武闘大会・第三回戦。
地下闘技場の円形のバトルステージで対峙するのは、チャイナドレス姿の女性と、金髪に丸眼鏡でインテリ風の青年だった。
試合開始の合図と同時に、女は腰を落とし、右手をすっと前に出して構えを取った。
「『雄臨血(ユーリンチー)』」
「……何ですか? その妙な技は」
「私は中華料理を極め、それにまつわる拳法を会得しているアルヨ。今のは、そのうちの一つの技ネ」
ステレオタイプな中国人っぽい口調で答える女。
「『雄臨血』は、攻撃力を最大限に上昇させる技アル。これを序盤に使えば、私全力で戦えるネ」
「ならば、僕が瞬殺してあげるよ。君が全力を出す前にね。――『密室殺人』!」
丸眼鏡の男性も、何か能力を使ったようだ。刹那、黒い五枚の板が出現し、前後左右、さらに上方から女を囲って中に閉じ込めてしまった。
「君が中華料理を極めているように、ミステリーマニアの僕には、推理小説にまつわる異能が使える。この『密室殺人』は、相手の周囲を黒いバリアで覆い尽くし、その空間内に無数のナイフを降り注がせる技さ。僕に君に指一本触れることなく、華麗なる勝利を……」
「――『八方砕(ハッポウサイ)』」
男が勝ち誇ったのも束の間、漆黒のバリア内から女の凛とした声が響く。衝撃波が板を粉砕し、降らんとしていたナイフをもバラバラに叩き割ってしまった。
四方八方へ衝撃波を飛ばす技、「八方砕」で密室からの脱出を果たし、チャイナドレス女性は「全然華麗じゃなかったアルヨ」と余裕を見せた。たちまち、男が青筋を立てる。
「調子に乗るなよ。『凶器の隠蔽』!」
彼の手には、召喚された何かが握られていた。ただ、その何かは目に見えない。
「凶器の隠蔽」は、透明な得物を召喚して攻撃する技だ。敵は得物が何なのか、リーチはどれくらいあるのかが分からないため、対処に困ることになる。
ちなみに、青年自身はこれが日本刀だと理解していた。リーチはそこそこ長い。変な口調の女をぶった切ってやりたくて、うずうずしている。
「くたばれ!」
斬りかかった男に、女は何と徒手空拳で対抗した。
「……『破流魔鬼(ハルマキ)』。そして、『襲舞(シュウマイ)』!」
最初の斬撃を、研ぎ澄まされた手刀で弾く。さらに高く跳躍し、強烈なかかと落としを繰り出す。男は咄嗟に刀でガードしたが、刃こぼれしかけるほどの威力を秘めた攻撃だった。
「チッ。技の名前は中華料理なのに、当て字がことごとく中二病とは、一体どういうことだ」
「悔しがるところ、そこアルか?」
「細かいことは気にするな。――『アリバイ・トリック』!」
かかと落としをどうにか受け流し、丸眼鏡の青年はさらなる異能を解き放つ。「アリバイ・トリック」とは、ある時間に自分が別の場所にいたかのように見せかける技。すなわち、自分の分身を生成して一緒に攻撃する技である。
二人に分身した状態で、先刻から発動している「凶器の隠蔽」の効果も続いているため、透明な刀を携えた戦士が並び立った格好になる。
「一対一で互角なら、二対一で仕留めるまでさ。単純明快だろう?」
「単純で助かったアルヨ。つまり、分身を先に倒してしまえば、互角以上に戦えるってことになるネ」
ニコニコ微笑み、女は両手を組み合わせて叫んだ。
「『勝論砲(ショウロンポー)』!」
「八方砕」が範囲攻撃なら、「勝論砲」はその一点特化バージョンだ。狙いを絞って手のひらから放たれた破壊光線が、今しがた現れたばかりの分身を、跡形もなく消し飛ばした。
「まだまだいくアル。『鎮邪悪牢巣(チンジャオロース)』!」
続いて、女は地面に片手を突き込んだ。地脈を介して中華料理のエネルギーが伝わり、青年の周りに光り輝く結界のようなものが出現する。
外界と遮断された敵を一瞥し、チャイナドレス女性は胸を張った。
「密室で倒されるのは、どうやらそっちの方みたいアルネ」
「フン。君に密室からの脱出ができて、僕にできないとでも? ……『死体のすり替え』!」
すると、結界の中にいた青年の肉体がダミーの死体に入れ替わり、本物は外にテレポートした。替え玉を用意しつつ少し離れた場所へ移動する、地味にチートな能力だった。
テレポートした青年は、女の死角に立っていた。何が起こったのかを対戦相手が理解する前に、一撃で決めてやる――そう強く思い、「凶器の隠蔽」で呼び出した刀を大上段に振り上げた。
「ありがとう。なかなか良いバトルだったよ。だが、これで終わりだ!」
気合と共に放った斬撃は、しかし、空を切った。
「何っ⁉」
「……『暗忍恫腑(アンニンドウフ)』。気配を消し、敵に忍び寄る技ネ」
いつの間に移動したのだろうか。背後に立つ女の声を聞き、青年は全身の肌が泡立つのを感じた。
「残念だったアルネ。死角から攻撃できるのは、私もヨ」
「き、貴様っ!」
振り向きざまに斬りつけようとしたが、難なくかわされた。女は両の拳に紅蓮の炎を宿し、カウンターするかのようにアッパーカットを放つ。
「とどめネ。――『朱武汰(スブタ)』」
炎を帯びたアッパーを見舞われ、男の体が吹き飛ばされる。割れた丸眼鏡が落下したのとほぼ同時に、審判が試合終了を告げた。
「ごちそうさまでしたアルネ」
痙攣している青年に向かって、手を合わせる女。その姿は、黙祷を捧げているようにも見えた。
「……うーん、微妙!」
「パンダー×パンダー」の新刊を読み終わったツカサは、自室で大きく伸びをした。そして、ううむと唸った。
何か違う。少なくとも、連載当初はこんな作風ではなかったはずだ。奇妙な武器を使う暗殺者たちが、予測不可能でトリッキーなバトルを繰り広げる様が見事で、ツカサも夢中になって読んでいた。カイリがたまにネタバレしてくるので、ネタバレされても大丈夫なように最新刊まで追った。
しかし、話が進むにつれ、どうもストーリーの方向性が迷子になりつつある。トリッキーな武具はあまり登場しなくなり、何ならツカサの推しの「五天剣」使いも出番が減り、代わりに風変わりな能力者たちがバトルを始めた。中華料理や推理小説を極めたらパワーが使えるようになった、って……ちょっと説明が雑過ぎないだろうか。
「初期は頭脳戦の要素が強かったのに、最近は色んな能力が次から次に出てくるばっかりで、目新しさこそあれ頭を使う部分は減ったわよね。どうしてこうなってしまったのかしら」
頭を抱え、ツカサは嘆いた。
「何ならしばらく休載してもいいから、もう少し作品のクオリティーを維持してほしいわ。休載が多いけど面白い作品と、一度も休まないけど微妙な面白さの作品なら、あたしはやっぱり前者を読みたいもの」
不平を漏らしながらも読書を楽しむ彼女は、まさか日本に再び危機が迫っているとは思いもしなかった。