目や耳が気まぐれに捉えるものを選ぶ、自分の五感が信じられない世界、そんな例え話をされたら、多くの人はどんな世界を連想するだろうか。
並び立つ木の枝々が揺れ、葉を散らしているのを見なければ、風が吹いていることに気づけないときがある。耳元で吹いている風が音を立てるかどうかは、世界の気まぐれだ。常日頃から日の強さに気を配っていなければ、空を見上げても今日が暑い日か寒い日かも解らない世界。誰かが自分に向かって今日は暑いねと言ってくれれば、今日が暑い日だと解るのだろうか。
遠くで誰かが呼んでいても、肩を叩かれるまで気づけないのかもしれない。あるいは突然そちらに目を向けねばならない、というような焦燥感に駆られて目を向けてみれば、丁度自分を呼ぶために誰かが口を開けるところだったりする。
夢の世界というのは、そういうものだ。
ルイズは夢の中で、長姉に杖の振り方を教わっていた。
「何回やっても駄目ねぇ」
「も、もう一回! エレオノールねえさま、おねがいします。やらせてください!」
「良いわよ。はい、もう一回」
十にも満たない年頃のルイズが、誕生日に父親から与えられた子供用の杖を必死に振っている。すぐ傍には、それを監督するエレオノールの姿がある。
水を張った桶の上に木の板が浮かべられ、その上に一粒の石ころが置かれていた。ルイズが何度も魔法を失敗し、そしてその度に火と煙を出すので、エレオノールが従者に言って用意させたものだ。
「はい、もう一回」
再びエレオノールが石ころを、板についた焦げ目を目安にでもするように浮かべた。同じ板の上で既に三度失敗しているので、そろそろ取り替える必要があるだろう。
ルイズが呪文を唱え終わり、そして杖を振ると同時に、エレオノールの視線を受けていた板が真ん中からぽきりと割れた。
目元に涙を浮かべたルイズが控えていた従者を見る。彼はすぐさま新しい板を桶に浮かべようとしたが、エレオノールが手を振って遮った。
「ルイズ、今日はもうやめにしましょう」
「でも、エレオノールねえさま」
「我慢しなさい。魔力にだって限りがあるのよ」
「で、でも!」
末の妹は格段に幼いのだから、エレオノール自身の魔力量、体力、精神力で考えてやらせるわけにもいかない。不満そうな顔をするルイズは、まだ自分に余力があることが解っているのだろう。だが、エレオノールにはそのぎりぎりのところが解らないのだから、少し早めに止めさせるべきだ。
「そう焦らないで。続きは明日、良いわね?」
少しだけ、優しげな声色で語りかける。それから、ぷうと頬を風船にしたルイズの頭を優しく撫でた。
頬を元の大きさに戻したルイズが言った。
「エレオノールねえさま」
「何? ルイズ」
「わたし、早くつかいまが欲しいです」
唐突にこの子は何を言いだすのか。エレオノールは口にはせずに、土に膝がつくのも構わずに屈みこむ。そして目線をちびのルイズに合わせた。
「使い魔の召喚は、十六になったらになさい」
「はい。でも、欲しいんです」
「どうして?」
ルイズはエレオノールから目をそらして、それから少しだけ顔を紅色に染めた。
「わたしが召喚するつかいまは、ちいねえさまのご病気が治るような、もの凄い秘薬を取りに行ってくれるんです」
その言葉に、エレオノールはこの草場を見下せる位置にある、次女カトレアの部屋の窓を見上げた。今日の陽射しが体に害を与えぬように、昼間だというのにカーテンすら締め切っってあった。
エレオノールはそっと目を伏せる。
「そう、そんな使い魔が召喚できると、良いわね」
「はい! そうしたらわたし、つかいまの頭をなでてあげます。よいこ、よいこって」
そしてルイズは真っ赤になって言った。
「いま、エレオノールねえさまがわたしにしてくれたみたいに」
宴はまろやか
「ゴブリンの焼きトウモロコシ」
その日の朝、部屋を出たルイズの前に真っ先に現れたのは、大柄な火トカゲを引き連れたキュルケだった。彼女は素敵な挨拶と共にやってきた。
「おはようルイズ、貧相な使い魔ね!」
出会い頭にこれでは誰だって怒るだろう。とりわけ堪忍袋と胸囲のサイズが比例するルイズが相手なら酷いことになる。最もキュルケには、どこかそれを楽しみにしている節があるのだが。
「うるさい! 貧相って何よ!」
「そうだそうだ! おいらを馬鹿にしたら大将が黙っちゃいねえぞ!
