「そうだ、決闘だ!」
ギーシュは言った。
宴はまろやか
「愛しのモンモランシー」
一本足の小さなカフェテーブルを挟んで、一組の男女が向かい合い座っていた。
小ぶりなティーカップが二つ、間にお菓子を積んだ小皿が一つ、これだけでテーブルの上はいっぱいになっている。全体を白く塗られた控えめな意匠の、とても狭いテーブルだった。
はっと、ギーシュは、テーブルの上からはみ出て落ちそうになった自分のカップを慌てて手で押さえた。ぎりぎりながらスペースを確保していた筈だったが、突然傾いて中身をぶちまけようとした。向かい側の彼女が、自分の側からそれを押しのけ、無理やり作った空きに派手な音と共に肘を立てたのだ。ギーシュは思わず肩を窄める。
「だからねぇ、だから……ああもう」
ギーシュの向かい側に座る彼女、モンモランシーがこれ見よがしに溜息をついてみせる。その仕草にギーシュがますます萎縮したのを眺めてから、彼女はごん、と自分のひざでギーシュのそれを蹴った。
「あいたっ」
「黙れ」
ごん、ごんと連続して膝小僧を攻められる。あまり人の居ない広場に多い、一人用のテーブルに二人で座り、たまにお互いのひざが擦れ合う感触を味わう。これがギーシュの密かな楽しみの一つだったが、その狭いスペースは今、明らかにモンモランシーの味方をしていた。
「あんたねぇ、この、この。このっこのっ、このぉ!」
「いたっ、痛い! 凄く痛いよ」
「黙りなさい!」
もしかしたら足が近すぎることは、すねを蹴られることのなかったギーシュの味方もしていたのかもしれない。だが、痛いものは痛い。ギーシュは少し涙目になった。
「ていうかね、なくしたって、なくしたって何よ。ほんとに、あれは自信作だったのに」
「それは、ごめんよモンモランシー」
モンモランシーは一際力が篭ったひざをぶつける。彼女が身を乗り出して近づけてきた整った目鼻よりも、ギーシュはぴたりと距離を埋めたままのひざ同士に胸を高鳴らせた。健全な男子生徒だった。
「そ、そうだ! 今から僕は死に物狂いで君から貰った香水を探しに行くよ。
絶対に見つけてくる。約束する」
このままモンモランシーの機嫌を損ねたままにしておくと、何が起こるか解らない。この幼馴染が、同学年のヴァリエール家の三女ほどではないにしろ、恐ろしい癇癪持ちであることをギーシュは知っていた。
ごつん、とギーシュのひざが一際強い音と共にいじめられた。
「その必要はないの。あなたがふらふらしてる間にルイズがね、ちゃんと見つけてくれたんだから」
「ルイズ? ゼロの?」
「ええそうよ。あなたなんかよりよっぽど頼りになるわ。
じゃあね!」
強い音を立てて椅子が引かれる。立ちすがらにもう一度ひざを蹴られた。
ギーシュは思わず口をぽかんと開けて、立ち去るモンモランシーを見送った。自分の彼女があのゼロのルイズと親しいというのは初耳だったし、なによりゼロの彼女よりも頼りにならないと言われたことがショックだった。
ギーシュは昨日の足取りをなぞり、中庭に訪れていた。授業を受けた教室は、一度覗いてから、上級生が居ないところだけ見て回った。教室は二つだけ残して、食事、休憩、そういった場所を巡る。そして中庭に辿り着いた。
正確には、中庭だった場所、だろうか。昨日は中庭だったが、今日はただの更地だった。
「……そうか、ここだ。ゼロのルイズらしい、過激な証拠隠滅だな!」
これは陰謀だ、とギーシュは思った。ここまで派手に爆破されている以上、ルイズにもそれをやらねばならない何かがあったはずだ。しかし、彼女に何があったのか問い詰めるのは難しい。不毛の地を思わせる土肌に、ギーシュは慄いた。
くりかえしモンモランシーに何度も蹴られたひざが痛んだ。はっきりと姿を見せない害意は、確実に自分を狙っている。
ギーシュはごくりと唾を飲み込んだ。
「る、ルイズなんか怖がることない。僕のワルキューレならやれる、やれる……。でも、貴族同士で争うのは良くない」
土をじゃり、と鳴らして腕を組む。
目的はいくつかある。一つ目は、モンモランシーの信頼を取り戻すこと。これが一番重要だった。それも、出来るだけ早く達成しなければならない類のもの。二つ目は、何らかの計略を持って自分を陥れたルイズからグラモン家の誇りを取り戻すこと。これも重要だ。栄えあるトリステインの軍人である、父や兄らの沽券にも関わる。それから、二つ目は貴族同士の決闘の禁止を破らずに行う必要があった。貴族たるもの、定め事には忠実にあらねばならない。
