だが、続く言葉には俯き、逡巡を見せる。高次元界で歓迎ムードなのは確かに喜ぶべきことだけれども、はい行きますと即答できる状況ではなかったからだ。
「人間界に追放されたとき、俺は高次元生命体の力をほとんど失っている。後継者としてふさわしくはないだろう。それに、この世界にはまだいくらか戦乱の火種が残っているからな。百合・BLレンジャーの一員として、俺にはやるべきことがある」
「……力を失ったことは承知の上です。あなたはただ、私の言うことを聞いてくれれば良いのですよ」
機械の体ゆえ、グレーの表情は一切変化しない。にもかかわらず、ナオヤには彼がにやりと意味深に笑ったように見えた。
「どういうことだ」
「大魔王様の部下は、私以外ほぼ全滅しました。したがってこれからの超次元界をリードできる人材は、消去法で私しかいないという現状がある。すぐに王の座につくことも不可能ではありません。しかしながら、人間界の日本という国で例えるならばこれは、国会議員から過半数の支持を得ていないのに総理大臣になってしまうような、ひどく不自然で人民の心を掴みづらいことです。混乱に満ちた世界の方向性を定める使命は、私には少々荷が重かった」
持って回った言い方をしているが、要するに「緊急措置で選ばれた指導者には誰もついていかない」というようなことを言いたいのだろう。
「だから、大魔王様のご子息であるトランガ様をリーダーに据え、私がサポートする。それが唯一にして最善の方策なのです」
「……なるほど。お前が玉座についても、民衆の支持を得るのは難しい。だが父さんの血を引く俺を後継者として祭り上げれば、色々とやりやすいわけか」
「その通り。後継者さえ立ててしまえば、人民からの反発はぐっと抑えられる。何、簡単ですよ。私が考えた政策を、あなたが発表する。政治の難しい駆け引きは全て私にお任せ下さい。それを繰り返していくだけで、高次元界は確実に復興するのです」
「お前好みの世界に復興させる、ということか」
ナオヤの疑問には答えず、鋼鉄のロボットは「あなたにとっても悪い話ではないはずだ」と優しい声音で囁いた。
「トランガ様には新たな王としての地位と権力に加え、莫大な富が約束されます。今のまま人間界で生きていくよりも、遥かに裕福で楽しい生活が待っているのです。さあ、私と共に来て下さいませんか」
「――断る」
差し出された冷たい手を振り払って、ナオヤは言った。
「なぜです。追放者としてではなく、世界を統べる王として第二の人生を歩めるチャンスなのですよ。それを捨ててよろしいのですか?」
グレーの声が硬くなっているのを感じる。だが、構わない。
「お前のやろうとしていることは、超次元生命体と同じだ。後継者とは名ばかりの人形を祭り上げ、裏で政治を操ろうとしている。父さんを殺害し、泥人形と入れ替えた無貌。彼女が残した幼い子供――ムーヴォを執拗に狙った、卑劣な連中。そんな奴らと、お前はさして変わらない!」
「やれやれ、どうやら交渉決裂のようだ。非常に残念です」
ロボットはため息を吐き、それから右手の指をパチンと鳴らした。掃除機の形の頭部を持った怪人が、建物の陰から姿を見せる。おそらくグレーの配下の高次元生命体なのだろう。
怪人の腕には、掃除機のノズル型の装置が付いている。騒ぎを眺めていた野次馬たちを一睨みすると、怪人は彼らにノズルを向けた。刹那、人々の体から何か透明なものが抜け出てノズルに吸い込まれ、一人また一人とぐったりして倒れていく。
「何をする!」
「あなたが私の言うことを聞いてくれるまで、この怪人は人々の心から愛を吸い取って行きます。誰かを愛する心を失った人間にはもはや生きる気力は残りませんから、徐々に死に至ります。さあ、どうします? 賢明な判断をお願い致しますよ」
見れば、怪人が狙ったのはカップルや夫婦ばかりのようだった。
いや、違う。若い恋人たちは怪人が暴れ出したのを見るやいなや、すぐに逃げ出してしまった。あとに残ったのは、まだ幼く、逃げ遅れた者ばかり。
「次はあの少女だ。やってしまいなさい」
グレーの指示を受け、掃除機怪人は小さな女の子にノズルを向けた。彼女の体から透明な愛が抜け出て、吸い込まれていく。
「ミチル! しっかりして、ミチル!」
母親と思われる女性が少女に駆け寄り、必死に名前を呼んでいる。しかし、ミチルと呼ばれた女の子の目は閉じたままで、昏睡状態に陥っていた。
「……何て卑劣な奴だ。絶対に許さん!」
子供さえも手にかけようとする悪に、滝沢ナオヤは容赦しない。怒りの炎を燃やし、吠えた。
「あなたが私の言う通りにすれば、こんなことにはならなかったのですがね」
なおも飄々とした受け答えのグレーに、彼の怒りは頂点に達する。静かに歩きながら「BLファイヤー」と呟き、一瞬のうちに赤と黒のアーマーを装着完了した。
「覚えておけ。力づくで愛を奪おうとするなんざ、モテない野郎のすることだってな!」