TSロリっ娘魔法怪盗「配信者」ジョーカー   作:稲光結音

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ヒール(前編)

 

 

「つまりね、TS病ってのは魔法覚醒病に対する世界の修正力が間違った対象に影響を及ぼしてるって言われてる訳。珍しくも新しい病気で国内で発生したのは22件。女が男になったパターンに至ってはその中でも1件しかないんだ。で、君の場合は魔法覚醒病に対して正しく世界が免疫を与えたパターンで、これからはそういう人間も増えていくんじゃないかって僕は予想するね」

 

「……つまり?」

 

「世界って言う僕らからすれば曖昧なやつもそこまで馬鹿じゃないって事さ。ま、世界はともかく国内は馬鹿の集まりだよ。TS病の発見が魔法覚醒病による消滅の危機を救うって内容の論文、マスコミに流れたはずなのに当時の総理大臣の失言による進退に関する報道で流れちゃって。まともにTS病の事を知ってる人は碌にいない」

 

 

 魂の定期検査を受けながら、そんな医者の愚痴に付き合った。割と検査自体は暇なもので、こんな風にお喋りをしてても検査結果には影響が無いらしい。

 

 

「で、どうなのよカイカツの方は」

 

「手札が多くなってきてむしろ自分に何が出来るのか迷う事が多いかな。『分身』も同時操作出来るのは二体が限度って感じで……四人動かしてきた元の持ち主は凄かったんだなって」

 

「格闘家だっけ。身体の動かし方が染み付いてるだろうからね、職業柄」

 

 

 その話は前置きに過ぎない。話したかったのはここからだ。

 

 

「『シュガーボム』はいいですよねえ。わたし、ケーキ食べてばっかりの生活だから、太っちゃうのが心配で。これがあれば気にせずケーキ食べられます」

 

「なるほど、魂の少女化は順調に進んでるわけね。体重が気になる、でも甘いものを食べたい……テンプレなまでの乙女だ」

 

 

 言われてみればその通りだ。指摘されるまで気付かなかった。

 

 

「自分の思う異性像になるからね、TS病は。ナルシストになりがちなんだよ」

 

 

 あ、この医者。暗に俺をナルシストだって言ってないか?

 

 

「気を付けなよ。力に溺れて大義を失えば、今君を支持しているリスナーも手のひらを返して君を叩く。そんな未来だってありえるものだ」

 

「それは、もっともです」

 

「ま、僕は君が視聴者に嫌われようがどうでもいいんだけどね。これからもきちんと盗んでくれれば。それで一人でも多くの人間が助かるわけだから」

 

 

 この人はぶれないなあ……人間を助けようとする割に、人間嫌いのフシがあるというか。

 

 

「で、そんな君にこれをプレゼント」

 

 

 そう言ってお医者さんが渡してきたのは、見取り図だった。

 

 

「これは?」

 

「この病院にはね、いるんだよ天才外科医が」

 

「はあ」

 

 

 察しが悪いとばかりに、わざとらしく頭を掻いてみせてくる。

 

 

「魔法覚醒病患者。医者がね。治さないの」

 

「な、なぜ?」

 

「所持している魔法が『ヒール』だから」

 

 

 つまり、回復魔法って事か。なるほど、医者にしてみればこの上なく便利な能力だ。しかし。

 

 

「なんで今まで教えてくれなかったの?」

 

「そうだね、もし教えていれば君は怪我に気を付ける必要性が薄くなる。探偵だっけ? 追われてるらしいから、例えば怪盗として活動している時に怪我をして、その怪我の跡が残っていれば怪しまれるね、むしろ動画として怪我してるシーンを見られればほぼ確定させられる」

 

 

 正しい。だから俺は怪我をしないように気を付けて行動してきた。

 

 

「でも……君に盗めるかい?」

 

「『ヒール』ですよ? そりゃ大した抵抗もないでしょうし……あ、異世界人召喚ですか?」

 

「違うよ、全然違う。彼女はね――君と同じなんだ」

 

 

 回復魔法の持ち主が俺と同じ……? 言っている意味が分からず、首を傾げた。

 

 

「自分という存在が消滅する危険性を厭わず、人の命を救い続ける。それは、今の君と同じじゃあないか。むしろ、医師という立場を堂々と利用して、大怪我から人を救える。救った人間の数なら、君よりよっぽど多い。どうだい、そんな人物から、君は魔法を取り上げられるかい」

 

 

 俺は言葉に詰まった。人を助けるという意味で、俺とその人は同士なんだ。そんな相手から魔法を奪うのは……人を助ける怪盗として、正しいのか?