ギーシュはすっかり吹き飛んでしまった中庭に一度目を遣って、逸らした。
「プレゼントは逆効果だ。僕は彼女の心の篭ったプレゼントを足蹴にしてしまった……。僕がモンモランシーに贈っても、足蹴にされるだけだ。
それでお互い様とモンモランシーが言ってくれるのなら、悪くないけど。けれど僕には、捨てられるためだけの贈り物を選ぶなんてできない」
ふと、第六感とでも呼べば良いのか、召喚の儀以降増えた感覚にくすぐったさを覚えて、下を見た。近づいてきているな、と思い、屈んで両腕を広げる。
一瞬土が盛り上がったかと思うと、ギーシュの腕の中に使い魔のジャイアントモール、ヴェルダンデが飛び込んだ。
「よしよし、良い仔だねヴェルダンデ。君はいつだって天使のような抱き心地だね。
……おや、僕にプレゼントかい? まったく君はなんて素敵な使い魔なんだ!」
ヴェルダンデは口にくわえた鉱石をギーシュに差し出し、そして主人の頬に頬ずりする。一通り擦って満足したのか、次は顔を舐め始めた。くすぐったそうにギーシュが笑い声を上げる。
そして何者かに後ろから押されたヴェルダンデが、主人の顔に強かに激突した。
ヴェルダンデが掘った穴から、ルイズの使い魔が顔を出したのを見て、ギーシュは眉を寄せた。
「うまそうな石のにおいがする!」
ちなみにゴブリンの嗅覚は宇宙なので、ラッキーに石の匂いの良し悪しなど解らない。
ギーシュは、ラッキーが鉱石に鼻を寄せるのを見て、頼みごとを一つ思いついた。
一人と二匹が顔をつきつけて相談を始めた。
「まず、この鉱石は成功報酬でいいかな」
「へい! かまいやせん」
ラッキーは勢い良く首を振る。ギーシュは石を持ってきてくれたヴェルダンデに伺って、彼女にも不満がない事を確認する。役に立つならとはしゃぐヴェルダンデの頭を強く撫でてから、ギーシュは一層声をひそめる。
「これから君に頼むのは演劇だ。決闘のかたちをなぞる。
ただし、決闘は貴族の誇りを示すためのもの。演劇は貴婦人の気を惹くためのものだ」
彼は真剣な表情で言った。
「その違いを解って欲しい。君の主人に預けた誇りもあるけれど、僕の一番はモンモランシーなんだ」
「へい! わかりやした」
ラッキーはまた勢い良く首を振る。ギーシュは表情を柔らかく崩した。
「よし、劇は派手に行こう。恋に焦がれると言うし、焼けてしまうほど熱い方がいい」
「あ、それならおいらにちと考えが」
「おお! 頼もしいね」
ラッキーはギーシュの許可を取り、一度だけ彼を殴った。
直径一メイルほどの光る鏡が空中に現れる。固唾を飲んで見守るギーシュの前で、一台の銃と沢山の袋を引き摺ったゴブリンが顔を覗かせた。
「おい、どうした」
現れたゴブリンは言った。ラッキーと同じく小柄だ。ギーシュよりも頭二つ分は小さい。しかし、浮かんだ鏡から、地面までの僅かな距離を飛び降りるだけで、彼は爆発にも似た着地音を立てた。呆れるほど大量の袋を引き摺っていた。
「こんな閑地に俺を呼ぶなんて……」
ゴブリンは戦争が好きだ。暇があれば他種族と争うし、一度戦が始まったなら日常の一切の些事を忘れて戦いにのめり込む。ゴブリンは例外なく争いを歓迎する。
だから、たまに、戦争の得意なゴブリンが生まれる。
「――戦争でも、するのか?」
そして彼は、シャープシューターと名乗った。
「ギーシュの旦那が言うには、おいらたちと旦那が喧嘩して、旦那がピンチになって、で今度はおいらたちが負ける? らしい」
「最初は勝って、最後に負ければ良いんだろう」
「あ、なるほど」
ギーシュはモンモランシーを一人だけ呼んで見せるのではなく、決闘騒ぎを起こして集まった見物人の中に彼女が居ることを期待する、そういうやり方でいくらしい。ラッキーとシャープシューターは、ギーシュが騒ぎの宣伝をしている間、打ち合わせと練習をすることにした。
「勝つのは俺が居れば問題ない。全部吹き飛ばしてやるよ」
シャープシューターは凄惨な笑みを浮かべて言った。ラッキーも特に異を唱えない。目の前の、木製の連射銃を構えた狙撃兵の恐ろしさは、ラッキーも良く知っていた。
「じゃあ、おいらたちにとっては、難しいのは負けるほうってことかい」
「そうだな」
「練習しようか」
「ああ」
二匹はそう言って、後ろに倒れる練習を始めた。
「ほら、ばたーん」
「ばたーん」
「ばたーん」
「ばたーん。これは、背中が痛いな」
