ、フラれながら付き合うようなもんだ。

 どんなに素敵な彼女ができるとしても、そんな虚しいことしたいヤツはいない。少なくとも俺は。

 

 

 柄に合わないロマンチックな考えだけど、俺は好き合った人と付き合いたい。

 

 

 

「お前とは付き合えない」

 

「……だめ?」

 

「ダメ。散々徹が好きって言われて付き合えるかよ」

 

「徹が好きで、苦しいって言ってるのに?」

 

「……それに」

 

 

 

 それに──。

 

 思い返すのは、1年の春。あの日あの時、外階段の上であの子と話したこと。

 

 

 

「自分の恋愛くらい、自分で蹴りつけろよ。どっちに転んでもいいじゃんか。

もしダメでも、終わったら散々文句言って乗り越えれば良い。俺はそう思う」

 

「………前向きだね」

 

「それにまだ分かんねーじゃん。徹だってそういうお前の方が好きかもしんないぜ?」

 

「どうかな」

 

「ま、もしそうなったら、そん時は付き合ってやるよ。愚痴でも何でもさ」

 

「………そっか」

 

 

 

 ごめん百合。助けてやれない。

 

 俺はお前のことそういう意味で好きじゃないし、そんな思いで付き合いたくない。

 

 俺を利用しないで、自分で蹴りをつけてくれ。

 徹のための完璧な自分と、本当の自分で折り合いをつけて、苦しんで結論を出してくれ。

 

 それに俺決めてるんだ。次は最高の恋をするって。ちょっとした復讐も兼ねてさ。

 

 

 繋いでいた手を握手のように握り返し、百合の手を離す。

 俺は俺のエゴで、百合の助けを求める手を振り払った。

 

 

 

「……そっかぁ」

 

 

 

 空になった手を眺め、百合は繰り返した。ため息を一つして目を閉じ、胸の前で手を握る。

 

 

 

「………………ま、透ならそう言うよね」

 

 

 

 表情は少し晴れやかになって、ようやく見知った笑顔が覗いた。ほっとしてため息を付くと、くすくすと笑ってくれた。

 

 

 

「ひどいの。あたし、フラれたの初めてなんだけど」

 

「奇遇、俺も女子フったの初めて」

 

「でしょーね」

 

「はぁ?」

 

 

 

 なんて、お互い軽口を叩いて笑い合う。

 その内に、百合は両頬に手を当て目を伏せた。後悔のにじんだ表情で、俺の様子を伺う。

 

 

 

「……ごめんね、変なこと言っちゃって」

 

「全くだよバカ」

 

「……嫌いになっちゃった?」

 

「なら」

 

「嫌いにならないでぇ……」

 

「今ならねぇって言おうとしたろうが」

 

「本当に?」

 

「だからなら」

 

「絶対だよ?」

 

「ならないっつってんだろ!」

 

 

 

 普段の百合と" ゆぃ "の合いの子の様な目の前の女子は「本当だからね」と念に念を押してやっと納得した。

 

 

 なんて面倒くさい女子だ。経験上一人称自分の名前のヤツ碌な子だった覚えがないけど、説立証ってカンジ。

 

 でも、これが本当の百合ならしょうがないか。

 カンペキ女子の裏側は泣き虫メンヘラ、って知りながら仲良くするのも悪くない。

 それでこそユージョーってヤツだろう。

 

 

 嫌われてないと安心した百合は気を取り直し、パソコンに向き合っていた。疲れたと言われた手前、俺も手伝うために見返す。

 

 見出し、写真、ページ番号、誤字脱字。多分大丈夫のはずだ。

 

 

 

「……今日のこと、徹には言わないでね」

 

 

 

 残り2ページに差し掛かったあたり、だいぶ普段通りに戻ってきた声色と口調で言われる。

 画面から目線を外して隣を向くと、ジトッとした目と目が合った。

 

 

 

「言わねーよ。当たり前だろめんどくさい」

 

