百合レンジャーvsBLレンジャー   作:クリスタルスカイ

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16 花から花へ渡る風!

 無貌は貴族の大半を殺した。これにより、ルーカスの過去を知る者はほとんど誰もいなくなった。

 すなわち、彼自身も無貌同様に、虚無へ近づいたのだ。

 彼女ほどではないにせよ、ある程度自由に原典を扱える。一度に多数を扱うことはできないが、数種類を素早く入れ替え、交互に使うことはできた。

 百合・BLレンジャーに正体を明かしたとき、ルーカスは巨大怪獣の原典の力を発動させるつもりだった。超次元界に人間界のロボを持ち込めない以上、ユリエロイドのような強大な原典は百合・BLレンジャーに対して有効だと判断したからだ。

 

 

 しかし、一旦人間界へ退いて冷静になると、疑問が生じた。

 

(奴らは、無限の原典を司るレベッカさえも倒した。自らを新しい原典と再定義した上で戦うなど、前代未聞だ。そんな酔狂な連中に、単にパワーの高い原典をぶつけただけで勝てると考えるのは早計ではないか?)

 

 思えば、彼らは絶体絶命のピンチを何度も切り抜けてきたヒーローの集まりだ。用心するに越したことはない。

 ニューヨークに借りていたアパートを引き払い、ルーカスは百合・BLレンジャーがいるはずの日本へ向かった。タクシーで空港へ行き、金に糸目を付けず、間もなく出発する便の席を取った。「キンジ・オネガワ」の正体を知って既にBL警察が動いている可能性も考慮し、飛行機のチケットを取る際は偽名を使っている。

 何時間ものフライトを経て羽田空港国際線ターミナルに降り立つ頃、彼の考えはさらに深められていた。

 

 

(超次元界に行っていた百合・BLレンジャーは、俺を警戒して人間界にも戦力を分散させるだろう。そうなれば、超次元界に留まった者たちは少人数になる。俺自らが手を下さずとも、無貌支持派との抗争の中で消耗、あわよくば死亡してくれるかもしれない)

 

 要は、今すぐに仕掛けなくても良いということだ。ルーカスからアクションを起こさなくても、敵戦力を二つに分けること自体に大きな意味がある。

ターゲットが弱った隙を突くのがベストかもしれない。焦らず、まずは様子を見ることに彼は決めた。

 

 

(あとは、無貌支持派とどういった関係を築くべきかだが……奴らは所詮、修羅と化したレベッカを盲目的に崇拝しているだけだ。無貌になる以前の美しい彼女のことなど、知りもしない。「百合・BLレンジャー」を倒すという目的が同じとは言え、あまり積極的に手を組みたい相手ではないな)

 

 戦力としては心強いが、信頼に足る相手ではない。ルーカスの下した評価はこのようなものだった。

 そういうわけで、彼の当分の方針は「様子見」だ。百合・BLレンジャーを確実に倒せるという自信が僅かに揺らいでいる上に、無貌支持派の動きを見てから動いた方がメリットが多いのなら、別に仕掛ける必要はない。日本国内に潜伏し、奴らがどう動くかを観察しながらじっと待つのが吉だろう。

 

 

(……そして、潜伏にあたっては「キンジ・オネガワ」としての姿を一度捨てる必要がある。異なる外見になり、戦隊どもの目を誤魔化しておかなければ)

 

 空港のトイレの個室にこもったルーカスは、鞄から手鏡を取り出した。さらに、性癖と原典の力を一つずつ解放する。

 解き放った性癖の名は、「女装/男装」。自らが異性に扮したり、あるいはパートナーに異性の格好をさせたりすることに興奮を覚える性癖である。

 

 

 今回使用した原典は、トンボモチーフの変身ヒーロー。銃を主力武器として戦い、高速移動のような能力も備えた戦士だ。また、変身する青年は凄腕のメイクアップアーティストという設定で、女性から大人気である。

 ルーカスが使ったのは変身後の戦闘能力というより、変身前のこの青年の力。神業のごときメイク技術で、自分自身を絶世の美女へと大変身させるのだ。さらに、「女装/男装」の性癖のパワーでメイクの完成度を引き上げ、本当の性別がバレる可能性を限りなくゼロに近づける。

 

 

「……俺は、花から花へ渡る風。誰も俺を捕まえることはできない。『メイクアップ』!」

 

 指と指の間に口紅やマスカラを挟み、鏡を片手に目にも止まらぬ速さでメイクを行った。

 約一分後。その男性用トイレでは、「個室から芸能人レベルの美女が出てきた」と騒然となっていた。好奇の目を向けられ、ルーカスは肩をすくめる。

 

 

「風はどんな奴にでも吹く。たとえ、それがどんな嫌な奴でも」

 

 聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟き、彼は歩みを進めた――明るい金色のウィッグを揺らし、ハイヒールの踵を鳴らし、膝丈のスカートから除毛クリームを塗ったばかりの脚を晒しながら。

 

 

 さて、空港を後にしたルーカスがまずどこへ向かったかというと、原宿だった。

 本来なら、静かな土地に部屋を借りて潜伏するのが良いだろう。だが、彼はその前に、自分の女装が通用することを確かめておきたかった。

 竹下通りの人混みの中を歩いてみると、誰も奇異の目を向けてこないことにほっと安心する。先刻、空港のトイレで目立ってしまったのはやはり、「自分の女装が完璧すぎて本物の女性に見えたから」だったのだろう。男性用トイレのような場所にさえ入らなければ、この外見で浮くことはそうそうない。

 

 

 道中、何度か「お茶しませんか」などと声を掛けられた。おそらくナンパの類だ。ルーカスは「ごめんなさい、彼氏が待ってるので!」と丁重にお断りし、相手の心を砕いてやった。ざまあみろ。真っ赤な嘘だけども。

 通常の女装では男性特有の低い声までは変えられないが、今回は性癖パワーによるバフがかかっている。ソプラノとまではいかずとも、アルト程度の高い声なら難なく出せた。胸に詰め物をしているのがバレるか、あるいは下半身を触られるようなことさえなければ、彼の女装が見破られることはないだろう。

 

 

「もしもし~? 近頃SNSで話題になっている、『喫茶ミコミコ』とやらはどこなのですわ~?」

 




今回、ご迷惑をおかけした作品
・「リコリス・リコイル」
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