俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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今回は2話同時投稿になります。
6話目です。


第6話 仲良しテスト  ──チキンな気遣い──

「なぁー、この単語なんだっけ?」

 

「えっ……分かんない…。『趣ある』みたいな意味じゃ無かった?」

 

「まぁ古文単語の大半はそうだもんなぁ」

 

「とりあえず褒める感じだよね」

 

「プラス思考の塊だよな」

 

「見習いたいねー」

 

 

 

 古文単語帳を開き、意味を確認して付箋を貼っておく。パラパラめくる音は周りの喧噪に飲み込まれていく。

 

 

 時間は放課後。

 

 テスト一週間前という事で6時まで教室に残って勉強して良いらしく、俺たちもとりあえず参加していた。

 

 結構残った生徒は多くて、3分の2くらいは机が埋まってる。部活休止期間なのと他クラスの奴らも集まってるからだろう。

 そのせいでクラスは結構騒がしい。

 

 おおよそ勉強しているとは思えない雰囲気の中、ノートと筆記用具達が皆の机の上で放置されていた。

 

 

 

「5時半には帰っちゃおうぜ」

 

「さすがにちょっとうるさいもんねー」

 

「でも帰ってもどうせやんねーんだよな」

 

「だめ、思ったら負けだよ赤坂くん」

 

「7時になったらやろう、8時になったらやろう、9時になったら……」

 

「やーめーて」

 

 

 

 楠木さんも結構不真面目な事をからかいながら、先生がテスト対策に配ってくれたプリントを解こうとする。

 

 和歌に区切りを付けて読み、中身を理解しようと……ダメだ。気が向かない。シャーペンが動きたくないらしい。ワガママなシャーペンだ。

 

 

 

「……気分転換に散歩してくるわ」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 

 

 シャーペンに休暇をやることにして、俺は荷物置きっぱなしでクラスを出た。

 チラッと振り向くと、楠木さんは眉にシワを寄せてプリントに向かっていた。

 

『私は勉強しています』

 

 そんなポーズに見えて俺は無理矢理顔を前に向けた。

 

 あー、もう。俺まで顔色伺い初めてどうすんだ。頭をぐしゃぐしゃかき回し、足音高く階段を降りた。

 

 

 3階に降りて、そこから第2棟へ繋がる渡り階段を行く。

 

 いつもは騒がしい校内も、テスト前という薄い緊張感に包まれてずいぶん静かだった。

 初夏の風に吹かれて木々が揺れる音まで聞こえる。

 

 西日に目を細めながらその方を見れば、日に透けた緑の集まり。小学生の頃緑一色で塗りつぶした葉が、今は色んな色に見える。

 こうやって人は成長を実感するんだろう。

 

 

 

「ぶふっ……」

 

 

 

 自分で吹き出した声で一気に現実に引き戻された。

 くつくつ笑いながら渡り廊下を足早に抜ける。

 

 いやちょっと透くん、今のはさすがにおセンチにも程があるだろ。

 

 我慢できなくなった笑い声が人っ子一人いない第2棟に響き渡る。隣には誰もいない。

 笑い声が止んで、今度はため息が響いた。

 

 

 

「はぁーあ……」

 

 

 

 何もかも面倒だ。全部ほっぽって中学に戻ってしまいたい。

 

 

 

『何かあったら連絡しろよなー』

 

『気が向いたら遊ぼうぜぇ』

 

『俺で良ければいつでも遊びに付き合うからな!』

 

『今度はオレも誘ってくれよ~』

 

 

 

 遼太郎、蓮也、歩夢、信久。皆が送ってくれたLINEの文が思い浮かぶ。

 

 あいつらとバカやってた頃に戻りたい。

 ゴールデンウィーク遊んだ時は最高だった。久々にその時に戻った気分だった。

 

 休み時間になれば自然と集まって、どうでもいい雑談を繰り返す。

 『友達』なのも『楽しい』ことも、わざわざ口に出さなくても明白。多少は仲良くなったクラスの男子たちと遊んでてもこうはならない。

 

 ……楠木さんとも。

 

 

 当てもなくフラフラ第2棟を歩き回る。

 4階に行ったと思えば暗い階段を降りて1階まで。とんとんと下がっていく音を聞く。

 

 

 

「……戻ろ」

 

 

 

 外に出ても暗さは変わんなかった。

 

 右を見ると大きな外階段がある。こいつの作った陰のせいだ。どうやら真反対の場所に出たらしい。

 

 

 

「……!」

 

 

 

 階段に「立ち入り禁止」の札は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を一つ飛ばしに、足早にクラスに戻る。

 

 あんなところがあるなんて、マジ信じらんねー!

