『赤ちゃんプレイ! エボリューション!』
さらにボトルの力を解放し、ネトルトは「大気爆裂・バブみフィールド!」と唱えた。ドーム状に暗黒空間が展開され、二人をその中に呑み込む。
「バブみフィールドの中に入った瞬間、お前は強烈なバブみに襲われ、まともな思考ができなくなる。事実上の行動不能に陥り、隙だらけになったところをぶった切るという寸法さ。こうやってな!」
再び「ブラコン」の力を使い、龍と虎の意匠を持った巨大ロボ・兄妹攻神を召喚。ネトルトは一跳びでその操縦席へ乗り込み、大剣を振り上げた。
「……言い忘れていたが、このフィールド内で俺の戦闘力は倍増する。お前がいかに多くの原典の力を使えると言えども、身動きを封じ、俺自身にバフをかければ勝負は決まったのも同然だ!」
「――『無貌通行』」
けれども、ネトルトの予想に反し、無貌はバブみへの欲求に襲われてなどいなかった。むしろ冴えわたってさえいる頭で、冷静に原典の力を選択し、発動する。放たれた斬撃は、彼女の体に触れた瞬間に跳ね返された。
「残念だったな。記憶の大部分を捨てた今の私は、バブみなどという感情と縁がない。もっと分かりやすく言ってやろうか? 貴様のフィールドは、私に対して真価を発揮できないということだ」
バブみとは、主に男性が年下の少女に対して抱く感情を指す。元はレベッカという一人の女性だった無貌には、そもそも効きづらかったのかもしれない。
「だとしても、身動きはほとんど取れないようだな。現に、今だって首から上しか動かせていないじゃないか」
攻撃を弾かれたことに驚きつつも、ネトルトはコクピットから応じた。レバーを引き、次なる斬撃を放とうとする。
「防御しかできない今のお前に、勝機を見い出すことは不可能。喰らえ。『炎虎龍々・ブラコンハリケーン』!」
龍虎型ロボの剣が長く伸び、必殺の一撃が無貌の体を貫こうとした。
狭いフィールド内に巨大ロボを召喚したせいで、バブみフィールドはかなり手狭になっている。長大な剣を用いるとなれば、尚更だ。「この狭い空間内で、長剣を使う技を上手く反射してかわすことは難しいはず」と考えたからこそ、ネトルトはカウンターを恐れずに技を放ったのである。
すると、無貌は予想外の行動に出た。
「調子に乗るなよ、三下。私が弱くなったところで、別に貴様が強くなったわけではないだろうに」
「だから、俺の力は倍増するって言っただろ⁉ 話聞いてたのか?」
「……フン、まあ良い。動きが制限されているというのなら、限られたチャンスを逃さず、一撃に全てを込めるまでだ」
右手で長剣を軽々と受け止め、すぐさま左の手刀をロボの手首に叩き込む。表面のアーマーを抉り、内部機構に指を触れた状態で「無貌通行」を再発動した。
「ああそうだ、私にも言い忘れていたことがある。首から上どころか、上半身は問題なく動かせるぞ。――自分の手札を伏せておくのは戦術の基本だが、貴様、貴族のくせにそんなことも理解していないのか。つくづく愚かな奴だ」
「何だと⁉」
余裕を見せつける無貌と、慌てふためくネトルトは対照的に見えた。
無貌はロボットの中を流れているエネルギーを反転、つまり逆流させた。血液が逆流すると人体に負荷がかかるように、兄妹攻神の内部にもダメージが与えられる。節々からスパークを迸らせ、龍虎型ロボは「ガガッ」と鈍い音を立てたのを最後に沈黙してしまった。
「くっ。小癪な真似を」
もはやロボットは使い物にならない。歯嚙みして兄妹攻神から飛び降りたネトルトは、今度は自らの「寝取り」のパワーを解放した。
「こうなれば、お前の精神を乗っ取ってやる!」
「そう来ると思っていた。――『心理貌握』」
闇のオーラを放ち、ネトルトは自らの精神の一部を無貌の脳内へ侵入させた。
対して無貌は、召喚したリモコンを自身の頭部に向け、ポチリとボタンを押す。数秒後、ネトルトは頭を抱え、悶絶することとなった。
「ぐあああっ。あ、頭が割れそうだ。お前、一体何をした⁉」
「『心理貌握』は、リモコンを向けた対象の人格や記憶を自在に操作する技。通常は敵を洗脳し、操るために使うのだが、こういう使い方もできるとはな」
もし無貌に表情があれば、薄ら笑いを浮かべていただろう。彼女は、自身の中に入ってきたネトルトの人格に対して能力を行使したのだ。
なお、この「心理貌握」はのちに高次元生命体を裏で操ったり泥人形の人格をコントロールしたりする際にも活躍するのだが、それはまた別のお話である。