「マジだからね」

 

「マジだって」

 

「本当だからね」

 

「本当です~」

 

「言ったら明里にアンタが明里のこと好きってバラすから」

 

「……………………お前なぁ」

 

 

 

 今度は俺がジトッと睨み返す番だった。

 ついにコイツまで言い出したよ。皆揃って、何回も何回も飽きないもんだ。

 

 が、百合は負けじと睨み返してきた。さっきのぐすぐす泣いてた姿がウソみたいだ。

 

 

 

「何。今更否定なんかさせないけど」

 

「するわ。何だよ、そんなさっきフったの根に持ってるワケ?」

 

「まさか。マジでそう思ってるから言ってんだけど」

 

「だーかーら」

 

「あのねぇ、別にアンタと明里が友達っての否定してるわけじゃないんだけど」

 

 

 

 他の皆とは違って、茶化し0の物言いで百合は重ねた。その言葉に驚いて次が出なくなる。

 

 

 

「アンタが毎回違うっつってんのそれでしょ?こっちは対等に友達やってんのに、それを否定しやがってって」

 

「……」

 

「二人とも良い友達だよ。親友じゃん?

それはあたしが保証する。1年近くにいたもん。分かるよ。

 

だから、透が明里のこと好きってのも分かる」

 

「……ちが」

 

「違わない。いい加減気付いてないフリすんの止めなよ透。

今は、明里のことそーいう意味でも好きってだけじゃん」

 

 

 

 俺が楠木さんのこと好き。俺が?楠木さんのことを?

 

 

 何度も突きつけられるその言葉に、いつも通りの否定が出てこない。

 

 楠木さんは友達で、高校じゃ一番てくらい仲良くて、それを毎回恋愛一括りにされるのが嫌だった。

 最高に青春するぞって約束して、色んな事を一緒に乗り越えてきた友達なのにって。

 

 でも今は、今は──?

 

 

 

「見てれば分かるよ透。最近アンタが明里といる時って、徹と……あたしといるときの徹と一緒だもん。今、この子と一緒にいれて嬉しいって感じ。

 

あっはは、あたしも人のこと言えないかもだけど」

 

「…………」

 

「まぁ確かに、そういう意味で好きってなったら友達じゃなくなる、って怖がってんのかもだけどさ。

………………とりあえず、周りからそう見えてるってのは知っといたら?」

 

 

 

 全ページ見終わったのか、百合はパワーポイントを保存して閉じる。ニヤッと笑い、スクリーンに残った画像を指し示した。

 

 修学旅行3日目、飛行機降りてきたばっかの班員を百合が撮った写真だった。映り込む百合の手に、谷中、田中、楠木さんに神田さん。

 そうそう、確か楠木さんは飛行機で寝れないタイプだから、こん時もすっげぇ眠そうにしてて谷中に引っ張ってかれてたっけ──

 

 と思いながら写真を見て、百合の指す部分が目に入った。

 

 

 少し離れた後ろの集団に俺らの班。徹や片岡が戻ってきた喜びで騒ぎ周りも笑う中、俺の視線は違う場所を向いていた。

 

 周囲の話なんて聞こえてないような表情で。

 

 

 

「………」

 

 

 

 右上の×が押されて画像が消える。

 

 百合はUSBを引き抜き、シャットダウンを選択した。すっかりいつも通りに戻って、スッキリした表情でグッと伸びをする。

 

 

 

「よっし、作り終わったし早く帰ろ透!

うわーマジ外真っ暗じゃん、最悪!絶対寒いじゃん。この部屋も寒いしさ。

 

あー、あと鍵返さないとなんだっけ?あたしこの顔で職員室行きたくないからアンタが返してきてよね。

 

ほら行こうってば、もう!」

 

 

 

 手早く荷物を抱え、出口に歩いていた百合が振り返る。

 

 

 

「なんて顔してんのよ、バカ!」

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