 

 

「怪盗が一晩に一件盗みを行えたとする――まあ、それも無茶な仮定だ。でも医者ならその一晩でより多くの人間を救うことが出来るんだ。どうだろう、これでも君は魔法を盗めるかい? 大した抵抗が無いだなんて気軽に言えるかな」

 

「……言えないです、むしろなんで教えたんですか」

 

 

 人を一人でも多く救うのが彼の信念のはず。それなら、むしろこいつからは盗むなと釘を刺してくるはずだ。

 

 

「今までたくさんの人間を救ってきたんだ、彼女を救う誰かが居てもいいだろう?」

 

 

 違う。それは……違う。救われたいだなんて思っていない。自分自身が消え去るまで、問答無用で人を助けたいから、わたしはこの怪盗稼業をやっている。その女医さんも、そうじゃないの……?

 

 

「今日の診察はここまで。じゃあ、考えておくといいよ。じっくりとね。まだ彼女は重症患者じゃないから時間はある。魔法覚醒病の重症化は魔法の使用頻度より罹患してからどれだけ経過してるかの方が重要だからさ」

 

 

 なんとも難しい宿題を出されたものだ。俺は母に車で病院から連れて帰らされてもずっとその事を考えていた。

 

 こういう時、頼りになる相棒はと言うと。

 

 

「いや、ボクは君と一緒に怪盗として活動できればいいからね。それに比べるとこっちの人間がどうなろうとどうあっても良いというか……」

 

 

 言い辛そうにそう口にした。

 

 そうか異世界人だもんな。価値観も違うか。

 

 

 ………………。よし、実際に様子を見てから考える。

 

 俺は深夜にバイクを走らせ、病院へと向かった。

 

 ママもなあ、普通にバイク走らせられるようになったんだから通院は自分で行けるんだけどなあ。アルセーヌの事を優先してくれていいのに心配性なんだから。

 

 そんな事を考えつつ、こっそり屋上へ登った。中の様子はいつも通りエクスが撮影している。

 

 すると、急患の患者が救急車に乗って運ばれてきた。ちらりと伺っただけだが酷い怪我だ。全身打撲とでも言うのだろうか。

 

 顔がボコボコに腫れ上がり、腕や足、腹には酷い痣。特に左足は変な方向に折れ曲がっている。特に腹は不味いだろう。内出血の具合によっては命の危険すらある。

 

 もしや天才外科医は、魔法でこんな怪我すら治してしまうのか……?

 

 

 しばらくして帰ってきたエクスが空中に撮影した動画を投影し、俺はそれを夜の暗闇の中で見た。

 

 

「淡庭先生! 急患です!」

 

「ええ、任せてください。生きているのなら、必ず救って見せますよ」

 

 

 そう言って手術室に入ると、女医の手のひらから放たれた緑の光が急患を包んでいき、早送りのように信じられないスピードで身体の傷が治っていく。

 

 ていうか淡庭? 珍しい苗字だし、もしや探偵の縁者か? 調べてみる必要がありそうだ……。

 

 という事で動画をちょっと巻き戻してエクスが姿を消して病院内をうろついていた時の様子を確認してみると、女医の名前は淡庭昼子。よし、明日メイさんが来たら確認してみよう。

 

 ……明日来ることがほぼ確定してるあたり、本当常連になったな。

 

 

 とりあえず今のところ、彼女が悪事に手を染めている様子も無い。治療した患者に付き添い、優しく声をかけているくらいだ。

 

 むしろ善行を働いている。俺は、彼女から魔法を奪うだけの覚悟があるのか……? 女医から魔法を奪わなければ、彼女は人を救い続けるだろう。俺が手に入れたら、自分の正体を隠すため怪我した時に自分に使うくらいしかしない。それを無駄とは言わないが、どちらが人の為になるかは明白だ。

