宴はまろやか   作:LAC

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6話 溶接工、または修繕屋、あるいは武器鍛冶――いずれもゴブリンの

 

 人の手に指が五本あり、それぞれ関節が三つずつあるように、ゴブリンにも同じだけの指と関節がある。特に親指、人差し指、それから中指は小器用に動く。ひょっとすると人間よりも早いのでは。ルイズは己の使い魔の手の動きを見ながら、そんなことを思った。

 ラッキーは右手の、親指と中指をこすり合わせることに四苦八苦している。

「あ、だめよ。中指と薬指を重ねてはだめ。指を一本多く使ったからって、大きい音がでるわけじゃないの」

 ラッキーの、眉間の先に右手を出してみせて、ぱちん、と小気味よい音を鳴らす。連動してテーブルの上、小型のランプから明かりが消えた。ラッキーが羨ましそうに呻く。ルイズは間を置かずにもう一度指を鳴らし、明かりをつけた。

 指の音に反応してついたり消えたりする魔法のランプは、この部屋の中では最も安価な家具の一つだ。ルイズの部屋では、天蓋つきのベッドも、引き出しに鍵のある机も、最高級の魔法が用いられていない家具が選ばれているが、ランプは違う。

 ルイズの部屋は統一感に欠ける。長姉は当の昔に学院を卒業してはいたが、彼女が寮に入る際に揃えた家具はそのまま、勤務先のアカデミーの近くに構えた屋敷で使われている。次姉は病弱故に家から出ることはなかった。そうして、二人居る姉からのお下がりを譲り受けることなく、一年前の学院入学の折、父ヴァリエール公爵から与えられた上限の無い予算で部屋を整えた。

 貴族、平民、それぞれ最高峰の職人が共同で作り上げた品、次に平民の職人が匠の技で作り上げた品、続いて貴族の職人が魔法を駆使して作り上げた品、最後に平民の職人が人数に物を言わせて数を作り上げた品。求める際の費用の高い順に並べると、こうなる。ルイズの部屋には二番目の、平民の職人による最高級品が多い。一番目の魔法が付与された家具には、彼女が使えない物も多いからだ。ちなみにランプは三番目の品に当たる。

「ほら、もう少しよ。一回鳴ればすぐだから。あんたにもすぐに、つけたり消したり出来るようになるの」

「へい! がんばりやす」

 その日の晩、しばらく不規則についたり、消えたりを繰り返していたルイズの部屋は、何かを祝うように連続で点滅した後、就寝時間を大幅に過ぎて消灯した。

 

 

 

 宴はまろやか

 「溶接工、または修繕屋、あるいは武器鍛冶――いずれもゴブリンの」

 

 

 

 

 毎朝清々しい目覚めを迎え、貴族に見合った豪勢な朝食を取り、学生の本分である学びに精を出し、やはり貴族に見合った豪勢な昼食を取り、そして勤勉な幾人かがその日の復習のためにテキストを開くのを横目に見ながら、各々相手を見繕って会話に洒落込む。

 魔法学院に通う貴族の子女はこうして日々を過ごす。ギーシュもその一人だが、最近は、普段ならば気の緩む午後こそが本番だった。

「ギーシュまたなの?! あんたね最近しつこいのもうどっか行っちゃいなさいよ!」

 モンモランシーの声が中庭に響く。ダンスホールの音楽を遮らないための、手のひらで口元を隠す上品な笑い方。貴き貴族の隠すべき姦計を、隣人の耳元で囁くときの話し方。学生であっても貴族であれば自然と身についているものだ。歓談のための中庭とはいえ、貴族がいくら集まっても騒々しくなることはない。

 そんな静かな場を壊す大声を出したモンモランシーに、非難の目を向けるわけでもなく、集まっていた生徒たちは自分の連れ合いと視線を合わせて席を立った。今日はこの中庭が戦場らしい。