 面白いところを見つけた。探検してみるもんだ。

 

 時間はもう5時を過ぎてる。散歩に出るとか言っておいてすっかり時間が経ってしまった。

 

 

 

「なぁ楠木さ…!」

 

「ねー、楠木さんこれどっちかなー?」

 

「えっ、多分、B?」

 

「えーなんで?教えて教えて」

 

「んっとね……」

 

 

 

 クラスに飛び込むと、楠木さんの周りに女子が2人いた。

 皆で机に座ってプリントを広げている。この前ぐいぐい来た奴らとは違う子たちだ。

 

 楠木さんはちょっと慌てつつも楽しげに話していた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ふわふわ足下がおぼつかないのに、肩に重い物がのしかかる。

 俺は無言でクラスに入って、荷物をまとめはじめた。

 

 空欄だらけのプリントがぐしゃぐしゃになっても気にしない。その音で、楠木さんが振り向いた。

 

 

 

「あ、赤坂くんお帰り……もう帰るの?」

 

「……あー、うん。……母さんが近くまで来てるから乗せてくって」

 

「あら、羨ましい」

 

「うちらも乗せてってー」

 

 

 

 女子二人──確か谷上と田中──が笑って話しかけてくる。

 

 

 

「うーん、大量の買い物に付き合ってくれんならね」

 

「そりゃやだなー」

 

「やめとけやめとけ。んじゃ、じゃあね」

 

「うん、また明日」

 

「またね」

 

「ばいばーい」

 

 

 

 3人に手を振って足早にクラスを出る。楠木さんの顔は見れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気も付けず自室でベッドに寝転がる。

 イヤホンで音楽を聴きながら、空の色が変わっていくのを眺める。

 

 下から肉の焼ける匂いがしてくる。弟がなんか作ってるらしい。俺も母さんも作んない時だけに出てくる超絶レアコックだ。

 

 

 

『どうだこの有様を 笑ってくれ 俺の分まで』

 

 

 

 聞いたこと無い曲が流れだす。プレイリストが勝手に追加してきたんだろう。好きじゃ無い。クソ。ムカつく。

 

 全部楠木さんのせいだ。なんで俺までこんな悩まなきゃならねんだ。

 

 

 面倒だ。

 本当に面倒な女子だ。

 

 あの後楠木さんは一人で帰ったんだろうか。もしかしたらさっきの子たちと一緒に帰ったのかもしれない。

 

 そうだ。別に楠木さんはビビられてるわけじゃない。友達だって作ろうと思えば作れるだろう。

 

 

 あー、ダサい。

 友達が他の子と仲良くしてただけで逃げ帰るとかバカかよ。

 だっさ。嘘まで付いてさ。かっこ悪い。こんなの俺らしくない。

 

 

 

『でも君なら許せるかも……』

 

 

 

 うるさい歌詞を止めようと思い立った途端、軽快な音楽が耳元で大音量で流れた。

 着信音だ。声出して起き上がり、確認すると、何だか久々な名前が写っていた。

 

 

 

「うわ……」

 

 

 

 なんとも間が悪い。クソ。今日はムカつく事ばっかりだ。

 

 迷ったけど、後が面倒だから意を決して出ることにする。

 

 

 

「……何」

 

『よお透!元気か?』

 

「別に、まあまあ……父さんは?」

 

『すこぶる快調だ』

 

「そりゃいいや」

 

 

 

 今度は何ともお気楽な声が耳元で叫んできた。イヤホンを外してスピーカーに切り替える。

 

