さて、超次元界から人間界へ戻ろうとするツカサたちだったが、これがなかなか難航していた。お菊の作るゲートのランダム性は相変わらずで、狙い通りの場所、すなわち日本へ開いてくれないのだ。
「あらら、ブラジルに繋がってしまったわ。もう一度行くわよ! 『長い中指、お兄ちゃん。可愛い小指で、ツンツツン。突き指したってアドレナリン。高まるブレスが、親指姫にプロポーズ』!」
と、このように、毎回長ったらしい呪文を唱えなければならないのもネックである。行きと帰りで呪文は同じなんだなあ、と裕介は割とどうでもいいことを考えた。
「何て言うか、ソシャゲのリセマラみたいな作業だな」
「あんたはいい加減にソシャゲで例えるのを止めなさいよ⁉」
ツカサとカイリの漫才も平常運転。
ヒーローたちが移動に手間取っている頃、人間界でもちょっとした波乱が起きていたのだった。
ペットショップからの帰り道。ムーヴォと白くてもふもふした犬を連れて、ナオヤは歩いていた。
「ムーヴォ、夕飯に食べたいものはあるか」
「ちちー! ムーヴォ、『えすかるご』食べたい! あと、『きゃびあ』も!」
「あのな、出来ることと出来ないことがあるんだよ⁉」
おそらくテレビ番組か何かで覚えたのであろう、高級食材の名前をやたら連呼してくる少女に、ナオヤは頭を抱えた。あの二人、よくこの子の育児をやれてるな……。俺は一日でもうダウンしそうだ。
「せめて、近所のスーパーで買えるものに……」
そこまで言いかけて、彼はぎょっとした。目の前の空間に亀裂が走り、次元の裂け目からスーツ姿の男が降り立ったからだ。
「何だ、お前は。超次元生命体か?」
ビジネススーツにネクタイでビシッと決めた格好は会社員そのものだが、首から上が異質。無貌に似たのっぺらぼうの頭部の中央に、上方を指差す手のマークが刻まれている。手の甲をこちらに見せ、その甲には人間の目のようなものが付いていた。そして、手のマーク全体を囲むように、一回り大きな目のマークがさらにもう一つ。
「お初にお目にかかります。私の名前は『二十世紀青年』。いきなりですがBLファイヤー、貴公に決闘を申し込みたい」
丁寧に一礼し、スーツ姿の怪人が言う。
「私が勝ったら、その子供を頂きます」
表情の読み取れない顔をこちらに向け、彼はムーヴォを指差した。
「無名(むみょう)が貴公の仲間と名古屋で交戦したときのことは、概ね把握しています。ですが私個人としては、その子が無貌様本人でなくとも構いません。あのお方の血を引く後継者として育てることができさえすれば、私たちのリーダーもお喜びになるでしょう」
「随分と血筋にこだわるんだな。超次元界っていうのは、意外と封建的らしい」
ナオヤは皮肉交じりに返した。
「戦いが望みなら、相手になってやる!」
ブレス型アイテム・BLコマンダーに「BLファイヤー!」と音声入力することで、近未来的なデザインの赤と黒のアーマーの戦士へ変わった。
「……二十世紀が泣いている。BLファイヤー!」
「面白い。二十世紀に関する原典を司る者同士の戦いというわけですか。何と運命的なマッチアップだ!」
笑い声を発した二十世紀青年とやらを、ナオヤは冷静に観察していた。
今までに戦った相手のほとんどは、いかにも「変身ヒーロー」「怪人」といった風の外見だった。だがこの男は、首から上がのっぺらぼうに近いことを除けば、普通の人間のようにしか見えない。武器らしきものを所持していないようだし、どうやって戦うつもりなのだろう。
(アメリカでロリーニンジャーが倒した相手のうち一人は、カードゲームで勝負を挑んできたと聞く。あれと同様、頭脳戦を得意とするタイプか?)
