──しようとする度に罰が降る。
──しかし、それで学ぶ。
──でも、どの道も不正解だと気付くには、情報量が少なすぎたのだ。
生物には常に出会いと別れがある
実るか否か、あるいは生か死か。
人によって解釈が違い、前者か後者、どちらかを選ぶ。
しかしそれも、人による。
この世は人が支配する。
何もかも支配される。
恨みを持ち、復讐する人や、ただ快感だけを得る為だけにそういう道を選ぶ者もいる。
それは、ひと握りの小さな光。
話を戻し、僕は前者を選ぶだろう。
これは体験によるものの判断だ。
しかしこれも、人によるものだ。
だからこそ、自分に留めておく必要があると判断する。
それが、護る為の小さな穴。
人は誰にも話せないものがある。
それは、誰だってあるもの。
悪戯したこと。禁忌に触れたこと。犯罪を犯してしまったこと。
誰だって話せない。
僕だってそう、人を支配する法には勝てないのだ、だってそれが"ルール"だからだ。
これは、自身を留める為の紐。
誰しも"次"を視る。
現在の自分を超えたくて努力する者や、諦めて"次"に期待する者がいる。
それだけではないが、大まかに纏めたもの。
実ったことを嬉嬉として受け取る者。
枯れたことを悄然として受け取る者。
或いは
生を実感し、生きる道を選んだ者。
死を覚悟し、諦める道を選んだ者。
どれも"次"を求めている
時の流れは待ってくれない、それが残酷だ。
これが、もう戻れないことを実感させてくれる道。
"次"を求める生物は、"未来"を求めた。
もう後には戻れないのなら、"進むしかない"と考えたからだ。
だってそうだ、この世界は"必ず前へ進む"。
刻一刻と進む時の流れさえも"味方"にして。
人は賢い、逆に利用して"流れ"を変えようとしている。
しかし気付いてしまった。
もう「遅い」んだと。
そして悩んだ末に、生物は"現在"を求めることにした。
腐り行く運命に抗えず、唯一の味方である"時の流れ"さえも、運命に盗られてしまった。
だからこそ、生物は"現在"を生きることにした。
何もかもが"遅い"と決まっていても、それだけが残っていたのだから。
そうするしか無かったのだ。
だってほら、僕らは"現在"を生きている。
そして、また"抗えない"道を進んだ時の歯車。
人が何をしようと、抗おうと、時の流れは待ってくれない。
それが"秩序"だと言う様に。
理を反する者には裁きを加えられ、この世から消える。例え何をしていようと。
それが、運命の歯車に起こった欠点だとしても。
それに巻き込まれるのは、常に生物達だ。
"上には上がいる"
この言葉は本当だ。
人間は常に脆い、どれだけ鍛えていようと、内側からは耐えられない
ひとつ何かが起こっただけで簡単に死ぬ。
可哀想な生き物だ、でもこれを読む君も、これを書く僕も。
全て、"理解"したからこそ書いて読めている。
話を戻し、この世には上が存在する。
生物関係でもそうだが、外を見てみるのだ。
空は広い、その向こうには"宇宙"が広がっている。
息を止めた生身の人間が行けば、3~5分程度で死ぬ。
"宇宙"だけではない、危険な虫や死海と呼ばれる危険な海。
それらに踏み込んだだけで死ぬ。
本当に脆い、何もかもが脆い。
だからこそ、上下関係が築かれる。強い物が率いるからだ。
そして、それが"現在"を生きた君達だ。
だからこそ、ここまで読んだ君に今一度考えてほしい。
"過去"を見るな、"未来"を見るな、"現在"を見るな。
それらを言われた場合、君達はどうするか。
答えは簡単、「答えない」、いや、「答えられない」だ。
普通に考えて、矛盾しているし理論が通っていない。
だってそれが、僕ら"人間"だからだ。
即答出来ないのが"生物"
だから、人間は考えた。
"求める"のではなく、"視る"んだと。
世界はいつも通り回っている、それだけを感じるようになった。
全てから目を背けて、絶対に"干渉"しない。
それらが、全て自分達を守る為だけに作られた絶対的な"法"。
そして生物は、今日も仮面を着けて"視ている"
ここまで読んだ君に、またひとつ問いたい。
──何をして、"今"を生きているか、そして、何をして"傍観者"と成り得たか。
答え合わせは、その命が潰える刻...即ち、人生の終着点にて、答えるのだ。