「いい加減あなたには愛想がつきたって、言ってるでしょ?」

「でも、でも聞いてくれモンモランシー。あれは本当に誤解なんだよ」

「うるさい!」

 モンモランシーはギーシュの弁解を切って捨てながら、今日の授業のページを開いて投げ出していたテキストを閉じ、テーブルの下で組んでいた足を解き椅子を僅かに引いた。中庭を去る準備は万端、直ぐにでも立って貴男とはさよならするわ。そんなメッセージを込めたつもりで、モンモランシーは眉を寄せた不機嫌な顔をギーシュに見せ付ける。ギーシュの声に一層悲痛さが混じり出す。

 ちなみに見る者が見れば、一連のモンモランシーの動作で、彼女の前に一人座れるだけのスペースが出来上がっていることに気づくのだが、生憎と他の生徒たちは全て立ち去ってしまっていた。中庭にはギーシュとモンモランシーしかいない。

「今日は君のための詩を書いてきたんだ。一週間、納得のいくフレーズが見つかるまで僕は、食事が喉を通らなかった」

「昨日持ってきた五日かかった歌は何よ! 一昨日引いてきた準備に十日かかった馬は、一ヶ月かけて見つけてきた遠出のコースはどうなったの!?」

 神妙に目を伏せてギーシュが差し出した手紙の束をひったくってから、モンモランシーは言った。ギーシュの口もよく回るが、モンモランシーもよく覚えている。ちなみに乱暴にギーシュの手から巻き上げられた手紙たちは、目にも留まらぬ速さで彼女のマントの裏に仕舞われた。

「ああ、モンモランシー。怒らないでくれ。そうだね、僕もちょっと長すぎるとは思ったんだ。でも伝えたいことがたくさんありすぎて……。

 そうだ! 今この場で君のために朗読しよう。心配はいらないさ。僕の正直な気持ちのまま綴った詩だ。内容は全部覚えてる。出だしはこうさ。

 僕のいとしいモンモコラブッ」

 ギーシュは吹き飛んだ。

 

 

 

「爆発が失敗っていうよりも、私の魔法だっていうのは解ったのよ。使いどころが難しいけど、結構すごい魔法だってことも」

 ルイズは底に薄くワインを敷いたグラスに、蜂蜜と、レモンの絞り汁を混ぜた水を入れてかき混ぜながら言った。部屋の床に座るラッキーの前には、レモンを垂らしただけの蜂蜜が置かれている。昼食後すぐに自室に戻る生徒は少ないが、居ないわけではない。

「へい。そうですね。ぼんばかぼんばかって聞こえると、おいらなんだか楽しくって」

「そうよね。ラッキーの故郷だと、毎日聞こえる音なのかしら」

 ところで、とルイズは言った。

「ラッキーの能力って、何なの?

 何か特別な力があるみたいなこと、言ってたけど」

 使い魔の前では気風の良い素振りばかり見せてきたルイズが、些か不安げに伺ってきたことに気づいたのか、ラッキーは胸を叩いて返事をした。良いところを見せてやりたい。

「へい! ええと、ちょっと待ってくだせい」

「準備がいるの?」

「へい。相手が必要っていうか……。ちょっとギーシュの旦那にお願いしてきます」

「ギーシュ? なんであいつに」

「一回手伝ってもらったことがあるんで」

「ふうん。解ったわ、いってらっしゃい。後から説明してくれるだけで良いから。私は部屋で待ってるわね」

「へい!」

 慌てて立ち上がり、駆けだす。少しの間を置いてからラッキーは、自分の他にゴブリンをもう一匹ほど連れて戻ってきた。

 

「ギーシュ、ほら、頭よこして」

「うう。僕は……」

「良くわからないけど、ルイズの使い魔があんたのこと叩いて逃げてったわ」

「なっ! ま、またルイズか……」

「ほら動かないの。あんまり可哀想だし、膝貸してあげるから」

「モンモランシー……僕は、僕は」

「はいはい。解ったからしばらくこうしてなさい」

 

 

 

