彼が姿を消した後も、ダレンはまだ生きていた。
しかし、虫の息だ。おまけにここは雪山で、助けが来る見込みはない。
(死ぬのか、私は)
薄れゆく意識の中で、視界の隅にキャサリンの遺体が映った。自分でも不思議なことに、ダレンは「生前の彼女よりも死体の彼女の方が美しい」と思った。
生きているときはマイブームの影響をもろに受け、その時々で語尾や服装を変えまくっていたキャサリン。物言わぬ死体になって初めて、彼女の持つ本来の魅力が現れてきた気さえした。
(……興奮している? 俺が、彼女に?)
死体嗜好症(ネクロフィリア)。その性癖の能力は、「異性の遺体が近くにある場合、全能力が飛躍的に向上する」というもの。
周囲にひた隠しにしてきた性癖のパワーは、今ここで発現する。再生能力が大幅に上がったダレンは、常人を上回る速度で傷を癒していった。
翌日、偶然通りかかった登山客が、ダレンとその付近の三つの遺体を発見。登山客は驚いて腰を抜かしかけたが、急いでダレンを担いで下山した。
すぐに病院へ運び込まれ、手当てを受ける。幸か不幸か「死体嗜好症」の力で傷はほとんど塞がっていたため、一命をとりとめることができた。
人間たちには「外国人五人のグループで登山をしていたところ、うち一人が急に暴れ出した」と説明しておいた。どうせ本当のことを話しても信じてもらえないだろうし、適当に誤魔化しておくしかない。
一か月ほど療養してから、ダレンは退院した。人気のない場所でゲートを開き、超次元界へ戻る。
(ルーカスの奴め、一体どういうつもりだ。一刻も早く貴族階級に彼の所業を報告し、法の裁きを与えなければ)
けれども、故郷へ帰ってからが本当の地獄だった。
たった一か月の間に、超次元界は変わり果てていた。行方不明になったルーカスが死亡したと思い込んだレベッカは、絶望に呑まれ、無貌という名の怪物に成り果てていた。彼女は王宮へ乗り込み、貴族連中をほとんど皆殺しにした。
貴族階級だったダレンの両親も亡くなっていた。両親を助けようとしたダレンの妻も、無貌の手下によって重傷を負わされていた。
「……エリザベス。おい、エリザベス!」
彼が駆けつけたとき、妻のエリザベスは腹部に風穴を開けられ、瀕死の状態であった。
「私は夢を見ているのでしょうか。亡くなったと聞いていた貴方に、またこうして会えるなんて」
どうやらダレンら調査部隊は、こちらの世界では全員死亡したことになっているらしかった。血の海に横たわったエリザベスは、死んだはずの夫を見て弱々しく笑った。
「ダレン様。私は、幸せでございました。貴方と一緒に生きていけただけで、私は本当に幸せ、でした……」
奇しくもキャサリンと似た台詞を最期に残して、彼女もまた目を閉じた。
そのとき、ダレンの中にまた、性的興奮めいた感情が湧き上がってきた。キャサリンの遺体を見たときに感じたあの気持ちは、錯覚などではなかった。彼が子供のときから抱え、隠してきた性癖によるものだ。全身にエネルギーが満ち、身体能力が向上していくのがはっきりと分かる。
(私は最低だ)
戦乱の炎に燃える街で、ダレンは天を仰ぎ、悲しみと絶望に吠えた。
(妻帯者でありながら、同胞の女性の死体を見れば興奮を覚える。妻が目の前で死んだときも、悲しみに涙するよりも先に、死体を前にした興奮が訪れる。私の心は、どうしようもなく醜く歪んでしまっている)
忘れてしまおう。ふと、そう思った。
自分の記憶に蓋をして、死体嗜好症のことなど綺麗に忘れよう。私はごく普通の超次元生命体であり、非道なルーカスに同胞と家族を殺された。そうだ、それで良いじゃないか。悲劇的で、同情を惹けそうなキャラクター設定の完成だ。
死体嗜好症(ネクロフィリア)などというものがあるから、私の悲劇は単なる悲劇ではなくなってしまう。私は普通に生きていきたい。
私は、いわば悲劇の主人公のようなものだ。仲間と愛する人々を亡くした。裏切り者のルーカスを殺すため、私は強くならなければならぬ。
「思い出した……全てを」
ぜえぜえと呼吸を荒げ、ダレンは激しく動揺していた。
そうだ。あの惨劇の日、自分が一命をとりとめたのも死体嗜好症の性癖の力によるものだった。今までずっと、原典の力で傷を癒したのだと、偽りの記憶で自分を騙していた。
「できることなら、思い出したくはなかった。キャサリンやエリザベス――視察部隊の仲間や妻が貴様に殺されたときにさえも、この忌まわしい性癖ゆえに私は興奮を覚えていたのだとしたら……貴様を倒すためだけに生きてきた今までの私の人生は、一体何だったというのだ!」
「無意味だろ」
突き放すようにルーカスが言う。
「ある意味、お前は俺のおかげで、日常生活では決して味わえない極上の快楽を得たわけだ。むしろ、感謝してくれてもいいんだぜ?」
「戯言を」
ダレンの呼吸は、徐々に整いつつある。
「貴様の言う通り、私には異常な性癖があるのだろう。だが、そもそも貴様が無貌という怪物を生み出そうとしなければ、私の人生が狂うことはなかった。全ての元凶は貴様だ、ルーカス!」
マジェスティへ再変身した彼は、素早くベルトを操作した。
『エル・サルバトーレ・ダレンバースト!』
ダレン最強の技が放たれる。歴代二号戦士すべての幻影が順に浮かび上がり、その力が彼の拳へ結集した。
「私の性癖を突き止めたところで、だから何だというのだ。強敵を打ち破る原典の力を私が所持している限り、貴様の切り札『他殺願望』は役に立たぬはず!」
凄まじい量のエネルギーを込めたパンチを、ロリーニンジャーへ叩き込む。
惨劇の日、ダレンがルーカスへ放った拳は易々と受け止められた。今は違う。復讐に燃え、鍛錬を重ねてきたダレンは、宿敵を凌駕するほどの強さを得ている。
「ぐあああっ……」
ルーカスはリボンで防御しようとしたが、ガードし切れずに地面へ叩きつけられた。一撃で変身解除されて無様に地面を転がり、やっとのことで立ち上がる。
「確かに、強敵キラーは面倒な能力だ。だが、その原典はあくまでも人間サイズの敵用じゃないのか?」
血の混じった唾を吐き捨て、ルーカスは不敵に笑った。
「巨大戦にどこまで対応できるか、試してやるよ」
「……なあ」
カイリは、ツカサに耳打ちした。
「この状況、やっぱりダレンと共闘した方が良くないか? 話を聞く限りでは、ルーカスの方が絶対ヤバい奴だと思うんだけど。ダレンはまだ同情の余地があるしよ」
「あたしもそう思ってたところ」
ツカサも小さく頷く。
「ただ問題は、どっちから先に倒すにしても、両方ともめちゃくちゃ強敵ってことよね……」