気がつくと、四人は不思議な空間に佇んでいた。辺り一面に、小さな目玉が無数に浮遊している。
「フハハハハッ! 諸君らはたった今、吸収光線を受け、吾輩の体内にある異空間へ閉じ込められたのである!」
どこからか大きな声が響くが、音の出所がまるで分からない。裕介たちは互いの背中を庇うように円陣を組み、武器を構えた。
「それが君の『原典』の能力かい?」
「いかにも!」
ピーターの問いに、ガン・メン・Qの声が自信満々に答える。
「吾輩の原典の力は、全身の目玉からビームや光弾、吸収光線を放つというもの。吸収された獲物は吾輩の体内で精神攻撃を受け、廃人同然になるのである! そして、その精神攻撃を強化する吾輩の『性癖』パワーは……一言で言うならば、『顔の好み』であるッ!」
顔の好みは性癖のうちに入るのだろうか。好きなキャラクターのことを「顔が良い」と言うことがあるが、ああいった趣味嗜好全般に関する能力ということか。だとすれば、応用できる範囲が非常に広く、厄介そうだ。
「なるほど。人の顔面に関する力だから、『ガン・メン・Q』って名前なんだね」
割とどうでもいいポイントで納得しているピーターは置いておき、お菊が「で、その性癖は具体的にどういう能力なわけ?」と聞いた。
「吾輩の性癖の力を説明するのは、少々難しい。ちょっとお時間よろしいであるか?」
「いや別にいいけどね?」
律義に解説してくれるところは、ユリエロイドと少し似ている。ゴホン、とやかましく咳払いをしてから、ガン・メン・Qの声は語り始めた。
「諸君ら人間は、自由意志によって恋愛をしていると思い込んでいる。だが実際のところ、人間は目に見えない無数のルールに従って恋をしているに過ぎないのである! 目玉だけにな!」
「しょうもないギャグを入れるのはやめなさい。あと、そんなぶっ飛んだ主張をするからには、エビデンスがあるんでしょうね? きちんと根拠を示せない論文は、学会で笑い者にされるわよ」
美明日から厳しい指摘を受け、声はやや元気をなくしたようだった。
「も、もちろんエビデンスはあるのである。具体例を二つほど挙げよう。……たとえば、『時代』というルール。平安時代の貴族を思い浮かべてみよ。当時、女性はおちょぼ口、下膨れの顔が好ましいとされ、ふくよかな体型は富の象徴であった。今の人間界で活躍しているタレントなんかが平安時代にタイムスリップしたとしても、『美しくない』と認識されるであろう」
次に「地域」というルールである、とガン・メン・Qは続けた。
「現代の日本では二重まぶたが人気で、二重にするためにわざわざ整形する者もいるほどだ。ところが、アメリカでは一重まぶたの方が人気だという。彼の地の人間からすれば、二重の整形手術をするなんて非常識なことなのかもしれないのである」
「ねえ、早川くん。私は二重だけれど、もし私たちがアメリカで出会ったとしても、一重ではない私のことを愛してくれるかしら?」
「敵が喋ってる最中に、重い質問するのやめてくれねえかな⁉ いや、絶対好きになってたと思うけどさ」
先輩のツカサとカイリみたく夫婦漫才をしている二人をよそに、ガン・メン・Qの声は「人間はいわば、その時代、その地域ごとのローカルルールに従った恋愛ゲームをしているに過ぎないのである!」と主張をまとめようとしていた。
「ルールの範囲内で、一定の条件を満たす相手を探すだけの単純なゲームである。そして愚かなことに、大半の人間はルールの存在を意識すらしていない。諸君らの言う『愛』など、空虚な妄想。人は皆、ルールに縛られてがんじがらめにされ、それでもなお『私は自由に恋愛している』と思い込んでいる大馬鹿者である!」
「はいはい、分かった分かった。で、結局あなたの能力は何なのよ」
「お、おのれ~。長台詞を喋った割にはリアクションが薄すぎである⁉」
一ミリも興味なさそうに聞き流すお菊に、声は憤慨したようだった。
「……ま、まあ、良いのである。吾輩が司る性癖『顔の好み』は、そうしたルールを一定の範囲内において自由に変更し、付け加える能力を持つ。つまり、吾輩の体内のこの異空間では、異性に関する価値観が一秒に一回変化するということである!」
言い終わるか終わらないかというとき、ガン・メン・Qの異能がようやく本格始動したようだった。裕介たち四人の脳内に、「鼻が高い異性は魅力的である」という言葉が浮かんだ。その一秒後には「いや、やはり鼻が低い異性の方が魅力的である」。さらに「眉毛は細い方が魅力的である」、「やっぱり眉毛は太い方が魅力的である」と続いていく。
「それだけではないのである。吾輩が行ったルール変更は、諸君らの脳へ直接、テレパシーのように送り込まれる。一秒ごとに与えられる、矛盾だらけかつ莫大な量の情報を、脳はやがて処理しきれなくなる。思考停止して廃人のようになった諸君らを、吾輩が悠然と仕留めるという寸法である! フハハハハッ!」
「くっ……」
激しい眩暈に襲われ、お菊はふらついた。一秒ごとに変更される美醜の感覚が、四人の精神に多大な負荷をかけている。おそらく、長時間これを受ければ精神的に麻痺してしまうだろう。
「――うおおおおおーっ!」
「――おりゃあああああーっ!」
一方、裕介と美明日は目を閉じ、歯を食いしばって雄叫びを上げて対抗していた。
「負けてたまるか。恋愛のルールがどんなに変わろうが、俺は美明日が大好きだぜ!」
「私もよ、早川くん。どんな時代に生きても、どんな場所に生きても、私は早川くんのことが好き!」
普段なら恥ずかしくて絶対言えないであろう台詞を、堂々と言い放って精神攻撃に耐える。さすがのナンバーフォーも、これには狼狽したようだった。
「馬鹿な。無貌様が存命だった頃、吾輩は反逆者の洗脳を任されていたこともあるほどの男であるぞ。超次元界でもトップクラスに強力な精神攻撃を受けて、なぜ正気を保っていられるであるか⁉」
「……分かりきったことを聞くもんじゃないわよ」
荒い呼吸をしつつ、お菊が言った。
熱々のカップルたちを見て、彼女も自分の恋心を思い出した。そして、ガン・メン・Qの精神攻撃をどうにか凌いだのだ。
「恋愛は空虚な妄想? 人間はルールに縛られていて、自由に恋愛できないですって? あなたの主張はすべて間違っているわ。たとえどんなルールが存在しようとも、恋する気持ちを抱いたのは自分自身の意志よ」
※次回の更新は一週間後の予定です。