 ルイズの前で二匹のゴブリンがしゃちほこ張っている。

 一匹は知れた己の使い魔だ。緑色の肌を晒して、腰布一枚だけを纏っている。剥き出しの上半身、二の腕は特にルイズのそれよりも細く頼りない。だが、これで良く出来た使い魔で、とても気のいいやつであることをルイズは知っている。

 もう一匹は赤い全身を覆う服、ツナギという種類の物らしい。ゴブリンの種族衣装だろうか。それから眼鏡と、頑丈そうな手袋。腰には不思議な道具が幾つも提げられているが、ルイズには鉄鎚しか解らなかった。

 二人が踏ん反り返っているせいでちらちらと見える、赤みがかった鼻頭がどこか笑いを誘っている。

「それで、ラッキー」

「へい!」

 ルイズは思い切って尋ねた。

「どこから出したの」

「へい! ええと、中庭から連れてきやした」

 ラッキーがたんこぶを作って沈黙した。

 ルイズの誰何は隣へと向けられる。

「それで、あんたは?」

「へい、溶接工です。ベルドって呼んでください」

 ルイズは腕組みした。軽く名乗ってから鉄鎚をお手玉してみせたゴブリンを、上から下まで眺めてから、指先でラッキーの腫れた頭をつつく。

「ラッキー起きて」

「へ、へい! あいたっ! 大将、何ですかい?」

「今まで気づかなかったけど、おかしいのよ。

 ゴブリンって未確認の種族でしょ? なんで最近になってこんなに沢山、しかもあんたの友達ばっかり出てくるわけ」

「そういう能力でして」

 眉を寄せて問い詰めようとしたルイズだったが、あっさりとしたラッキーの答えに拍子抜けしてか、浮きかけた腰を椅子に落とした。

「あ、うん。もう一回聞くわ。どうやって出したの?」

「へい。それはもう、昔々あるところに……」

「もう聞かないわよ」

「説明しやす」

 

 

 

 敵を定めて、殴る。ゴブリンを喚ぶ。ゴブリンでさえあれば、ラッキーのような下っ端から一国の王まで、どんなゴブリンでも召喚することができる。

「ゴブリンなら誰でもって、貴族で言えば女王陛下とか、学院長とかも?」

「へい! そうです」

「ちょっと違いやす。人間で言えば女王陛下とか、学院長とかを召喚できやす。

 おれみたいな溶接工も、こいつみたいな下働きも」

 早々と相槌を打ったラッキーに追従することなく、ベルドは訂正を入れた。有用であることは貴族であること、魔法使いであることと必ずしもイコールではないのだ。

 ルイズは己の使い魔の、腫れた頭を軽く叩いた。

「じゃあ、たまに料理長と一緒になって遊んでる五匹組もあんたの能力?」

「へい」

「銃ぶら下げて学院の塀の外をうろついてるあれも?」

「へい」

「じゃあ、これは?」

「へい! そいつは、ええと」

「あ、おれですかい? いくらか時間を貰えれば……。

 うーん、ちょいと部屋の内装でも変えてみせましょうか」

 ルイズは腕を組んで唸った。正直に言えば、この部屋は自分なりに考えて彩ったものだ。多少の愛着はある。ルイズは足も組んで唸った。

「おいらからもお願いしやす。ベルドはおいらたちの中でも特別賢いやつでして」

「よし。任せてみる」

 ルイズは一切をゴブリン達にまかせて、部屋の外に出た。

 

「あっ、モンモランシー、あれ?」

「静かにして。寝てるの」

「……んと。私、彼に謝りに来たんだけど。うちの使い魔が失礼したみたいだから」

「そう」

 本来向かい合う形で置かれている椅子を二つ横に並べて、モンモランシーの膝枕で眠る男子生徒が一人。

「ふうん。へぇ。へぇえー」

「ちょっと、何よルイズ。嫌な笑い方してる」

 ルイズはギーシュが当分起きそうにないのを確認してから言う。

「いいえ、別に。ええと、そうだわ。『ごめんなさい、ギーシュ』」

「……。はいはい。『ありがとう、ルイズ』」

「どういたしまして。素直じゃない奴ぅ」

「お互い様!」

 眠っているはずのギーシュが、居心地悪げにモンモランシーの膝へ顔をうずめた。

 

