一瞬、「またナンパか」と思った。しかしこの声は女性のものだし、どこかで聞いた覚えがある。ルーカスは「何でしょう?」と優雅に微笑みながら振り向いた。
そこにいたのは、特命女王戦隊ゴークイーンズとやらの三人組だった。無貌打倒に貢献した功績を認められたため、彼女たちは刑期が短縮され、出所していたのである。
今日はオフのようで、私服だ。が、休日だというのに戦闘時と同じ赤、黄、青のサングラスをかけているし、着ているシャツワンピースも同色。まるで信号機みたいにカラフルな三人だった。
(げっ。また、面倒そうな奴らが来たな……)
「キンジ・オネガワ」の人格では一度共闘しているけれども、もはや過去のことだ。ルーカスは彼女たちに特に興味がなかった。内心は嫌だが、表面上は愛想笑いを浮かべて応じる。
女王らもルーカスの女装を見破ることはできず、「あら、お綺麗な方! どこかでお会いしたような気がしましたけど、気のせいだったようですわ~!」と、ブルー・クイーンがコメントするに留まった。
「私たち、この近くにある『ミコミコ』という喫茶店で、今話題のホットチョコパフェを食べる予定だったのですわ~! パンケーキにチョコクリームをかけた見た目が斬新で、SNS上ではネタ的な意味で大人気のスイーツなのですわ~! けれど、道に迷ってしまったのですわ~!」とレッド・クイーン。そういえば彼女たちの本名を知らないな、とルーカスは割とどうでもいいことを思った。
「そうなんですね~」
女装した彼は、まあまあ適当なリアクションを返す。無論、アメリカからこっちに来たばかりのルーカスに日本のSNSのトレンドなど分かるはずもなく、女王たちの言う店なんて聞いたこともなかった。
何なんだ、ミコミコって。巫女のコスプレをしたウエイトレスがもてなしてくれるような、マニアックなお店なのか? あるいは、それこそ暗殺業をやっているような危ない奴らが集う、知る人ぞ知る店なのか?
いずれにせよ、ルーカスはそんな店を知らないので答えようがない。
「ごめんなさい、私もこの辺りには詳しくなくて……」
控えめな笑顔を浮かべ、申し訳なさそうにぺこりと一礼。機内で日本映画を見て学んだおしとやかな日本人女性の姿を、ルーカスはほぼそのままコピーしてみせた。超次元生命体だからこそなせる業である。
「――お待ちなさいですわ~!」
そっと立ち去ろうとした彼の行く手を、黄色いワンピースを着た女王が遮る。
「レッドとブルーの目は誤魔化せても、私の目を欺くことはできませんわ~! あなた、やっぱり以前にお会いしていた気がしますわ~! 名前が出てきませんけど、絶対会ったことありますわ~!」
まずい。首筋を冷や汗が流れる感触があった。いくらメイクが上手くとも、骨格の形まではいじれない。女性にしては体格がゴツゴツしている、などと怪しまれたのかもしれない。
ルーカスは知らなかったが、彼女たちは喫茶ミコミコを目指す前にも、オメガ珈琲の系列店でスイーツを食していた。そしてイエロー・クイーンは、定期的にエネルギー補給をしないとダウンしてしまうという弱点がある代わりに、補給さえできていれば常人を凌駕したパワーを発揮できる。彼女の鋭い観察眼は、ルーカスの女装の違和感を見逃さなかった。
街で鳩や鴉を見かけるだけで震えあがってしまうほど、鳥類が苦手なレッド。戦闘が長引くと体温が上昇し、熱暴走を起こすブルー。鳥がちらほらいる中を長時間歩き続けたために疲れていた二人とは異なり、イエローはまだまだ元気だった。
(かくなる上は!)