大将、ですよね?」
「ラッキー」
「へい!」
「あんたが黙ったら考えてあげるわ」
「へい! わかりやした」
そのまま口を縫い合わせ、しゃちほこばってルイズの隣に直立したラッキーを尻目に、キュルケは言う。
「見なさいルイズ、あなたこんなに尻尾の炎が大きい火トカゲは見たことある?」
「たった今、あんたのお陰で心行くまで拝ませて貰ってるわ」
「そうでしょ、そうでしょう! あなたのその、ラッキーって言ったかしら。彼よりもずっと頼もしいわね。こんなに逞しくて」
ぶさいくな顔をしてルイズがラッキーを見た。
「あんたあの火トカゲに勝てる?」
ラッキーは黙ったままだ。
「喋っても良いわよ」
「へい! そいつの足を捕まえるおいらが四匹、それから尻尾を捕まえるおいらが二匹、あと首と牙を捕まえるおいらが二匹と、あとそいつの顔をなぐるおいらが一匹。それなら勝てます」
「つまり勝てないのね」
「へい!」
「良く口の回る使い魔ちゃんねぇ。ルイズ、それって凄い取り柄よ。私思うんだけど、あなたにぴったりね」
流石に我慢ならなかったのだろう。ルイズはキュルケに人差し指を突きつけると、朝食前の時間であるにも関わらず勢いに任せて高々と言った。
「使い魔の仕事は主人の護衛だけじゃない。秘薬の材料集めなら、ラッキーの方が優秀だわ!」
「勝負する?」
「いいわよ。ラッキー、聞いたわね?」
「へい! このトカゲと勝負ですね。大将があと十三匹だけゴブリンを召喚してくれれば……」
「増えてるじゃないの!」
またぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた主従に向かってキュルケは、期限は今日の夕飯後ね、と言ってその場を後にした。
「ら、ラッキー、あんた絶対にツェルプストーの使い魔よりも凄いやつを見つけてくるのよ! わかった?」
「へい! わかりやした」
ちなみに、ラッキーにはもちろん、この世界の貴族が作る秘薬やその材料に関する知識などないのだが、ルイズがそれに気づくことはなかった。
主人の下を離れたラッキーは、秘薬の材料とやらを探すために学院の庭まで出てきていた。思えば随分無茶な命令だったが、特に当てがあるわけでもない。
トリステイン魔法学院の空は今日も燦々としていた。
太陽が気持ち良いあたりまで昇っている。正午までは幾分か時間があった。食堂では奉公人たちが、コック長マルトーの号令と共に昼食の準備に取り掛かるころだ。ラッキーは、昨日の夕食をルイズと共に抜いたのを思い出す。意識したせいか、腹の虫が盛大に鳴り始める。
「そうだそうだ。大将に喚ばれてから、碌なもん食ってなかったような」
ラッキーは思い出したようにそう呟くと、手近な石を手に取った。彼の故郷、活火山の聳え立つ土地シヴでは見ない色の石だった。
おもむろに空中に放り投げ、口を大きく開いて受け取る。そのまま歯と石で異音を立てつつ嚥下した。
「うまいなこれ! ここの岩は味が良い。ちょっとぬるいのがいただけないけど」
ゴブリンの味覚は宇宙なので、ラッキーに味の良し悪しなど解らない。そもそも何を齧っているのかと言えば、そのあたりに落ちている石である。上手いも不味いもなかろう。
「食い物だけにいただけない、なんちて」
ぬるい食べ物は火で温めるのが一番だ、とラッキーは呟いて来た道を戻り始めた。ちなみにゴブリンはかなりの雑食だが、彼の健康を気遣うなら人間と同じものを食べさせるのが望ましい。