 

 

「張り切って大将の部屋を改造?」

「そこまではしねえよ。そうさね、おれ特製の便利道具でも造るかい」

 主人の居ない部屋で、ラッキーとベルドが向かい合い座っていた。ベルド自身は溶接工と名乗っているが、がらくたから新しいものを造ることを得意としていた。何かと発明好きの教師、ミスタ・コルベールの部屋ならば別だったかもしれないが、ルイズの部屋にがらくたなど無い。

「無いものはもってこい、ってね。この椅子をばらして使おうか」

「なるほど。それで、無くなった椅子はどうすりゃいいんだ?」

「それはな、ま、ばらすってことはほら、元通りに組み立てられるってことさ」

「そうか! やっぱりお前は頭いいな」

「そんなに褒めるなよ」

 楽しそうに手を叩くラッキーに、ベルドは頭を掻きながら笑った。

「で、何造るの?」

「木っていえば棍棒だろ」

「そういやそうか」

 ベルドは取り出した刃物で、椅子の足を削り始めた。ラッキーがそれを眺める。

「上手いもんだなぁ」

「だろ? おれの得意は鉄だけどよ。こういうのも、よっ、ほっ」

「やっぱ何でも出来るゴブリンは違うね」

「そうでもねえよ。あんまり褒めるなって」

 やがて椅子の足が棍棒の形を成してきた。先端は丸く整えられ、握りを細く削る作業に入った。

「お、できたぞ。……あぁ、ちょっと小さいか?」

「大将はおいらたちよりも大きいからな。すげえ小さいんじゃないか?」

「よしきた。都合良いことに椅子の足は四本あるからな。あと二回失敗できるぞ」

「三回じゃないか?」

「三回かも」

 少しして、同じ大きさの棍棒が四本出来上がった。

「……おれは頑張った」

「ああ、ベルドは頑張った」

「決めた。火薬で証拠隠滅する」

 おもむろにベルドは腰布から、黒色火薬を取り出した。結構な量だ。彼は小器用に片手でマッチを擦って見せる。たよりなく揺らめく炎に、緑色の顔が照らされている。

「そうかい。ところでそれってぼんばかの素?」

「ああ。火薬な」

「ぼんばかの素だろ」

「まぁそうだけど」

「ところでそのぼんばかって、どれくらい?」

「どれくらいって……それなり」

「それなりかぁ」

「それなりさ。火つけるぞ」

 何かに気づいたラッキーが、突然ばねのように机に向かって飛び込んだ。

 ルイズの部屋は爆発した。

 

 

 

 突如聞こえてきた爆発音に、ルイズは慌てて自分の部屋へと駆け戻った。遠くから聞こえた爆発音と、すぐ近くに居るルイズの顔を見て不思議そうに首を傾げる生徒を何人も置き去りにして走る。そして隙間から煙を吐く部屋のドアを、力いっぱい押し開けた。

「ラッキー! 何があったの!?」

 部屋の中には、うつ伏せに倒れたラッキー、仰向けに倒れたベルドがそれぞれ転がっていた。床には煤焦げた跡が見られる。椅子が見当たらないので、木っ端微塵に吹き飛んだのだろうか。

「ねぇ、ラッキー。あんた怪我とかは……」

 煤の跡は、ラッキーの背中にもある。いささか淑女とは言いがたい慌てぶりを見せながら、ルイズは使い魔の体をひっくり返した。腹の下から、ランプが一つ姿を見せる。

 昨日一緒に話の種にした、安っぽい魔法のランプだった。

 

 

 

「次の虚無の曜日ね」

「へい?」

「買い物に行くわよ」

「わかりやした」

「まず椅子ね」

「すいやせんでした」

「それから、魔法の小物店に行きましょう」

 ルイズはベッドに座り、足を揺らしながら言った。

「きっと面白いものがあるわ」




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