こんなところで正体を見破られるわけにはいかない。ルーカスは覚悟を決め、「女装/男装」の性癖に他のパワーをも加えることにした。つまり、「夢女子」嗜好の力の成分を織り交ぜた。
「さあ、他人の空似じゃないかな? ……そんなことより、お嬢さんたち。せっかくの休日で原宿にまで繰り出しているというのに、素敵な顔をサングラスで隠してしまってはもったいないよ?」
おしとやか路線を止め、クールビューティーに切り替える。レッドに顎クイをしたかと思えばブルーには壁ドン、続いてイエローをお姫様抱っこしてみせた。三人同時に愛してやると言わんばかりの熱烈なアクションに、さすがの女王たちも真っ赤になっている。
「ふ、ふえええ~っ⁉」
「ど、どうなっているんですの、これは~⁉」
恋愛漫画の定番のようなことを次々にされて、彼女たちは恥ずかしそうに身をくねらせた。そう、SMプレイの女王様として君臨してきたゴークイーンズは、相手を下僕にすることはあっても相手にリードされることに慣れていなかったのである。グイグイ来るタイプの恋愛へ免疫ゼロの女王に、ルーカスの取った行動は「こうかは ばつぐんだ!」という感じ。
「どうしたんだい、お嬢さんたち? 君たちの可愛い顔を、早く見せておくれよ」
「夢女子」のパワーで、ルーカスの頭には夢女子が考えそうな恋愛シチュエーションすべてが叩き込まれている。相手にリードされた経験のない女王たちの目には、凛々しく美しいルーカスの姿が神々しく映った。
「ほら、早く……」
抱き上げていたイエローを下ろし、それと同時に左手で腰を抱き寄せる。空いた右手を伸ばし、女王のサングラスをそっと外した。
「綺麗な、澄んだ目をしているね。好きになっちゃいそうだよ」
至近距離からイエローの瞳を見つめ、ルーカスは甘い声音で囁いた。華奢な体をゾクゾクっと震わせ、イエロー・クイーンは悶えた。
そこで、乙女心の耐久値がとうとう限界を迎えたらしい黄の女王が「も、もう、むむむむむ無理ですわ~!」と悲鳴を上げる。
「むむむむむむむむむむむむむむむむむむむむ~~!」
「お、落ち着くのですわ~、イエロー!」
「コミュ障のギタリストみたくなってますわ~!」
バグったように首を横に振り続けている仲間を、レッドとブルーが介抱する。
イエローがここまで動揺するのは予想外だったけれども、何はともあれ、ルーカスの女装を見破ろうとした女王たちの気を逸らすことには成功した。
「驚かせてしまってごめんね。君の可愛い顔をもっと見ていたいのはやまやまだけど、生憎急いでいるんだ。またどこかで会おう、お嬢さんたち」
イケメンにしか言うことを許されないような台詞を平気で吐き、ルーカスは歩き去ろうとした。これ以上ゴークイーンズと会話を続けるメリットが、彼にはなかったからだ。
「……ま、待って下さいですわ~!」
ドキドキしすぎて息も絶え絶えになっていたイエローが、その背に呼びかけた。
「あのっ! も、もしよろしければ、連絡先を教えてほしいのですわ~!」
「ごめんね」
振り返らず、ルーカスは素っ気なく断る。そして、ハイヒールを鳴らして早足で立ち去り、竹下通りの人混みの中へと消えた。
「女は花。私は、花から花へ渡る風。誰も私を捕まえることはできない」
(お前たちは確かに美しい。サングラスで素顔を隠しているのがもったいないほどに)
「夢女子」のパワーを使うのを止め、通常の「女装/男装」モードに戻ってから、彼は心の中で告げた。
(だが、レベッカには遠く及ばない。俺が愛を捧げるのは、生涯で彼女一人だけだ)
原宿での女装のテストは終わった。結果は概ね良好だが、ゴークイーンズのようにキンジのことを知っている者には見破られる可能性がある。まだ改良が必要かもしれない。
そんなことを考えながら、ルーカスはアパートを借りるべく不動産屋へ急ぐのだった。
潜伏の準備は整いつつある。あとはただ、虎視眈々と百合・BLレンジャーを倒す機会を窺えばいい。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・「ぼっち・ざ・ろっく!」
※次回の更新は一週間後の予定です。