 

 

 帰還した俺はそんな事を考えていて眠れなかった、という事も無く疲れてたからすぐ寝ちゃったんだなこれが。シリアスになりきれない幼女ボディですまん。

 

 

「じゃあ、今日はケーキセット。チーズケーキお願いします――オーコちゃーん。お茶しましょー!」

 

 

 次の日、予想通り我が家一階にあるケーキ喫茶アルセーヌに探偵は来た。当然のように俺の隣の席に座り、ケーキを食べ始める。

 

 こいつも結構糖分摂ってるけど太ったようには見えないな。乳か、乳にいくのんか? わたしもおっぱいほしーい! ……はっ! 俺の中の幼女が大人の女性への憧れを口にし始めた! いや、声には出してない、セーフ。

 

 さて、怪しまれない程度に情報収集しないとね。

 

 

「メイさん。昨日病院に行ったら、淡庭先生っていう名前を耳にしたんですけど、メイさんに関係する人ですか?」

 

 

 探偵少女は一度目を瞬かせると、首肯した。

 

 

「そうですね、私の母です。今までは普通のお医者さんだったんですけど……魔法が使えるようになって。周囲からの扱いが変わりました。検査結果は『ヒール』。つまり怪我を治してしまう魔法だったので重い怪我をした人は皆、母が治すようになったんです」

 

 

 そうか、母親だったか。メイの独白は続く。

 

 

「こう言ってしまうとどうかと思いますが……家族が治す気のない魔法覚醒病患者だというのは辛いですね。ある日突然消えてしまうかもしれない。それなのに、忙しくて帰ってくる事も無いから残された時間で会話をたくさんする事もできなくて」

 

 

 家庭を顧みないほど、患者と向き合う、か。俺も人の事を言えないかもしれない。

 

 

「だから私、怪盗を探してるんですよ。本当は。世のため人のために活動している怪盗に、自分のエゴで母の魔法を盗んでもらって……母を、助けて欲しい。その活動方針を曲げて、悪役になってほしい」

 

 

 探偵少女は悲しみに身体を震わせる。俺は彼女の手を握って、落ち着かせようとした。

 

 

「ふふ、オーコちゃんは優しいですね。オーコちゃんを可愛がっちゃうのも、寂しいからかもしれません――この前、出張先でジョーカーに会ったんです。でも逃げられちゃって……せっかくのチャンスを逃して。私は……」

 

 

 う。正体バレるのを恐れて会話を拒否したのが裏目にでるとは。

 

 

「幸い、まだ母は重症患者じゃないみたいで。だからまだ時間はあります。その間になんとか怪盗を見つけてみせますよ」

 

 

 そう言って笑顔を見せる彼女の強がりに、わたしまで悲しくなってくる。俺が首を落としていると、彼女はこう言う。

 

 

「もー、そんな悲しそうな顔しないでください。可愛い子には笑顔が似合うんですよ」

 

 

 なぜ俺が励まされているのか。逆だろう。俺が、彼女を励ましてやらなければならないはずだ……。

 

 

「湿っぽいのは終わり、終わりです。今日の紅茶も美味しいですよ。オーコちゃんのお母さんが淹れてるんでしたっけ。すごいですね」

 

 

 俺は、愚かだったのかもしれない。問答無用で人を治すと誓ったはずなのに。人を治せば、それを喜ぶ人がいるだなんて当たり前の事に気が付かなかった……。

 

 

『マキナ』

 

『なんだい?』

 

『今日、仕事するぞ』

 

 

 テレパシーでそう宣言すると、青銀の妖精は嬉しそうに声をあげた。そして俺に問うた。

 

 

『いいのかい? 向こうの方が多くの人を救える人材だよ? 怪盗が代わってやる事はできないんだ』

 

『構わない。怪盗なんて元々……悪役だ』

 

 

 その日の夜、俺が通っている病院に一枚の予告状が届けられた。

 

 

「多くの患者を救う希望の星、淡庭昼子。その星を堕とし、地に足のついた生活に戻ってもらう――Take your magic」

 

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