 

 

「で、何?」

 

『ああ、母さんにお前の様子がおかしいから連絡しろって言われてな』

 

「へー」

 

 

 

 そういうこと当の本人に言っちゃう当たり父さんらしい。おおかた弟から母さん、そして父さんの順に伝わったんだろう。

 皆心配しすぎだ。

 

 

 俺の父さんは単身赴任中。国内だけど飛行機使うレベルで遠い場所にいる。

 お盆と年末、たまに長めの休みが取れたら帰ってくる。

 

 

 

『何があったんだ?高校は上手くいってるか?』

 

「もうすぐテスト」

 

『勉強してるかー?』

 

「……はは」

 

『お前ー』

 

 

 

 このまま勉強の話に行ってくれないかな、という思いとは裏腹に父さんはしつこく俺の様子を聞きたがる。

 子の心親知らずってね。

 

 

 

『友達と上手くいってないのか?母さんから聞いたぞ。あんまり友達出来てないらしいな』

 

「んなことねーし」

 

 

 

 ぶはは、という豪快な笑いに俺の反論はかき消される。

 

 

 

『ほーら、聞かせて見ろよ。男同士の約束だ、母さんには言わないでおくから』

 

「別に……」

 

 

 

 母さんから父さんに変わったところで、俺にはなーんもプラスにならないんだけどな……。

 

 言おうか言うまいか、微妙なラインだ。でも、父さんに言わなかったら今度は母さんに詰められるだけか……。

 

 

 

「……まあ、ちょっと……。うん。上手くいってない。そんだけ」

 

『うぅーん、やっぱりなぁ。さっきからずっと声が暗いぞ』

 

「……」

 

『んで?どういう感じなんだ?』

 

 

 

 はあ。『嫌』を全面に押し出したため息を聞かせて、俺はわざとボソボソ聞き取りづらいように言う。

 

 

 

「……高校で出来た友達が、なんか最近…ちょっと、様子が変でさ。

 

この前まで結構楽しそうだったんだけど、今は……なんか、たまにつまんなそうな顔してる」

 

『うん』

 

「んで……それ、が、気になってさ。こいつ面倒くせーって、俺も段々つまんなくなってきて……ムカつく」

 

 

 

 違う。

 

 面白い面白くないの話しじゃ無い。今俺が悩んでるのは、もっと違うところだ。言葉を探す。父さんは黙って待っている。

 

 

 

「ちがう。なんだ、その……。

あー、……マジで友達なのかなって。向こうも、……俺も」

 

『自信がないんだな』

 

 

 

 その言葉に、思わず目を見開いた。

 

 

 ……ああ、そうか。俺はずっとずっと自信が無かったのか。

 皆と高校がバラバラになってからずっと。

 わざとハイになって自分を誤魔化してきたんだ。

 

 

 びっくりくらいストンと腑に落ちた。そのまま何も言えないままでいると、父さんが笑い出した。

 

 

 

『お前は相変わらずだなぁ』

 

 

 

 音割れした笑い声が部屋を満たす。普段はムカつくその笑い声が、今は妙にありがたい。

 

 

 

『やっぱりなぁ。母さんに似て心配性だからなぁ、お前は。

よし行ける!と思えばグングン行けるんだが、ダメだ~ってなると途端に消極的になっちまう。諦めが早い』

 

「……んだよそれ」

 

 

 

 納得できるのが嫌だ。

 

 

 

『今のお前は後の方だな。暗ーい方にどんどん思考が行ってんだ。

おめぇ根は結構大人しい方だからなぁ。昔っから自信持たせてやらなきゃだった……』

 

「いつの話してんだよ」

 

『透はやれるぞ~強いぞ~』

 

「……チッ」

 

 

 

 俺の舌打ちに、父さんはまた豪快に笑う。

 さっきの変な歌は、昔転校して新しい学校に行くときに毎度言われた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小学生まで、俺は転校ばっかりの子供だった。

 

 家族皆で父さんの転勤にについて行ってたから。

 小学校入学前。2年の夏休み後。3年の春休み後。4年の夏休み後。本当なら6年生になる前にも引っ越す予定だったけど、ついに母さんがキレた。

 

