百合レンジャーvsBLレンジャー   作:クリスタルスカイ

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23 裕介の新メニュー開発!(後編)

「あんまり手こずっているものだから、とうとう親会社から小言を言われたよ」

 

 厨房で裕介と一緒にサンドイッチを作りながら、久保社長はぼやいた。そう、上には上がいるのである。彼はあくまで、子会社のトップの座についているに過ぎない。

 

「何としてでも今週中にメニューを完成させてほしいとのことだ。早川くん、苦しいとは思うが共に頑張ろう」

「……はい」

 

 社長が俺の案を次々に却下しなければ、もっと早くに片付いたんですけどね。喉元までそんな台詞が出かかったが、ぐっと堪えた。

 

 

「じゃ、『零騎士のカロリーゼロ・ゼリー』なんてのはどうでしょうか」

 

 お菊から話は聞いた。零騎士ブルブラックは戦死し、今はヒョウガという青年が彼の鎧を継承して戦っていると。ニューヒーローとコラボすれば人気も出るのではなかろうか。

 

「アイデアは悪くない。が、客層とミスマッチだね。うちの店はボリューム満点、カロリーたっぷりのメニューを売りにしているから、カロリーゼロを食べに来る人は少ないと思うよ」

「中には、軽くお茶したい人もいるんじゃないですかね」

 

 せめてもの抵抗を図るも、社長はさらに理論武装してくる。

 

 

「いないことはないだろうが……ちなみに早川くん、このゼリーは何味で考えているのかな? 原材料は?」

「えーと、零騎士の鎧の黒をイメージした珈琲味でどうでしょう」

「難しいね。以前にもカロリーゼロのコーヒーゼリーを作ろうとしたスタッフがいたんだけど、技術的に難易度が高くて挫折してしまったんだよ」

「あー……」

 

 ということは、カロリーゼロでもなく、ボリュームがあるわけでもない中途半端なコーヒーゼリーしか作れないわけだ。確かに、それをお客様にお出しするのは抵抗がある。零騎士なのに零じゃないって、メニューのコンセプト的にもおかしい。

 

 

 コーヒーゼリー以外でカロリーゼロのものを作れないか検討しているうちに、夜になってしまった。店も閉店の時刻だ。他の従業員は退勤し、帰る準備を始めている。

 静かな店内で、二人はなおも話し合いを続けていた。

 

「こんにゃくやところてんを使ったスイーツなら、カロリーを抑えることができるんじゃないでしょうか」

「そうだね。こんにゃくゼリーを薄くスライスした『BLエックス・カロリーゼロゼリー』なんか良いと思うよ」

「だから先輩をネタにするのはやめて下さいって⁉ ていうか、零騎士にちなんでカロリーゼロのメニューを考えてたんじゃないんですか? 別の人をイメージしたメニューにするのなら、ゼロにする必然性がないですよ」

 

 

 疲れているときにはろくなアイデアが出ないものだ。だんだんと発想が陳腐化している。裕介は「今日はこの辺で切り上げよう」と思った。

 

「社長、そろそろ帰りませんか。これ以上やっても、良い考えは浮かばないように思います」

「私もそうしたいんだがね、期日は絶対なんだよ。今日は少し残ってくれないかな」

 

 今日は、じゃなくて今日も、だろ。裕介はげんなりした。残業代が出ているとはいえ、時間外労働はやはり体力的にきつい。今日くらいは早く帰りたかった。

 定時で帰りたいという強い思いが、疲れ切った彼の脳細胞を刺激したに違いない。僅か数秒の内に、早川裕介の頭脳は「いかにして社長を説得して定時で上がるか」についてもっともらしい理由を思いついていた。

 

 

「……確かに、今残業すればメニューは完成するかもしれません」

 

 意味深に頷いてから、彼は社長をじっと見つめた。

 

「ですが、次はどうなります。親会社の方々は、今回の俺たちの仕事のスピードを見て、『このくらいの仕事量なら全然仕上げられる』と判断するでしょう。すると、次にまた何かしらの企画をやる羽目になったとき、その期日は今以上に早められる可能性が高い」

 

 いつになく真剣な様子の裕介に、久保社長は目を見開いた。真剣になった理由が「早く帰りたいから」なのがちょっと残念だけれども。

 

 

「つまり、今頑張ることで、これから先の仕事で要求されることが多くなる。どんどんハードルが上がっていくんです。もちろん給料も上がるかもしれませんが、しんどい思いをしてまで金を稼ぎたいとは、俺はあまり思わないです」

「……君の言うことももっともだ」

 

 やがて、社長は頷いた。裕介の肩にぽんと手を置き、諭すように続ける。

 

「けどね、人間、死にもの狂いで稼がざるを得ないときもあるんだよ?」

 

 その言葉に、裕介は目の前が真っ暗になった。

 

 

「――やっと完成した」

 

 日付が変わるまで話し合いを重ね、久保社長はプラスチックのカップを手にした。その中に収まっている試作品のスイーツを見つめ、声を震わせる。

 彼の隣で、早川裕介は舟を漕いでいた。連日の寝不足で、体力的に限界に達しようとしていたのだ。

 部下はもはや社長の話を聞いていないのだろうが、中年男性は気づかず、堂々と言う。

 

「名付けて、『オメガ珈琲シルバーゼリー』!!」

 

 

 何の変哲もないコーヒーゼリーだった。ゼリーの上には申し訳程度にクリームがちょこんと載せられている。原価はかなり低そうだし、ネーミングもシンプルすぎてパッとしない。

 点けっぱなしになっていた事務所のテレビは、将棋番組の再放送をやっていた。厨房にいても、僅かに音声が漏れ聞こえる。どうやら、アマチュアの大会か何かを中継しているようだ。

 

 

『おや、この手は良くないですねえ』

 

 解説者によると、どちらかの棋士が凡ミスをしてしまったらしい。そこから一気に形勢が逆転し、終局へと向かっていく。

 

『長考に好手なし、ですなあ』

 

 もう一人の解説者も調子を合わせている。

 ちなみに「長考に好手なし」とは将棋の格言の一つで、「長く考えたからといって良い手が指せるわけではない」という意味だ。案外、直感的に指した手がすごく良かったりするのである。理屈では説明できないけど何となく良さそうに感じる手が、将棋には時々あるのだ。

 

 

 将棋と仕事は似ている。残業したからといって、必ずしも成果が上がるとは限らない。

 かくして「オメガ珈琲シルバーゼリー」は開発されたわけだが、全く話題にならないまま販売終了するのであった。そして、虚無英雄会の暗躍は続く。

 

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