本をベルトのスロットに装填し、剣を引き抜く。原典の効果なのか、「抜刀!」という音声が流れたのち、周囲は数秒間静寂で満たされた。
『エターナル・ワンダー!』『虚無! 夫婦の愛で、全てが無に帰す!』
白と黒の二色で彩られた、複雑な紋様を持つアーマーを装着。
「姿を自由に変えられる超次元生命体はともかく、人間もお手軽に原典を使える時代になったみたいなだな」
剣士に変身した刺客を見やって、ヒョウガは軽口を叩いた。彼が原典を会得したのはブルブラックと一体化していた時期があったからだが、虚無英雄会の連中はたぶんそんな苦労を経験してはいないのだろう。
高次元生命体、あるいは超次元生命体から力を与えられてヒーローの力を得た者は、今までにもいた。けれども、あくまで人間の力のみによって変身能力を得たケースは珍しい。
「心の内に虚無を宿せば、人は誰しも原典を扱える。英雄になれる。だからこそ、我らの組織名は『虚無英雄会』なのだ。そして俺は、組織の中でもトップクラスの速さで原典を会得している。もちろん、性癖のパワーもな!」
男が剣を軽く振るうと、駅構内の天井から血の雨が降ってきた。さらに床からは血まみれのゾンビが続々と湧出し、ホラー映画みたいな光景が目の当たりになる。
血の雨が鎧に当たっても何の感触もなかったため、ヒョウガは「幻に違いない」と見当をつけた。しかし、実体のあるなしはともかく、見た目のインパクトは抜群。人々は我先にと逃げて行き、たちまち駅構内には人っ子一人いなくなってしまった。
「俺の原典は、他人に幻覚を見せることができる。人の記憶を改ざんしたり、変身アイテムの本を複製、譲渡したりすることも可能だ。そして極めつけは、『スワッピング』性癖」
スワッピング、すなわち夫婦交換。二組の夫婦が、互いのパートナーを取り替えて性的な行為を行うことを指す。三武神ネトルの「寝取り」性癖とやや似ているが、寝取りはパートナーの同意を得ずに行われる場合も多いのに対し、こちらはほぼ百パーセント同意を得ているという違いがある。
「原典による多種多様なイリュージョンと『スワッピング』を融合させた、俺の真の能力を見せてやる! 聞いて驚け、その名も」
「『零の衝撃』」
「ぐわあああああーっ⁉」
トークに夢中になって隙だらけだった白と黒の剣士に、零騎士ヒョウガは容赦なく飛びかかっていた。ジャンプと同時に、黒い稲妻を帯びた長剣を素早く振るって袈裟懸け斬りをお見舞いする。
「ま、まだ台詞の途中だったのに⁉」
「……話が長いんだよ」
ゼロライアットを鞘に収め、ヒョウガが呟いた。彼が踵を返した直後、胴を切り裂かれた男が苦悶の叫びを挙げて大爆発に呑まれる。変身解除された男は、やがて駆けつけた駅員に取り押さえられ、拘束された。
彼の敗因は二つある。特殊能力こそ破格の性能だが、原作において接近戦での戦績がいまひとつな原典を使ったことと、自分の能力をべらべら喋りすぎたことだ。真の力を発揮することなく、彼はやられてしまった。「零」騎士VS「虚無」の剣士という割と面白そうなマッチアップではあったが、呆気なかった。
(勝ったことは勝ったけど、きっとこれで終わりじゃないんだろうな)
改札を抜けて帰りの電車を待ちながらも、ヒョウガは何だか気持ちが晴れなかった。
今回襲ってきたのは、虚無英雄会の一メンバーにすぎない。いわゆる一般怪人枠であって、幹部クラスではない。そんな奴らを一人退けたところで、状況はほとんど変わっていないと言っていい。
今頃、先輩方も虚無英雄会の襲撃を受けているかもしれない。百合・BLレンジャーがそう簡単に負けることはないと思うが、やっぱり少し心配だ。何せ、今度の敵は人間。次元の壁を越えて攻め入る必要があった今までの連中とは異なり、やろうと思えばすぐに計画を実行に移せる。要注意である。
不安でいっぱいの中、彼の胸に灯っている希望の光があった。
(……難しい状況だけど、必ず乗り切ってみせる。いつか、サヤさんと学内で再会するために)
彼女の可憐な笑顔を思い出すと、力があふれてくるように感じた。
詩絵・リンダのコピー元、サヤと出会ったヒョウガ。しかし、若い二人の前に立ちはだかったのは、虚無英雄会という名の新たなる敵。百合・BLレンジャーから原典の力を奪おうとする彼らに、ヒョウガはどう立ち向かっていくのだろうか?
走れ、零騎士。地球狭しと駆け巡るんだ! 走れ、ヒョウガ。荒野揺さぶる風になるんだ! 銀河を貫く、伝説の零となれ!
今回、ご迷惑をおかけした作品
・Vシネクスト「仮面ライダーセイバー 深罪の三重奏」