『誰にも邪魔はさせない マイウェイ それが俺流自由な 生き方なのさ』
オリジナリティーの追求に燃えていた頃に設定した着メロが鳴り、裕介は慌てて、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。走る邪魔になりそうだから家に置いてくるべきか迷ったけれど、やはり持ってきて正解だったか。
『もしもし、ツカサよ。あんた、その平成初期っぽい着メロ変えた方が良いんじゃないの?』
「開口一番にそれかよ。余計なお世話だぜ、先輩。年代は合ってるけどさ」
俺の趣味に口出ししないでくれよ、と軽く反発すると、電話の向こうでため息をつく気配があった。
『すっかり着メロに意識が持って行かれちゃったけど、もう本題に入っていいかしら』
「おう」
『まずは、お礼ね。この間は、情報提供してくれてありがとう。おかげで、五枚のカードが集まる現場に急行して、誕生した無貌の幼少期らしい子供を保護できたわ』
「ああ、それは俺もニュースで少し見たぞ。桃色の髪の、可愛い子だったな」
『あたしからも新着のニュースをお届けするわ。その子、どうも無貌の幼少期ではなかったらしいの。無貌が夫との間にもうけた子供だという説が浮上してきてね』
「……随分とまた急展開だな」
ツカサの説明は続く。なかなかに衝撃的な事実に、裕介の意識は通話へ向けられ、ランニングはもはやジョギング程度にまでペースを落としていた。
「分かった。連絡してくれてありがとう」
ベンチに腰掛けて一休みし、通話を終了する。スマートフォンをポケットにしまい、裕介は伸びをした。そして、今明かされた事実について思いを巡らせた。
『人は、他人の心を完全に理解することなどできぬ。貴様らは、互いのことを分かりもしないくせに分かった気になり、自己満足に浸っているだけだ。絆や愛というものは、その自己満足の延長線上にある虚構にすぎぬ』
『愛に何の意味がある。いずれは老いて醜い姿と成り果てると分かっていて、特定の相手と添い遂げることを愛と呼ぶのか? 馬鹿馬鹿しい。経年劣化していくだけのパートナーなど、無価値だ』
(……無貌。お前がなぜ超次元界の独裁者になり果てたのか、俺にはよく分からない。けど、お前だって本当は、心の奥底で絆や愛を信じていたんじゃねえのか。愛がなきゃ、パートナーと連れ添って子供をつくったりしねえだろ)
決戦のときに彼女が告げた言葉の一つ一つを回想しつつ、疲れた体を休めた。
もし、無貌にもかつては優しい心があったのだとしたら、その子供と心を通わせることも不可能ではない気がした。確か、ムーヴォといったか。ツカサとカイリには、頑張ってほしいところである。
「――見つけたぞ、オメガ珈琲シルバー!」
裕介も目を疑ったが、突然、空に亀裂が走った。次元の裂け目が生じ、そこから黒い影が舞い降りる。
現れたのは、真っ白いのっぺらぼうだった無貌の色を真っ黒に塗り替えたような外見の生命体であった。河川敷に着地したその超次元生命体の腰には、見覚えのある赤と黒のベルトが装着されている。
「誰だ、お前。それに、何でそのベルトを……!」
松本・オリジン・お菊が所持していたはずのリボンズドライバーを、なぜこの超次元生命体が所持しているのだろうか。裕介は身構えた。
「俺の名は『無名』。無貌様の意志を継ぐ者だ」
「むみょう? ……ああ、名無しってことか。むめいって書いて、むみょうって読ませるわけね。無明とか、そっちの字じゃなくて」
「何っ! 名無しとは失礼な!」
「いや、だってそういう意味じゃないのか?」
微妙に噛み合っていないやり取りを繰り広げたのち、裕介が咳払いをした。
「まだ二つ目の質問に答えてもらってないぞ。何でお前が、リボンズドライバーを持ってるんだ」
「お菊とかいうレジスタンスから強奪した、とでも言えば満足か?」
無名は笑い声を漏らした。
「さらに俺は、リボンズドライバーに改良を加えた。無貌様の死によって原典の力は弱ったものの、このドライバーさえ手に入れば計画に支障はない。……無貌様は自らの分身を人間界に残したと、風の噂で聞いている。俺たちがその分身を保護し、大切に守り育て、いつの日かあのお方を完全復活させるのだ!」
分身の居場所を吐け、と無名は裕介に迫った。
「人間界のヒーローどもなら、無貌様の分身がどこにいるかも知っているだろう? そう考えたからこそ、朝っぱらから運動などしている、暇そうなお前に目を付けたのだ」
「たとえ知ってても、お前には教えねえよ」
裕介は鼻を鳴らし、懐から携帯電話型の変身アイテムを取り出した。それで交渉は決裂した。
「無名。お前には言いたいことが三つある。一つ、よくもお菊さんからベルトを奪いやがったな。平和な世界を目指して頑張ってるあいつらの努力を、邪魔するんじゃねえよ」
「そんなことは知るか。俺の勝手だ」
飄々とした態度を取る無名をスルーして、続ける。
「二つ。お前らの情報は古いみたいだな。残念ながら、あの子は無貌本人の分身じゃないみたいだ。無貌と全く関係がないわけでもないらしいが、少なくとも、超次元界を支配しようだなんて大それた野望は持っていないと思うぜ」
「何だと⁉ でまかせを言うな!」
「最後に、三つ。俺は別に、暇だからランニングしてるわけじゃねえ。今日だって、朝のトレーニングを終えたら飯を食って、カフェに出勤する予定だ。お前みたいな奴が出てきたときのために、俺は常に鍛錬を欠かさないんだよ。――インストール! 『オメガ珈琲シルバー』!」
オリジナリティーの追求について考えるのは、後回しだ。自分らしさ云々以前に、ヒーローとしての自らに与えられた使命を果たすためにはトレーニングは必須。俺は俺の責務を全うする。
「面白い。お前のようなほら吹きには、それなりの罰を与えなければな!」
ガンモードのブレイザーを構えたシルバーを見て、無名もスタンプ型アイテムを取り出した。なお、裕介の話を信じる気はさらさらないらしい。
『クワガタ!』
昆虫のパワーを宿したスタンプをベルトに押印し、アーマーを装着する。
『デリート・アップ! UNKNOWN! UNLEST! UNLIMITED! アメリカン・ファイター! オーバーリボンズ!』