「新メニュー、ですか」
「そうだ」
オメガ珈琲本店の事務所で、久保社長は自信満々に頷いた。
「何でまた、こんな時期に」
向かいに腰掛け、釈然としない顔をしているのは早川裕介である。
「ここのところ、虚無英雄会と名乗る団体が百合・BLレンジャー排斥運動を起こしているのは君も知っての通りだ。しかし、私は彼らの思想は間違っていると思う。百合・BLレンジャーや、君が変身するオメガ珈琲シルバーは、今まで何度も名古屋の街を、日本を守ってくれた」
だから、と恰幅の良い社長は語気を強めた。
「虚無英雄会の排斥に負けず、皆でヒーローたちを応援するような空気を、我々の手で作り出したいんだ。そのための新メニューだ」
「はあ」
そんなに上手くいくかなあ、と裕介は内心危ぶんだ。
実際問題、オメガ珈琲に日常的に足を運ぶ人は全体の何割くらいいるのか。有名店だから認知度は高いだろうが、毎日通うほどではなく、たまに立ち寄る程度の人が多そうな気もする。店のメニューをちょっと変えただけで世論もすぐに変わる、と楽観することはできない。
「つまり、百合・BLレンジャーをイメージしたような斬新なメニューを作って、戦隊の好感度アップを図ろうってわけですか」
「そうだね」
「なるほど。で、誰がそのメニューを考えるんです?」
裕介が尋ねると、久保社長は不思議そうに首をかしげた。
「誰って、私と君に決まってるじゃないか」
「……ん?」
どうも雲行きが怪しい。至極当然みたいな口調で言われた。
「我が社の看板ヒーローである君が考えなくて、誰が考えるんだね。最近は超次元生命体も出ていなくて暇だろうし、ここは私のために少し知恵を貸してくれないか」
「まあ、暇と言えば暇ですけど」
街をパトロールしていても、特に異常がない日が続いているのは事実だ。強いて言うなら早く帰って美明日と電話とかしたかったりしなくもないのだが、サラリーマンである以上、上司の命令には基本服従である。
「よし、じゃあ早速取りかかろう。もしかしたらしばらくは帰りが遅くなるかもしれないけど、大丈夫かな?」
「構わないですよ」
裕介は、渋々首を縦に振った。
「残業代は多めに貰えると嬉しいです」
その日から、裕介と久保社長の新メニュー開発が始まった。店の厨房を借り、適宜他のスタッフから意見も聞きつつ、ああでもないこうでもないとまだ見ぬ料理を試みる。
「できたぞ、早川くん!」
「何ですか、それ。極薄に切ったカツを一枚、パンに挟んだだけじゃないですか」
オメガ珈琲の特色の一つは、逆見本詐欺と言われるほどボリューミーで美味しいサンドだ。定番メニューのカツサンドに比べるとだいぶ量が少なく、見劣りする。
「あと、パンにX字の切れ込みが入ってるのはなぜです?」
「名付けて、『BLエックスのまな板カツサンド』だよ」
「先輩に何てことするんですか⁉ 絶対怒られるからやめて下さいよ」
カツも胸も薄いということだろうか。こんなのを食べて百合・BLレンジャーを応援したくなる人の気が知れない。仮にいたとしても、ネタ的な意味での応援だろう。
とにかく社長のセンスが壊滅的なのは確かなので、裕介も積極的に案を出すことにした。
「これなんかどうですか? 『BLファイヤーのピリ辛サンド』」
今現在、オメガ珈琲のメニューで辛みの強いものがないことに彼は着目した。いつもと違うテイストのメニューを出せば、きっと食いつきも良いだろう。スパイシーチキンとフレッシュな野菜を使ったボリューム満点のサンドイッチを、裕介は提案した。
「……いや、ダメだ!」
しかし、久保社長は断固として認めない。
「君は『ファイヤー』という言葉から辛い味を連想したのだろうが、実際の戦闘において、BLファイヤーが炎を使った技を使ったことがあるか? ないはずだ。彼の主力技は『マックスBLブリザード』、紛うことなき凍結技じゃないか。彼の戦いぶりを知っている人間なら、BLファイヤーから辛さや熱さを連想したりしないはずだよ」
「社長、何もそんな細かいことを気にしなくても」
「こんな浅はかな考えで作ったメニューを出してみろ。お客様は激怒し、SNS上では『BLファイヤーエアプは黙ってろ』とか散々な言われようになるぞ。そして我が社の業績は悪化、新メニューを考案した私と君は、責任を取って辞職だ!」
「飛躍しすぎじゃないですかね⁉」
そんな調子なので、案が出てもすぐボツになる。
二、三日で終わるかと思われた新メニュー開発には一週間経っても終わらず、もうじき二週間目が終わろうとしていた。