宴はまろやか   作:LAC

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1話 ラッキーと二つの特務

 

 目が覚めれば、普段より良い朝だった。

 昨日までよりも僅かばかり深いまどろみの中、ルイズは部屋の隅の、藁の詰まれた一角に目をやる。それから緩慢な動作で起き上がり、小ぶりな唇を半分だけ開いたまま動きを止めた。

 暫くして、藁ががさがさと揺れる。そして、ひょっこりと緑色の頭を覗かせた自分の使い魔に向かって、彼女はおはようと言った。

 

「おはようラッキー。見て、良い朝よ」

「へい大将、良い朝ですね。カーテンは閉まってますけど」

「気の利かない使い魔ねぇ。閉まってるなら開ければ良いじゃない」

「そいつは気がつかなかった!」

 ルイズはベッドの上で心行くまで伸びをして、景気良く寝間着を脱ぎ始めた。一着ずつぞんざいにラッキーに向かって投げつけて、全裸になる。

「それ、洗っといて」

「へい!」

 一度全裸のまま、上質で肌触りの良いシーツの上に寝転がる。また、心行くまで伸びをした。

「それから、下着と制服ぅ」

「へい!」

 ラッキーは、未だにベッドの上から動こうとしないルイズに下着を渡すと、そこで動きを止めた。

「ちょっとラッキー、制服は?」

「へい! 制服ってのがなんだかわかりやせん。おいらに解るのは、それが服だってことだけです!」

「仕方ないわね。ちゃんと覚えなさいよ」

 ルイズはそう言ってから、寝ぼけた顔で立ち上がると、制服を取り出してラッキーに見せる。そして大胆にも下着姿のまま、ラッキーの前を横切って再びベッドに倒れこんだ。春は二度寝の季節だ。

「そーいえばあんた、なんで下着は解るの?」

「住んでた家の隣のやつが集めてやした。たまに皆を集めて見せびらかしてやした」

「そいつ絶対独身で歳いってるわね」

「まさしくその通り! なんで解ったんですかい?」

「秘密よ」

 

 

 

 宴はまろやか

 「ラッキーと二つの特務」

 

 

「それ、ちゃんと洗濯しておいてね!」

 そう言って慌しく部屋を出たルイズだったが、なにせ初めての使い魔で初仕事だ。ラッキーはばかだが良く懐いた可愛いやつだし、使い魔の指導も主人の務めだ。

 そんな風に言い訳して、ルイズは下の水汲み場に向かった。塔の中ばかりで過ごしていると、どうしようもなく外の空気が清清しい。記憶の中の校内地図を頼りに探してみれば、丁度ラッキーが、満足げに洗い終わった寝間着を広げて頷いているところだった。

「やればできるんじゃない。心配で見に来たけど意味なかったわね」

「心配ご無用ですぜ。なんせおいら、洗い物は生まれる前から得意でした」

「訳わかんない」

「へい! つまりおいらがカァちゃんの腹ん中にいた頃は、カァちゃんの得意が洗い物でして」

 ルイズはラッキーの手の中を覗き込んで、洗濯の出来を確認する。洗濯の出来など彼女には解らなかったが、特に汚れが見当たらないのを認めて何度か頷いた。

「あ、あれ? 大将、ここは大口開けて笑うところ……」

「うっさいわよばかラッキー。パジャマは悪くないわ。下着は?」

「へいすいやせん! 下着ですか? あれ?」

 突然ラッキーが慌てだしたのを見て、ルイズはラッキーの足元に置いてあった籠を覗き込んだ。

「ないわね」

「ねぇですね」

 ルイズはまた、ラッキーの手の中を覗き込んだ。

「あんた持ってないわよね」

「持ってねぇですね」

 ルイズは青い空を仰いだ。

「ぬ、ぬぬぬ盗まれたのかしら。あんた籠から一回でも離れた?」

「道具を借りに一回離れやした」

 ラッキーは洗濯板と桶を指差した。ゴブリンは足りない物があったら人から借りる、解らない事があったら人に聞く賢い種族だ。ただしゴブリンは、他人に何も貸せないくらい物持ちが悪く、他人に何も教えられないくらい頭が悪い。

