「……なるほど。そういうことか」
ダレンの一連の不可解な行動の理由を考えていたルーカスは、やがてポンと手を叩いた。ツカサへじりじりと迫る彼の背へ、核心を突いた言葉を投げかける。
「『私は私にしかなれない』のくだり。そして、仇である俺よりもBLホワイトを執拗に狙った攻撃。これは、お前の性癖と関係しているな?」
「私の性癖? 何のことだ」
足を止め、ダレンが振り向く。彼は本気で戸惑っているようだった。
「歴代二号戦士の力を司るお前は、その中でも強力な切り札、『ダレン・マジェスティ』を既に使った。ということは逆に言えば、これ以上他の原典を使用してくる可能性は低いことになる。つまり、今のお前が妙な行動を起こしたのは、原典ではなく性癖の影響だと思われるわけだ」
お前の性癖は今まで謎のままだったしな、と続けるルーカス。
「ここからは俺の推測の域を出ないが、おそらくお前が持っているのは禁断の異常性癖。『死体嗜好症(ネクロフィリア)』だ。違うか?」
「何を言っているのか分からんな」
ダレンが首を振る。
「私の性癖はいたってノーマルだ。ゆえに性癖のパワーは特に用いず、原典主体で戦ってきた。そんなおぞましい性癖、聞いたことがない」
「俺と感動的な再会をしたときも、お前はやたらと『死ね』『殺す』というフレーズを強調していた気がするな。あれも、無意識のうちに『死体嗜好症』の影響を受けていたからだったんじゃないか? BLホワイトへの反応を見るに、同性よりも異性に対して強く影響が出るようだが」
「いい加減に……」
ルーカスを睨み、何かを言いかけようとして、ダレンは不意に口をつぐんだ。マジェスティへの変身を解き、頭を手で押さえて苦しみ始める。
「馬鹿な。私は……私は!」
すべて思い出した。
否、今までずっと、思い出したくなくて忘れていた。頑なに記憶の底へ封じ込めてきたものが、再び浮上してくる。
最初にその性癖に気づいたのは、いつだったろう。正確には思い出せない。ただ、物心ついたときから、小説や映画の登場人物が亡くなるシーンでは奇妙な高揚感を覚えていた。
周りから変人扱いされるのが怖くて、その性癖をひた隠しにして生きてきた。結婚するときも、妻には性癖を一切明かさなかった。
妻は慎ましく優しい女性で、貴族だったダレンが平民の自分を嫁に貰ってくれたことを、心から嬉しく思っているようだった。クセがなく、我が強くなく、良くも悪くも普通の女だったが、ダレンは満足だった。
妻と一緒にいると、だんだんと嘘が本当になったように錯覚していた。「私は普通の超次元生命体だ」と思えたからだ。それに、派閥争いやら何やらでギスギスしている貴族社会を離れ、心穏やかな生活をできるのならば、身分違いの恋も悪くはない。
だが、幸せは長くは続かなかった。
人間界を視察に行った視察部隊は、ダレンを含めて五人から成った。
「へえ、ここが人間界か。えらく寒いな」
顎髭を生やした精悍な男性の姿をした、アダム。足元の雪をざくざく踏みしめて歩いた。袖なしのシャツを着ているけれども、ちっとも寒がっていない。
「何でまた、雪山みたいな場所に?」
アダムとは対照的にひょろっと痩せた、トーマスが言う。寒さで眼鏡が曇るのか、しきりにシャツの袖で眼鏡を拭いている。
「ゲートを開いた責任者のルーカス氏、どうしてくれるのかにゃ?」
猫耳を模したカチューシャを付けた女性が、上目遣いにルーカスを見る。小柄でプロポーションにも恵まれている彼女の名は、キャサリン。最近のマイブームは猫だそうで、語尾には必ず「にゃ」を付け、外出時も猫耳を装着するという徹底ぶりだ。原典や性癖の影響を受けやすい体質なのか何なのかはよく分からないが、とにかくここ最近は猫にドハマりしている。
「まったくもう! 人間界には猫カフェがあるって聞いたから楽しみにしてきたのに、どうしてこう色気のない場所に出ちゃうのかにゃ? せっかくの猫コーデが台無しだにゃん」
ちなみに、今日のキャサリン、全身を猫の肉球マークがデザインされた洋服で固めている。ブラウスもスカートも、ポーチにまで肉球マーク付きだ。
「こんなことなら、私がゲートを開くべきだったな」
ダレンも、やや非難じみたニュアンスで発言した。
「この中で『本当にどこにでも行けるドア』を開けるのは、貴族出身の私と貴様だけだった。貴様が志願したから、開かせてやったのだぞ。それなのに、到着場所を辺境の雪山にするとはどういうつもりだ。確かに上からは『人目を忍んで行動せよ』と言われているが、何もこんなド田舎にゲートを繋げなくとも良かっただろう」
「そうだぜ。ダレンは奥さんと熱々なんだから、こんなところで風邪なんかひかせて心配させちゃあ可哀想だろ」
ニヤニヤ笑いを浮かべ、アダムがダレンを小突いた。
「べ、別に羨ましくなんかないぞ? 僕は僕で十分幸せなんだから……」
年齢イコール彼女いない歴のトーマスは、誰に向かってともなく強がりを言っている。
まだ顔に傷を負う前のダレンは、端正な顔立ちで女性からもそこそこ人気があった。和風美人な妻がいることもあり、男性陣が羨むのも無理はない。
「やっぱりダレンは頼りになるにゃあ」
「私のことなら心配ない。これしきのことで体調を崩すほど、やわではない」
猫っぽい所作ですり寄ってくるキャサリンを置いておいて、ダレンはゲートを開いた本人を見た。
「黙っていては分からないぞ、ルーカス。どういうつもりで雪山へゲートを繋げたのか、説明してもらおうか」