「――ちょっと待った!」
バアン、と派手な音を立ててアパートの玄関ドアを開けたのは、来部美明日だった。
「早川くん、私を置いて勝手に超次元界へ渡ろうだなんて、どういうつもりかしら。一気に、いや一緒に行くわよ!」
「うおおっ、美明日⁉ か、鍵かけてたのに、どうして入ってこれたんだよ。てか、今までの話全部聞いてたのか?」
「こんなこともあろうかと、合鍵を作っておいたの♡ 話も丸聞こえだったわ♡」
「せめて俺に一言言ってから作れよ⁉ ……いや、マジで下手したらメンヘラ的なあれになるから、やめた方がいいぞ? 語尾にハート付けてる場合じゃなくてな?」
何だか、笑顔が怖い。ほどなくして裕介は、その理由が「お菊が同席しているから」だと気づいた。美明日は彼女をジト目で見つめている。
「あら、以前裕介を誘惑していたお菊さんも一緒だったのね。へえー。お菊さんと一緒に、超次元界で熱々な旅行を楽しむつもりだったのねー。ふうん」
「別にそういうのじゃねえからな⁉」
「えー? 私はそういうつもりだったのになあ?」
「お菊さんも、頼むから余計なこと言わないでくれよ!」
女の戦いがヒートアップしていると、今度は「コンコン」と窓ガラスを叩く音がした。
(……何だ? ここ、四階だぞ?)
ぎゃあぎゃあ言い合っている美明日とお菊からそっと離れ、裕介は一人、ベランダへ向かった。そして、見知った顔がいたので、思わず「うわっ」と叫んでしまった。
「な、何でここにいるんだよ、先輩方⁉」
「美明日さんから情報提供を受けたから、大急ぎで飛んできたのよ」
おそらく、百合イエローのヘリコプター型巨大マシンを借りて、東京から猛スピードで移動してきたのだろう。いつの間にかベランダに降り立っていたツカサとカイリに、ガラス越しに目が合う。
というか、今「美明日さんから」と聞こえた気がしたのだが。まさか、何が何でも裕介の超次元界行きを阻止するために、BL警察までも動員したというのか。彼女は天才だが、恋に落ちたことを証明しようとしたこともあったし、暴走しがちなのが玉に瑕である。
「警察がこんなことをしたら不法侵入も良いところだけど、まあ、相方が元怪盗ならプラマイゼロよね。うん」
「その理屈はさすがに意味分かんねえよ! てか、当たり前のように窓から入ってくるな⁉」
「まあ、とにかく」カイリがわざとらしく咳払いをした。
「後輩たちだけに任せておけないし、俺たちも超次元界に行くことにしたぜ!」
「したぜ、じゃないっすよ⁉ 大体、ムーヴォちゃんはどうするんだ?」
「そのことだけど……」
ツカサが取り出したスマートフォンの画面は、ビデオ通話のモードになっていた。
『親と離れ離れで生きる苦しさは、嫌というほどよく分かっているつもりだ。二人が人間界を離れている間は、俺があの子の父親代わりになってみせる!』
「ナオヤ先輩⁉」
滝沢ナオヤ。本当の名は、高次元生命体・トランガという。彼の父親・次元大魔王は、彼が幼いときに泥人形の偽者とすり替わっており、攻撃的な性格の偽者は彼にひどい仕打ちをした。高次元生命体としての力の多くを奪ったうえで、人間界へ追放したのである。
辛い経験をしたナオヤだからこそ、父と母が不在の間、ムーヴォの世話を引き受けるのは適任だといえる。名古屋までの移動中、ツカサとカイリがナオヤにも状況を説明したところ、彼は進んで「二人も行ってくるといい。あとのことは任せてくれ」と申し出てくれたのだ。
「そういうわけだから、ムーヴォちゃんのことは心配ないわ。ナオヤくん以外にも、ケイイチロウたち皆が守ってくれるはずだしね」
「りょ、了解っす……」
どうしよう。裕介は割とマジで困っていた。「人知れず、世界を救うために旅立つヒーロー」。そんな格好いい構図で出発するつもりだったのに、美明日は押しかけてくるし――いや、まあ美明日のことは彼氏として連れて行くべきだったかもしれないし、何だかんだで可愛いから合鍵作られても許すけど――まさか、先輩方もやって来るとは。
「どうするよ、お菊さん」
小声で相談してみたところ、彼女はにっこり微笑んだ。
「良いんじゃない? 人数が多い方が楽しいし、戦力的にも心強いもの。私が構築するゲートには、通れる人数の制限とかは特にないわよ」
「……そうか」
何かを諦めたように、裕介は力ない笑みを浮かべた。
「よし。じゃあ、皆で行くか。超次元界へ!」
こうなったら、なるようになれだ。
「できたわ」
ものの数秒で、お菊は超次元界へ渡るためのゲートを作り終えてしまった。胸元から板のようなものを取り出したかと思うと、それがみるみる膨張してドアの形になったのだ。
「これが、私たちが別次元へ渡るときに使うゲート。通称『どこにでも行けるドア』よ!」
「いや、そんなド○えもんみたいなノリで言われても」
色々ツッコミどころはあったが、一同はそのドアをくぐって出発した。お菊になぜか渡されたパラシュートを装備し、虹色に輝く空間を通り抜け、次元の壁を越える。
「いい、皆? 私が呪文を唱えるから、その後に続いてワームホールを通過するのよ! 『長い中指、お兄ちゃん。可愛い小指で、ツンツツン。突き指したってアドレナリン。高まるブレスが、親指姫にプロポーズ』!」
「何なんだよその呪文⁉ 意味分かんねえよ!」
超次元界への長いワームホールを抜けると、虚空であった。
「うわーっ⁉」
「きゃーっ⁉」
「慌てないで、皆! パラシュートを開いて降下するのよ! このドア、超次元界のどこに出るか使うまで分からないのが欠点なんだけど、そこのところよろしくね!」
どうやら「どこにでも行けるドア」は万能ではないらしい。仕方なく各々でパラシュートを展開し、ふわりふわりとタンポポの綿毛のように降りて行った。
降りる途中で、超次元界の全貌が見えた。想像さえしなかった光景に、裕介は絶句する。
「……何だよ、これ」
そこにあったのは、視界すべてを覆い尽くすほど巨大な半球だった。半球の平面部に世界が、超次元生命体の住む場所があり、他の部分はただ、その世界を支える台座のようなものだった。荒涼とした大地が延々と広がるそこに、命の気配はない。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・ド○えもん
※次回の更新は一週間後の予定です。