 通りがかったメイドにこの場所を聞いて、更に道具まで調達してもらったそうだ。

「そのメイドには後でお礼を言いに行きましょう。

 ラッキー、籠持ってついてきなさい。怪しいやつは私の魔法でふき飛ばしてやるわ!」

 

 

 

 慌しく一人と一匹が走り回る。手がかりは全くなかった。だがルイズは、証拠がないなら証人を探せば良いと考えていた。証拠を見つけて犯人を推測するよりも、短絡的だが効果的な手段だ。

 忙しく動き続けているせいでルイズの息は上がっていたが、土を小さな靴が踏みしめる柔らかい音や、煉瓦畳を踏みつける硬い音が、使い魔と一緒に騒いで走り回るこの遊びのアクセントだった。

「許っせないわ、どこの不届き者かしら。昨日は召喚の儀だったから、一番お気に入りのやつを着てたのに」

「そいつは災難で」

「もう、いちいち相槌うたないの。ほら、しゃきしゃき歩くっ」

 レースの意匠が特に映える黒い下着だった。盗んだ奴がどんな奴だか知らないが、今頃はきっと酷い扱いを受けているに違いなかった。早く助け出さなくては。

「角を曲がったらテラスよ。そこの生徒にも聞いてみましょう、って、あら」

「あいたっ!」

「いたぁ……ちょっとモンモランシー、やめてよね。私はちゃんと止まったのに」

 丁度校舎の角に差し掛かり、曲がるか曲がらないかといったところでルイズは、逆方向から歩いてくる女生徒、モンモランシーに気づいて足を止めた。

 ところが彼女の方は、何かに気をとられているのか上の空で、一切の減速もなしにルイズに思い切りぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。ルイズ、考え事をしてて」

「構わないわよ。その代わりにってことで良いかしら? 1つ聞きたいことがあるの」

「やい金髪! 大将にぶつかっといてごめんなさいで済ますつもりかい!」

 ごすん、と壮大な音を立ててルイズの拳がラッキーの脳天に突き刺さるのを、唖然と見つめてから、ルイズの再度の呼びかけに我に返ったモンモランシーは曖昧にはにかんだ。

「あなたが人に何か尋ねるのって、ちょっと新鮮」

「もぅ、悪かったわね。それでね、実は……」

 爪先立ちになって、若干背の高いモンモランシーの耳元に唇をよせる。そしてルイズは事の概略を話した。始めは耳の産毛をくすぐる吐息に顔を赤らめていたモンモランシーだったが、唐突に目を見開き、驚きの声を上げた。

「ちょ、ちょっと、どうしたの突然?」

「ええと、ええ、実はね」

 今度はモンモランシーが屈んでルイズの耳元に唇をよせる。始めは頬の近くで囁く他人の唇に胸を普段よりも早く鳴らしていたルイズだったが、やはり目を見開き、驚きの声を上げた。

「あ、あなたのも無いの……?」

「ええ、ルイズ。お、お願いだから秘密にしてよ? 今、必死に心当たりを思い出して一つずつ調べてるところなんだから……。

 もしかしたら何か関係があるのかもしれないし、少しでも解ったことがあったら教えて頂戴」

「ええ、わかったわ」

 

 気づけば、ティータイムはとっくの昔に過ぎてしまっていた。モンモランシーと別れてから、一応と覗いてみたテラスは閑散としている。心なしか空も暗くなりつつあった。そろそろ空が赤らむ頃だろうか、と思って目を凝らしてみたが、そうでもない。

 ルイズは、雨でも降りそうな天気、と言い残してテラスを後にした。

 

 

 

 シエスタというメイドに洗濯道具を返し、ついでにまだ干していなかった籠の中身を丸ごと預けてから、ルイズとラッキーは一度部屋に戻ることにした。

 斜め後ろを必死についてくる使い魔を偶に気遣いつつ、早足で歩く。部屋の少し前で、出す足の順番を間違えて盛大に転んだラッキーの手を引いて起こしてから、気を取り直して前を向くとそこには赤毛で背の高い女子生徒が居た。

「あらルイズ」

「キュルケじゃない」

「ええそうねキュルケね。じゃあこれで」

「あんたちょっと待ちなさいよ」

 挨拶もそこそこに立ち去ろうとするキュルケを、ルイズは制服のマントを握って阻んだ。普段なら先に顔をしかめて立ち去るのはルイズの方だったが、自分の顔を見て逃げようとしたキュルケの邪魔をしたくなったのだ。