そのロリーニンジャーが実は超次元生命体だったことを、彼はまだ知らされていない。
「では、クイズを出題させていただこう」
はたしてナオヤの読み通り、二十世紀青年は頭脳戦まがいのことを仕掛けてきた。彼が両腕を広げると、それに呼応して九つの黒いシルエットが地面から立ち昇る。シルエットはどれも人間の子供の形をしており、背格好も似たり寄ったりなため、ほとんど見分けがつかなかった。
「今私が召喚したのは、私が子供の頃、秘密基地を作って一緒に遊んだメンバーの姿を模したものだ。しかし、この中に一人、のちに『ともだち』と呼ばれることになる悪い奴が混じっている。それが誰か、貴公に分かるかな?」
「……お、おう?」
設定がいまひとつ分からない。「ともだち」って何だ。何か、原典の内容に関する能力なのだろうか。
「貴公には、九つのシルエットの中から『ともだち』を選んでもらう。正解すれば、そこでクイズは終了だ。ただし不正解だったり、答える前に時間切れになったりした場合は、偉大なる『ともだち』が誰かを間違えたのは不敬ですので『絶交』され、貴公の肉体は約十年分老化する。そして、正解するまでクイズは続行されます。この老化は、貴公が私を倒さない限り解除されることはない」
何て奴だ。要するに、「ろくにヒントを与えないまま敵をクイズに強制参加させ、間違えるたびに老けさせる」というチート能力か。理不尽なルールを平然と押しつけられて、ナオヤは腹が立った。
彼は知らなかったが、この老化能力は、「原典」で現在と過去の出来事が密接に絡み合うことに由来していた。子供の頃の記憶を辿り、現代で「ともだち」が誰か突き止めるというようなストーリーになっている。
「そんなクイズに付き合って、俺に何の得がある。悪いが、一気に片付けさせてもらうぞ!」
ムーヴォと犬に「下がってろ」と手ぶりで命じた直後、BLディフェンダーをソードモードにして斬りかかった。が、刃が青年の首元へ届く寸前で一つのシルエットが素早く移動し、盾のようになってナオヤの剣を弾き返した。
「何っ⁉」
黒い影のようにしか見えないのに、まるで鋼のような硬さだ。動揺し、引き下がったBLファイヤーを見て、二十世紀青年はおかしそうに笑った。
「残念でしたね。クイズ出題中、貴公の攻撃は私に当たらず、物理攻撃無効のシルエットたちが代わりに受けてくれるのです。ルール説明は最後まで聞くものですよ」
おっと、貴公に不利なルールばかりでもないですよ、と付け加える。
「不正解だった場合に起こるのは、『絶交』による老化だけではありません。貴公が選んだハズレのシルエットは、次回以降の選択肢から除外されるのです」
「……つまり、間違えるごとに次に当たる確率が多少上がるということか」
選択肢は九個。最初は九分の一の確率で当たるが、次からは八分の一、七分の一――と、徐々に正解を引き当てやすくなっていく。最終的には二分の一や一分の一(=百パーセント)の確率に辿り着けるので、九回引けば必ず当たりを引ける。人間たちが高校数学で勉強する、「引いた後で元に戻さないくじ引き」の問題のようなシチュエーションだ。
ただし、ここで問題となるのは、不正解のたびに約十年分老けてしまうということである。ナオヤは今、推定二十代の人間の男性の姿になっている。高次元生命体としての能力はほとんど失っているから、仮に、彼の寿命が人間のそれと同じくらいだったとして考えてみよう。
(俺の寿命が日本人男性の平均程度だと仮定すると、八十歳前後で死ぬ。今は二十代だから、あと六十年分老けると、つまり六回『絶交』されるとアウトってわけだな)
選択肢は九つあるが、間違えてもいいのは五回まで。五回以内に当たりを引き当て、クイズを終わらせた上で二十世紀青年を倒さなければならない。
(おっさんの肉体ではろくに戦えないだろうことを考慮すると、できる限り早く当たりを引く必要があるな。たとえクイズに正解しても、通常のバトルで奴に勝てなくては意味がない)
どの選択肢もほぼ同じに見え、ノーヒントに近い状況の中、ナオヤは死に物狂いで勝機を見い出そうとしていた。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・20世紀少年