 

 

『これ以上子供たちを友達から引き離すのはかわいそうだと思わないの。

 

せっかく良い友達が出来て、透なんて一緒に中学に行くのをあんなに楽しみにしてるのに。

 

それにどっちの実家にも行きやすくなったって、あなたも喜んでたでしょ。

 

もう無理。あなたが来てって言うし、子供たちも行きたがってたから今まで着いてきたけど、もうダメ。少なくとも透は嫌がってる。

 

選んで。今の仕事を辞めるか、あなただけで行くか。じゃなきゃ別れてでも子供たちとここに留まる』

 

 

 

 あのときはアパート暮らしだったから、隣の部屋の声がよく聞こえた。

 

 隣でぐっすり寝ている弟の耳を一応塞いで、俺はそれをぼんやり眠い頭で聞いていた。

 

 

 母さんの言葉にうろたえる父さんの様子が伝わってきて、俺は笑った。

 押し殺した笑い声が父さんの謝る声と一緒に寝室に消えていって、余計に面白かったのを覚えてる。

 

 俺はその日から、父さんがちょっとだけ好きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だからな、自分がどう思ってるのかよーく考えて、相手と話せ。自信持ってな。

どーせお前、恥ずかしがって何も言ってないんだろ。本当はその子と友達で良かったって思ってるくせに、自信ないからちょーっと面倒なことがあっただけで怖い怖い言ってる』

 

「怖くはねぇし……」

 

『男がそーいうこと口に出すとださーいとか思ってんだろ?

その結果が……分かるだろ?これだ』

 

 

 

 腕を広げて首をくいっと、さながらすしざんまいのCMみたいな動きをしているのが目に浮かぶ。

 思わず吹き出す。4、5年も経てばあの大げんかも笑い話だった。

 

 

 

『その意気だ』

 

「珍しく親っぽい事言うね」

 

『はは……小さい頃は、あんまりしてやれなかったからなぁ』

 

「…っんー……」

 

 

 

 急にシリアスな事を言われると曖昧なうなり声で返すしか無い。

 普段はぐでぐでの頼りにならん父さんで接してるんだから急に言われても困る。

 

 

 

「……まぁ、お礼は言っとく。じゃあね」

 

『……おう。悟と母さんにもよろしくな』

 

「そんぐれぇ自分で電話かけろ。んじゃ」

 

 

 

 父さんの懺悔がめんどくなる前に、俺はさっさと電話を切った。

 

 

 

「よっ」

 

 

 

 ベッドから起き上がる。外はすっかり暗い。街灯や隣家の光が優しく灯っている。

 

 

 

「……やるか」

 

 

 

 そう、俺はやれば出来る奴だ。足取りも軽く階段を降りる。

 

 

 なんて意気揚々とリビングの扉を開けると煙が充満していた。

 

 弟がバサバサ換気扇に向かって煙りを扇いでいる。

 こっちを見た弟はゲッと、固まった笑顔をしたもののバサバサを続けている。

 

 

 

「あっ……あははー」

 

「てめぇまーたやりやがったな!肉焼くなら換気扇付けろっていつも言ってんだろ!」

 

「だってこれ以上無いほど上手く焼けたんだよ、ほら」

 

 

 

 指し示すテーブルの上を見ると、茶色い焦げ目が美味そうな鶏肉ソテーが皿の上に乗っていた。

 扇ぐと埃が立つから、ちゃんとラップがかけられていた。

 なんでそこだけしっかりしてるんだよ。

 

 

 

「おいあれもも肉だろ、昨日買ってきたばっかりじゃねぇか。冷凍むね肉使えよ」

 

「だってお前好きじゃんもも肉ソテー」

 

「……ご飯は?」

 

「炊いてある」

 

「味噌汁」

 

「インスタントで」

 

「これ以上インスタントを消費すんなバカ、作ってやるから」

 

 

 

 リビングのドアを大きく開け閉めしながら献立を聞く。煙は徐々に換気扇と開け放った窓に消えていった。

 

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