拳大の岩をいくつも抱えたラッキーが、昼食の調理の最中にある厨房にひょっこり顔を出した。
「失礼しやす! 火ぃ借りに来やした」
「あん? 貴族どもの使い魔かい。帰りな、今の厨房はお前たちの主人に出す料理で忙しいぞ」
ラッキーの相手をしたのはマルトー親方だった。ラッキーは厨房の入り口でしゃちほこばって挨拶をしたのだが、彼ににべも無く断られる。
「そいつをなんとか」
「駄目、駄目だ。悪いが他を当たってくれ」
この親父がいる限り無理だろう。ラッキーは神妙な顔で引き下がると、マルトー親方の注意が自分から逸れるのを待った。元来厨房の責任者なのだ。すぐに仕事に戻る。
ラッキーはその小さな体躯を生かして、こそこそと調理器具の影を歩いて中に入り込んだ。そして、ひょこりと顔を出して、火にかかっている鍋の一つに、地面の上に移動してもらう。ラッキーは満足げに少しの間だけ火を見つめてから、直に石をくべ始めた。
「バツをブンと振れ! マルつまめ!」
赤銅色をちろちろと見せ始めた石に気を良くしたのか、ラッキーが歌いながら薪をくべだす。もちろん歌えば見つかる。
「あってめえこら! 何してやがる!」
「何してやがるとは何事でい! 見てわかんねえのかい」
「スープの鍋どかして何やってんだって聞いてるんだよ!」
顔を真っ赤にしたマルトー親方と、ゴブリン主観で上手そうに焼けた石を前にしたラッキーが睨み合う。マルトー親方の部下である料理人たちはどうすれば良いのかと一人と一匹を見守っていたが、気の短い一人が、火から離されて長いであろう土の上の鍋を掴んで他所の場所の火にかけようとした。
「待て! この石が邪魔なだけだからな。すぐにどかす!」
マルトー親方が火かき棒で石を弾き飛ばす。石畳に転がった焼け石は幸い何かに火をつけることもなかったが、ラッキーがそれを見てかんかんに怒った。
「やいやい! てめぇやってくれやがったな畜生!」
ラッキーだってご飯が食べたい。
「めしの神様と王と大将に謝れ!」
逆上してラッキーがマルトー親方に襲い掛かる。
しつこいようだが、マルトー親方は石を床に置いただけだ。
「な、なんだと!? 料理人に向かってめしの神様に謝れってのは何だ!」
「うるせいやい。いい按配に焼けてきたところだったのに……。神の怒りだ!」
勿論ただのゴブリンパンチだった。
突然殴られたマルトー親方は半歩だけたたらを踏んだが、すぐに持ち直す。なんてことない、ただのひ弱な、しかも体長は彼の半分ちょっとしかない貧相な亜人の拳だった。特にダメージらしいダメージはない。
だが、マルトー親方にラッキーの拳が当たるのと同時に、その亜人の背に現れた光る鏡が、酷く彼の不安を煽った。直径一メイルほどで、楕円の形をしている。
マルトー親方の不安を形にするように、ラッキーが勢い良く叫んだ。
「さぁ来い! "モンスのゴブリン略奪隊"!」
ゴブリンの中には、稀にだが特殊な能力を持った者が居る。ラッキーもその一人だ。自分の攻撃が相手に突き刺さったとき、仲間を喚び出すことができるのだ。サモン・サーヴァントに似ているが、それとは異なる。
最大の違いは、召喚者への絶対服従を強いるコントラクト・サーヴァントとセットの能力ではないということだろう。
現れたのは、やはり緑色の肌をしたゴブリン、それも一度に五匹の大所帯だった。
「よお、略奪隊の連中ども! 戦争だ!」
モンスのゴブリン略奪隊は、五匹一組の夜盗集団である。全員が腰に大振りな剣を差し、それを振り回して略奪を行う。