「何を急いでるの?」

「や、やぁねルイズ。急いでないわよ」

「嘘よ」

「嘘でい!」

「嘘じゃないわ! ちょっと下着取り返しに行……あっ」

 慌てて口を塞いだキュルケだったが、思わず手の力が緩んだルイズを好機と見てか、早足で立ち行こうとする。ところが、ルイズに今度は飛びついて腕を抱え込まれた。

「キュルケ、教えて」

「なっ何よ?」

「誰が盗んだの?」

 狼狽していたキュルケだったが、真剣な顔で言われて思わず眉を寄せた。

「ちょっと何なの?」

「実はね、私の下着も盗まれたの。だから連れて行って欲しいのよ」

「はぁ?」

 ルイズはやっと掴んだ手がかりに驚喜していた。足の疲れは限界をきたしていたが、目の前に現れた不敬な犯人までの道に比べれば些細なことだ。心配なのは、手がかりを持っているのが自分と仲の悪いツェルプストー家の娘だということだろうか。

 自分の顔を訝しげに見やるキュルケに、精一杯神妙な顔を作って頼み込む。ところが何を思ったのか、キュルケは突然大口を開けて笑い出した。

「ちょ、ちょっとルイズ、あなた、あなたの下着ぃ? 誰が盗むって言うの」

「うるさいわね。私の下着にだって色気くらいあるわよ!」

 キュルケははっとしたようにルイズの瞳を覗き込んで、それから申し訳なさそうに言った。

「そ、そうね。ごめんなさい。あなたがどれだけちんちくりんでも、世の中には好きって言ってくれる人もいるわよね」

「うっさいわね!」

「そうだ! もっと大将のこと褒めやがれ!」

「ラッキー、あんた本気で黙りなさいよ?」

「へい! わかりやした」

 ふう、とキュルケが息を吐く。ルイズも使い魔の頭を叩くのをやめて、神妙な顔でキュルケと向き合った。

「そうね。あなたの下着を盗んだ人の名前、教えてくれるなら、着いてきても良いけど」

「はぁあ? ばか言ってんじゃないわよ。だからそれを……」

「やーねルイズったら、じゃあ良いわよあなたが後でも。今から行くから勝手について来てね」

 ちょっとした混乱を胸に押し込みつつ、不満げな表情を浮かべてルイズはキュルケの後を追った。どうやら、男子塔に犯人が居るらしい。

 

 

 盛大な音を立ててキュルケが一つの部屋のドアを蹴り開ける。中に居た、ギムリと呼ばれる一人の男子生徒に向かって盛大な火球を飛ばす。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すその男子生徒を見て暗い喜びに浸っていたルイズだったが、嫁入り前の公爵家の三女には相応しくないその笑みは、次第に凡々とした顔に変わっていった。

「だから、あんたが昨日私の部屋から持ってった下着を出しなさいって言ってるの!」

「いやだよキュルケ! 君は昨日僕に向かって、あなたとはこれっきりねって言ったじゃないか。せめて想い出くらい良いじゃないか!」

「想い出にパンツ持って行く変態がどこに居るのよ!」

「ここに居ます!」

「ファイヤーボール!」

 隣の部屋から俺も!とか、向かいの部屋から僕も!とか声が聞こえることに頭を痛めながら、ルイズはこのギムリという同級生の部屋を見回した。

 いたって質素な男子生徒の部屋で、とても下着の蒐集癖があるようには見受けられない。それに彼がキュルケの下着を盗んだのは、誰でも良いから下着が欲しかったのではなく、昨日恋破れたキュルケとの想い出を何か持って行きたかったのだろう。そこで下着を選ぶというのは、ルイズには理解できなかったが。

「あなたの下着を盗んだ人の名前、かぁ」

 つまりそれは、ルイズの恋人の名前という意味だったのだ。仲が悪いことを理由に情報を出し渋ったことを今更ながら後悔しつつ、ルイズはこっそりとラッキーの手を引いて立ち去った。

 それから部屋のドアを閉じても聞こえる、ゴブリンも食べない痴話喧嘩にうんざりした。

 

 

 