「だから練習してるんだろ。ばたーん」
「確かに。ばたーん」
ちなみに言うまでもないが、シャープシューターも生粋のゴブリンである。
火の塔と風の塔の間、丁度建物の影になるヴェストリの広場で、ギーシュの掛け声と共にその決闘は始まった。
「行け! 僕のワルキューレ!」
一体のゴーレムが二匹のゴブリンに向かって突撃する。薔薇の意匠の杖から飛んだ一枚の花びらは、二匹のゴブリンにより近い位置でゴーレムに変化し、そして構えた槍を振り下ろした。ギーシュらしかぬコンバットトリックに観衆が熱狂する。
シャープシューターは、己の武装と、ラッキーの肩を引っ掴んで飛びずさり回避した。掴み損ねた一つの袋が切り裂かれ、中身がばら撒かれる。開始前から、シャープシューターが自分の周りに冗談にならない量の袋を置いていたので、ばら撒かれた中身は観衆の興味の視線を一身に受けた。すぐさま彼、彼女らから訝しげな声が上がる。
ところがたった今生命の危機に晒されたばかりのゴブリンたちは、目の前でワルキューレがちらつかせる槍など取るに足らないと言うように、にやりと笑った。
「なかなかァ、早いもんだな、おい」
シャープシューターは掴んだ袋の口を緩めて言った。中には、ワルキューレに切り裂かれた袋と同じように、木くずと石くずが詰まっている。
彼はそれを全て、己の銃に押し込んだ。
「ゴブリンを舐めちゃァいけない。いけないぜ」
彼は銃を構えた。
そして集まった貴族たちは、世の中に数多存在する"数の力"のうちの一つ、取るに足らぬ平民の牙の一つの完成形、魔法使いの優位を脅かす全く新しい脅威――
たった一匹のゴブリンが、ハルケギニアに持ち込んだガトリング・ガン。それが、ゴーレムを蹂躙する様を目の当たりにすることになる。
ギーシュの耳は、自分とゴブリンを取り囲む生徒たちの歓声と、目の前に立ちふさがるゴブリンの構える銃の発する音との区別がつけられなくなっていた。シャープシューターの銃は凄まじい音と威力を存分に発揮している。
先手で切り裂いた袋の中身を信じるなら、あの銃が自分のワルキューレにぶつけているのは木くずと石くずのはずだ。青銅で象ったワルキューレの肌が負ける筈がない。絶対に間違っている。ギーシュはそう思って一気に四体のゴーレムを作り上げた。初手の一体、次手の二体が無残に吹き飛ばされているので、今の四体は、全部で七体までしか練成できないギーシュの全力に当たる。
ギーシュは必死にラッキーに向かって目配せした。ここで華麗にギーシュが逆転して、ラッキーとシャープシューターに負ける演技をしてもらう必要がある。それはもう必死に目配せした。だから、ラッキーが目配せに気づいた素振りを見せたときは本当に助かったと思った。
ラッキーは戦闘中にウインクをしてくるギーシュの気の良さに嬉しくなって、自分も彼に向かってウインクをした。
ギーシュは絶望した。
生徒たちは、ギーシュがシャープシューターの銃で吹き飛ばされるのを見て歓声を上げた。学生にとっては全く縁のない、素晴らしく迫力のある戦いだった。二匹のゴブリンは、自分たちとギーシュで演じた演劇が観衆に受けたことに気を良くして、最後の締めに移った。
「よし、もう良いんじゃないか。ばたーん」
「そうだな。ばたーん」
観衆は何が起こったのか解らずに、揃ってぽかんと大口を開けた。
モンモランシーと連れ立って見に来ていた、ラッキーの主人であるルイズだけが、何が起こったのかに気づいて頭を抱えた。
満身創痍のギーシュは、医務室で水系統が得意なモンモランシーの手当てを受けていた。
「ちょっとギーシュ、あなたねぇ、なに馬鹿やってるのよ」
「も、モンモランシー……」
「ほらほら喋らない。ルイズが言ってたわよ。『ゴブリンに、最後に負けるフリをしてくれって言えば、多分あんな感じになるわよ』って。あなたも馬鹿ねぇ」
「……くっ、ま、またゼロのルイズかい!? あ、あいつ本当に僕たちの仲を引き裂くつもりなんじゃ」
「馬鹿言わないの」
「まさか嫉妬!? ルイズはこのギーシュ・ド・グラモンに密かに恋心を寄せていて、僕がモンモランシーにばっかり構っていることに気を悪くして……」
「馬鹿言ってると引っぱたくわよ!」
「ご、ごめんよモンモランシー! 大丈夫、僕は君一筋さ!」
「だから馬鹿言ってるんじゃないの! あんたが騒いでるうちは、治るものも治らないんだからね!」
「ごめん、ごめんってば」
「じゃあ早く寝なさい!」