ところが、ラッキーの声と共に現れた五匹は腰に剣など差していなかった。全員が王宮に仕える奉公人のように、きちんとした礼服を着こなし、中には立派な口ひげまで生やしている者も居る。
「おおいおいお前ら、何だその格好。剣はどうした?」
「いや、オデたちなぁー……、そのよ、夜盗やめることにしたんだ。昨日みんなで決めた」
モンスのゴブリン略奪隊、有名な夜盗である。月の光を背に現れる五匹のゴブリンのことは、彼らが住処を構える山の近くの者なら誰でも知っていた。だが、非道な振る舞いや、立つ腕によって名前が広がっていた訳ではない。なんとこの五匹、致命的に夜盗の才能がないのだ。
自分で持った片刃の剣で怪我をする。逃げる獲物を追いかけようとして転ぶ。敵と味方を間違う。なにせ殴り合いをすれば、ラッキー一匹と彼ら五匹が良い勝負というとんでもない弱さであった。
「はやりの転職っていうやつだな。オデたち、ウェイターになったんだよ」
そう言って、モンスのゴブリン略奪隊改め、モンスのゴブリン給仕隊の五匹はずれてもいない蝶ネクタイを直してみせた。今ので五匹とも、整っていたはずのそれが照らし合わせたようにずれてしまったのはご愛嬌だろうか。
それから彼らはきょろきょろと周囲を見回し、ここが厨房であり、そしてラッキーがやっちまえと指差した男が立派なコック帽を頭に乗せているのを見た。
「コックだ、コックがいる!」
「うまそうな匂いがする!」
「た、大将! オデたちに料理を教えてください!」
「うまいめしが作れるようになりてえんです!」
「お願いしやす!」
戸惑うラッキーを他所に事態は進行していく。どうやら五匹の真摯な態度にマルトー親方は心打たれたようだった。五匹は早速皿洗いを始めだした。
ラッキーは悪態を吐いて、ぬるい石を齧りに外へ出た。
「いま、厨房から出てきたヴァリエール様の使い魔さんとすれ違ったんですが、何をしていたんですか?」
ナイフとフォークの配膳が終わったのか、トレイだけを胸に抱いたメイドのシエスタがひょっこりと顔を出す。彼女は昨日、主人の寝間着を抱えて彷徨っていたラッキーに洗濯道具の調達をしたことで、ルイズから一言礼を貰ったばかりだったので、走り去る姿だけで彼だと判った。
「いや、ちょっと料理の邪魔をしていたんで追い出したんだが……。どうかしたのか?」
後ろ頭を掻きながらマルトー親方が言う。シエスタは、壁をはさんで向こうの食堂を指差した。
「いつも凄く早く来る男子の貴族様のグループがあるじゃないですか。その方たちが、ヴァリエール様とツェルプストー様の使い魔が、どちらが上等な秘薬の材料を見つけられるか勝負している、という話をしていて」
それからシエスタは、ラッキーさん、洗濯は上手なんですけど、と心配そうに言ってからトレイを仕舞った。
「それより、後ろの緑色の方々はラッキーさんのお友達ですか?」
「あ、ああ。その使い魔とやらが呼んだら突然現れて、それで料理を教えてくれって言うもんだからつい」
「へぇ、そういうこともあるんですね。……ってちょっと! そんなもの食べたらお腹壊しますよ!」
突然声を上げるシエスタに驚いて、マルトー親方は慌てて給仕隊を見た。一匹が、ラッキーが持ってきた、床に転がったままの石を口に入れるところだった。
「す、すいやせん。ちょっと小腹が空いちまって」
ごりごりと咀嚼してから、そのゴブリンは慌てて頭を下げる。マルトー親方は、そのゴブリンが訝しげに彼を見返すまでじっと彼を見つめてから、悔しそうに言った。