「ほんっと、肉体的にも精神的にも疲れる無駄足だったわ。汗かいちゃった」

 部屋に戻ったルイズは、下着の棚を開いてから、なんとなく数が合わないなぁと感じながらも一着分だけ取って大浴場に向かった。ラッキーには部屋の留守番を言いつけてある。言いつけてあるが、きちんと鍵はかけてきた。

 ただ立っているだけの仕事はゴブリンの十八番らしいが、不届き者を彼が撃退できるとは思えなかったので、部屋の戸締りは今までと変わりない。

 少し早い時間だった。誰も居ない脱衣所で、ルイズは着替えを脇に置き、マントをハンガーに預ける。

 それから制服のボタンに手をかけたとき、脱衣所のドアが開く音と共にモンモランシーがやってきた。

「あら、モンモランシーじゃない」

「え、ええ!? る、ルイズ。奇遇ね!」

「奇遇ねってあなた何よ。確かにちょっとずれた入浴時間だけど……」

 そしてルイズは、モンモランシーに向かって事の進展を尋ねる。キュルケの事は全くの無駄足になってしまったが、目の前の彼女の方は何か手がかりを得られただろうか。

 ところがモンモランシーは、恥ずかしげに指を前で組んで暫く遊ばせた後に、ぽつりと言った。

「じ、実はその、うっかりよ? 普段は、普段は絶対にしないミスなんだけど。

 無くなったと思ってたら、本当はタンスに挟まってて」

「はぁ!?」

「本当にごめんなさいルイズ。あ、あなたも一度部屋の中を探してみると良いかも」

 恨みがましい目でモンモランシーを見つめ続けていたルイズだったが、やがて瞼を閉じて大きな溜息を吐くと、ボタンをはずし始めた。

「私のは洗濯してる最中に無くなったのよ。黒い下着は一枚しか持ってないのに……」

「え?」

 脱衣所には二人しか居なかったので、モンモランシーの声は事のほか良く響いた。

「なによ、間抜けな声出して」

「え、だって、ルイズ、黒い下着は一着しか持ってないの?」

「ええそうよ?」

 何を聞くのか、と聞き返すルイズに対して、モンモランシーは声を震わせて言った。

「だってあなた、黒の下着ってそれ、自分で着てるじゃないの」

「は? 冗談も休み休み……ぇえええええええ!!?」

 それからルイズは、素晴らしい速度で制服のボタンを留め直すと、勢い良く脱衣所を飛び出して行った。

「あんのばかラッキィーッ!!」

 モンモランシー一人だけの静かな脱衣所に、何よ、ルイズだって私より酷いポカしてるじゃないの、という声が響いた。

 

 

 

 事の顛末はこうだ。

 誰も彼もが寝ぼけ眼の早朝に、「これを洗っておけ」というルイズの命令が最初に下された。歳若い乙女の寝間着から下着までが、ぽんぽんと景気良くラッキーの足元に積まれていった。

 次にルイズは、つまりラッキーがそれらを洗濯し終わるよりも早く、「下着と制服を持って来い」という命令を下した。ラッキーは制服がどれだか解らなかったので、下着だけをルイズのところに持っていった。

 そのときラッキーの足元には、ルイズが投げてよこした服の山があった。そして山の一番上で、脱ぎたての下着が強く存在を主張していたので、ラッキーは自分の一番近くにあったその下着をルイズのところに持っていった。

 二度寝寸前のルイズが上手く働かない頭でそれを着て、制服を持ってこなかった使い魔の不明に苦笑しながら自分で制服を着用し、そして春の陽気に誘われて二度寝する。

 これで完全犯罪の完成である。

 

 

 

 使い魔が失敗したときには、罰が必要なのだ。

 

「ああもう、あんたの夕飯抜きだからね!」

「へい! すいやせん」

「よろしい。じゃあ今日はもう寝るから。おやすみ」

「へ? 大将の夕めしは?」

「うっさいわね、もう食堂が閉まってるから、ダイエットなの!」

「へい! ダイエットですか!」

「そうよダイエットよ」

「へい! ダイエットですね!」

「勘違いしないでよね、あんたに付き合ってとか、そういうのじゃないんだから」

「へい! 勘違いしやせん!」

 にこにことした、何も考えていない顔のラッキーが藁にもぐりこむのを見守ってから、ルイズは部屋の明かりを消した。

 

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