人格を完全に書き換えられる前に、ネトルトはどうにか無貌の精神世界から脱出した。しかし、精神をズタズタに引き裂かれた今の彼に戦う力は残っておらず、がくりと膝を突くばかりだった。
「とどめだ。『無ノ番・うずまき』」
無数の原典の力を集めてエネルギーの塊とし、一気に撃ち出す無貌の必殺技。その奔流をまともに喰らい、ネトルトの腹部に風穴が空いた。
数年前、彼が執拗に蹴りつけたレベッカのお腹。そのせいで失われた、赤ん坊の命。記憶こそおぼろげになっていたが、宿敵の腹を吹き飛ばしてやったことで、無貌は少しせいせいした気分だった。
「があああっ……」
変身解除されたネトルトが、着物を鮮血に染めて倒れる。明らかに出血多量で、じきに死ぬであろうことは確実だった。もはや性癖の能力を維持することも叶わず、バブみフィールドが解除されていく。
「さ、最後に教えてくれ。お前は一体、何者なんだ。なぜ俺たち貴族を憎むんだ?」
震える手を伸ばし、彼は問うた。それを聞いた無貌の心は、複雑だった。
(長い時を経て、私は絶対の力を得た。憎むべき敵を倒した。しかし、その敵は私のことを私だと認識しておらぬ。無理もない。全てを捨て、私は以前とは変わり果てた姿になってしまったのだから)
これで良かったのだろうか。愛していた人の顔も名前も忘れ、仇を討っても宿敵からは「お前は誰だ」と問われるような状態で、本当に良いのか。彼女は自問自答した。
「――何度も言わせるな。私の名は無貌。貴様ら旧時代の支配者を葬り、新たにこの世界を統べる者だ」
問答を重ねた挙句、彼女は凛とした声で告げたのだった。
昔の自分は死んだ。その証拠に、私は昔の私の名前さえも思い出せないではないか。今の私にできるのは、「無貌」として新たな人生を歩むことだけだ。それが彼女の覚悟だった。
「かつて貴様らは、私が大切にしていたものを傷つけた。憎む理由は以上だ」
「お前が修羅の道を歩むことを、その人は望んでいるとでもいうのか。地に堕ちたか、無貌……!」
ぜいぜいと荒い呼吸をし、時折血を吐く貴族に、無貌は「驕りが過ぎるぞ、ネトルト」と返す。
「最初から誰も天に立ってなどいない。貴様も私も、神すらも。だが、その耐え難い天の座の空白も終わる。これからは、私が天に立つ」
言い終わってふと気がつくと、ネトルトは既にこと切れていた。きっと、無貌の言葉を聞き終える以前に息絶えたのだろう。
「殺し甲斐のない奴だ」
ネトルトへの興味を失い、無貌は王宮のさらに奥へと進んでいく。
まだ、戦いは終わらない。貴族を皆殺しにするまで、彼女の復讐が真に成し遂げられることはないのだ。
超次元界を支配していた貴族層を殺し尽くし、無貌は新たに支配者として君臨した。
やがて環境汚染が深刻化し、いよいよ異世界への侵攻を始めるという段階になると、彼女は超次元の民たちに原典の力を分配した。昔の自分は、無力さに苦しんでいたような気がする。原典のイメージを付与し、民たちが無力に涙しなくていい世界を作りたい。彼女なりの優しさで、無貌は考えた。
このイメージ付与が強制的に行われてしまったがために、「原典無し」を初めとするレジスタンスも現れることになる。ただ、無貌本人に悪意があったわけではなかった。
民の中で特に力に秀でた者には、「三武神」の称号を与えた。アマエマックス、超ブラゴクウ、超次元ライダー・ネトルの三名に、それぞれ「赤ちゃんプレイ」「ブラコン」「寝取り」の性癖の力を授けた。これには、貴族の中でもとりわけ強い力を誇ったネトルトが使用した性癖のパワーを自分の部下に付与することで、「旧支配層を完全に制御下に置いている」とアピールする意図があった。
記憶の大半を失っても、無貌は「大切な人を人間界で失った」ことを覚えていた。だから、高次元生命体に十分な数の植民地を獲得させてもなお、彼女は人間界への侵攻をやめなかったのである。
すべては、愛する人の復讐のために。
そのためだけに、無貌はあらゆるものを捨てて絶対的な力を手にしたのだ。
「はは、おはやいます」
「おはよう、ムーヴォちゃん」
ようやく昼寝から目覚めたムーヴォは、自分の過去のことなんて何も覚えていないようだった。
できることなら、その方がいいだろう。真実を知ることが、幸せとは限らない。
今回で、無貌の過去編は一旦終了になります。
次回の更新は1週間後の予定です。