「もしかして、いたずらで石をつっこんだんじゃなくて、その、その、お前らってのは石を食べる種族なのか?」
「へい、もっぱらこいつがオデたちのおやつです」
「なんてこった」
マルトー親方はコック帽を脱いで手近な椅子に座った。知らなかったとはいえ、知らなかったとはいえだ。食べ物を無下に床に転がしたのは自分だった。力なく項垂れる。
彼の料理人としての熟練度は誰もが認めるものだったが、彼には経験に裏づけされた腕の他に、自分が自分を気に入らないとき、躊躇いなく新米に戻る直向さがあった。
悔悛するように少しの間だけ目を瞑って、それから決心したように立ち上がる。
「調理器具の使い方は、俺が責任を持って監督する。今日中にどれも使えるようにしてやる。ただ、俺の舌は、人間の好みしかわからねぇ」
今日の夕飯、あいつのために飛びっきり豪華なやつを用意してやりたい、とマルトー親方は語った。給仕隊の五匹はそれに、景気良く頷いた。
閑古鳥が鳴いている。
ラッキーは腰に巻いていた布で集めた石を見た。一つ、二つ、三つ。他にもいくつか拾ったのだが、腹が空いて食べてしまった。
「とりあえず珍しいもんを集めてみたものの、この数じゃなぁ……」
厨房を追い出されてから、午後を丸ごと使って必死に走り回った。ラッキーは今の大将が好きだ。良く殴られるのは前と同じだったが、彼女の拳骨は前と比べて格段に痛くない。自分への気遣いというか、なんというか愛のような物を感じるのだ。彼女の命令はきっちりとこなしたかったし、そして彼女に褒められたかった。
「大将、あの赤髪にばかにされんのかなぁ」
そのときは、普段より痛くても良い。気が済むまで殴られよう。
ラッキーは決心して、主人の待つ部屋に戻った。
彼の主観で珍しい石が、ハルケギニアではどこにでもある石だということを、彼の名誉のためにも弁解してくれる誰かが必要だが、ここには居なかった。
秘薬の材料集め、勝負はキュルケのフレイムの勝ちで終わった。部屋にこもったルイズは今、枕に顔を押し付けて泣いている。
ルイズは、ラッキーを殴ることはしなかった。怒鳴り散らすこともしなかった。ただ、申し訳なさそうに何の変哲も無い石を差し出した自分の使い魔を見て、とても似合うとは言えない儚げな笑みを浮かべただけだった。そして彼女は一瞬だけ、十にも満たない少女が夢から醒めたような顔をした。
すいやせん、と萎縮するラッキーの頭に、それからルイズはそっと手を乗せた。ぶたれる、と身を竦ませたラッキーだったが、何を考えているのか、彼女は彼の頭を軟らかい手つきで二度、撫でた。
コンコン、と景気の良いノックの音がした。ルイズは誰であれ応対したくないのだろう。枕に顔を伏せたままだった。もうずっと部屋の中で気まずい思いをしていたラッキーは扉を開けたかったが、主人を尊重した。
居留守を決め込んだものの、再びノックの音がする。それもルイズは無視したが、ノックの音はどれだけ我慢しても止む気配がない。ルイズは堪えかねたのか、片手だけ出して扉を指差した。ラッキーはドアに駆け寄って開ける。
「へい、どちらさまですかい?」
「メイドのシエスタです。給仕隊の皆さんと一緒に、ラッキーさんにと夕飯を持ってきました」
ラッキーがベッドを伺うと、ルイズは好きにしなさい、とでも言うように手をひらひらと振った。シエスタを押しのけて、雑な靴音を立てて五匹が上がりこむ。
「へいお待ち、モンスのゴブリン給仕隊です。今日のディナーはこちら!」
「ルフ鳥のポーチドエッグ」
「岩」
「調理済み岩」
「うっさいわね! 外でやんなさいよ!」
「へい! すいやせん」
ラッキーが謝って、五匹を外に出す。シエスタがそっとドアを閉めて出て行くのを認めてから、ルイズは一層強く枕に顔を押し付けた。
「お前の大将、機嫌悪いのな」
「ああ、ちょっとヘマしちまってなぁ」
廊下に座り込んだ六匹が、かちゃかちゃと食器の音を立てながら話し込む。気落ちした様子のラッキーを励まそうと、五匹は彼に話をさせた。
「大将に、何か珍しいもんを取って来いって言われたのにおいら、できなくて」
ラッキーはそう言ったっきり、唇を噛んで黙ってしまった。困惑する五匹にシエスタが事の経緯を推測で語る。それから暫くの間、暗い雰囲気を廊下に充満させていた一人と六匹だったが、ふと何か思いついた風のシエスタが、私は詳しくありませんけど、と前置きして言った。
「そういえばその、ルフ鳥のポーチドエッグって、とても卵で作ったようには見えないんですけど……。その卵とか、珍しいものじゃないんでしょうか?」
給仕隊の皆さんが持ってきた材料は、どれも見たことが無いものばかりでした、と床に直に並べられた皿を見る。
六匹は一度顔を見合わせてから、今度は勢い良くルイズの部屋をノックした。
「へいお待ち、毎度どうもモンスのゴブリン給仕隊です。今日のディナーはこちら!」
「ルフ鳥のポーチドエッグ」
「死んだら卵に戻る、全身岩で出来た不思議な鳥、ルフ鳥の卵をふんだんに使った高級品です」
突然部屋に雪崩れ込んだ不届き者を怒鳴りつけるため、勢い良く枕から顔を離したルイズはぽかんとして固まった。彼女のその表情を見て、六匹は楽しそうに笑いながら続ける。
「岩」
「ただの岩です」
「調理済み岩」
「ケチャップの風味が食欲を誘います」
そして一匹がもったいぶって皿を出す。
「ユニコーン・オン・ザ・カブ」
「角のある不思議な馬、ユニコーンの角を贅沢に丸齧りできます」
その言葉を聞き、ぎょろりと強く剥いたルイズの目が、皿の上に載せられた消し炭を凝視して離さなくなる。
「寄生牙の亀スープ」
「土と海水に取り憑く亀型ナイトメア、寄生牙の亀を細かく砕いたスープです。奥様もお子さんも大満足の海水味」
それから給仕隊の五匹はそれぞれ一品ずつ、シエスタがルイズの執務机に敷いたランチョンマットの上に並べた。
まさか、信じられない、でも、いや、どうしよう。目をまん丸に開いたルイズは暫くの間、口のなかでぶつぶつと何か唱えていたが、やがて決心したように給仕隊の面々を見て言った。
「あああああああの、わ、わわわたくし、その不死鳥の卵と、ゆゆユニコーンの角、なななな生でいただきたいんだけど、めめメニューには置いてるのかしら」
「へい! 少々お待ちください!」
ルイズは慌ててペンと紙を取り出して、一通の手紙を書いた。真っ先に埋めた宛先には、王立の研究機関、アカデミーで働く長姉エレオノールの名があった。
その日の晩、ルイズはラッキーを連れて寮の隣、ツェルプストーの部屋の前に立って大声を出した。
「ねぇツェルプストー、よーく聞きなさい!」
「そうだそうだ、よーく聞けい!」
「あんたのサラマンダーなんかよりも、ずっとずっと!」
「ずっとずっとだ!」
「うちのラッキーはね、凄い使い魔なんだから! 覚えときなさいよ!」
「そうだそうだ、覚えとけい!」
そしてルイズは、ぐりぐり、と力強くラッキーの頭を撫でた。