講義が始まる時刻になっても教授が来ないので、学生たちは「休講じゃね?」「でも休講情報は出てないよ」などとざわつき始めた。
十分が経過しても、教授は姿を見せない。帰り支度を始める学生も散見された。ヒョウガも「そろそろ帰ってもいいかもな」と思いかけていると、突然、講義室前方のドアが開け放たれた。
「……やあ、学生諸君」
白衣を着て眼鏡をかけた、インテリ風の男が入室してきた。いつもの教授ではない。
「鈴子先生には特別休暇を与えた。代役はこの私、ドクター・リョウマだ」
ヒョウガの弟と似たような名前だった。性格や外見は全く似てないけども。
まだこの時点では「変な奴が来た」程度で済んだのだが、続く言葉にヒョウガは耳を疑った。
「さあ、授業を始めよう。まずは零騎士ヒョウガ、君とマンツーマン指導といこうか!」
白衣の男はニヤリと笑い、その内ポケットから錠前型のアイテムを取り出した。ところどころが虫に食われたレモンの絵が描かれている。
『インセクト・レモン!』
男が側面のボタンを押すと、認識音声が鳴った。
ジューサーを思わせる外観のドライバーを腰に巻き付け、その中央部に錠前をセット。ドライバーのレバーを引くことで、変身プロセスが開始される。
『インセクト・レモンアームズ! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイ・ファファファファファイッ!』
虚空から落ちてきたレモン型の鎧が、男の頭部に合体すると同時、果実の皮を剝くように展開。青と黄をメインカラーとした、西洋風のアーマーを装着した。頭部のアーマーには王冠をイメージしたような装飾があり、マントも纏っているため気品のある印象だ。
ドクター・リョウマと名乗った男は、アーチェリーの弓に似た武器を召喚した。弦を引くと自動的に光の矢がつがえられる、現代的で使い勝手の良さそうな武器だった。
「さあ出て来い、零騎士!」
辺り構わずリョウマが光の矢を乱射するので、講義室は大混乱に陥った。席を立って逃げ出す学生たちの流れに逆らい、ヒョウガだけがレモンの戦士に近づいていく。
「もしかしなくても、お前も虚無英雄会のメンバーか」
「いかにも。だが、そこら辺の雑魚と一緒にするな。私は英雄会役員の第四席。いわゆる幹部クラスというやつだ。百合・BLレンジャーを倒すべく放った刺客があっけなくやられてしまったものだから、幹部の私が直々に出向いてやったというわけさ。ハッハッハ!」
「ちなみに、幹部って全員で何人いるんだ?」
「ええと……確か四人だったか」
「いや四人中の第四席かよ。最下位じゃないか」
道理でやることが小物くさいと思った。
他の学生が非難し終えたのを確認してから、ヒョウガは長剣を召喚、「騎士転生!」と唱えた。黒と金の鎧を纏い、名乗りを上げる。
「零騎士、ヒュウガ! 銀河を貫く伝説の零だ!」
一触即発の空気が流れたが、戦いに突入する前に彼は問うた。
「一つ聞く。鈴子先生をどこにやった?」
「彼女には少し眠ってもらった」
リョウマは飄々とした態度で答えた。
「悪く思わないでくれよ。君が受けている講義をスムーズにジャックするためには、彼女の存在は邪魔だったんだ」
「……ふざけるな」
剣を握る手に力がこもった。
「大学への行き帰りで襲撃を受けるのなら、まだ良い。だが、これ以上、俺のキャンパスライフをかき乱すな。学生や教員に危害を加えるな!」
「知ったことじゃないね。あんな無価値な連中なんて」
肩をすくめ、リョウマはおどけた。大学の事務職に採用されたサヤのことも間接的に「無価値」と言われたようで、零騎士は腸が煮えくり返りそうだった。
学内で暴れられたら、あるいはサヤの身にも危険が及ぶかもしれない。こいつだけは、何としてでも倒さなければ。
「人間の価値は、その者が死んだ後に何を残せるかで決まる。私の場合、それは研究だ。虚無英雄会も私の技術を高く評価してくれ、おかげで役員にまで登りつめることができた。……私の才能が、研究こそが、唯一価値のあるものなんだ。この世界の真理だ!」
心の内に虚無を宿し、原典を扱うテクニックを体系化したのがドクター・リョウマの主な功績。彼がいなければ、英雄会のメンバーの多くは十分に力を振るえていないだろう。
「それに比べて、ここに集っている学生たちは意識が低すぎる。彼らのほとんどはごく平凡な人生を送り、何の功績も残せないまま死ぬんだ。実に無価値だよ」
「研究だとか功績だとか、お前は目に見えるものばかりを追い求めすぎている」
長剣ゼロライアットを構え、ヒョウガは反論する。
「目に見えるものだけが価値を持つわけじゃない。目には見えないが、人の心に残り続けるものもある。お前は、自分のその偏った考えによって、生き方の幅を自ら狭めているだけだ。自分の人生を狭くするのは他人じゃない。本当は、自分自身なんだ!」
「黙れ!」
声を荒げ、弓をこちらに向けるリョウマ。よく見ると、弓の本体部分には青い刃が付いている。接近戦も可能というわけか。
「調子に乗っていられるのも今のうちだ。私の原典と性癖の能力、とくと味わうがいい。……『マスターインセクトシステム』、起動!」
すると半透明のフィールドが広がり、自分たちを包み込んだ。全身から力が抜けていくのを感じ、ヒョウガは少しふらついた。
「お前、一体何をした?」
「今私が使用している原典は、原作において自身の変身アイテムを独自にチューンアップしていた戦士だ。同じアイテムで変身していても、彼だけが他の戦士よりも頭一つ抜けて強い。開発者権限ってやつだね」
要は、自分より強い戦士が出てこないように調整していたのだ。
「その原作を再現した私の能力は、『フィールド内の敵の能力が自分を下回るよう、相手のスペックを強制的に調整する』というものだ。断言しよう。君は私に絶対に勝てない!」
かつて百合・BLレンジャーを大苦戦させた強敵、無貌支持派第一位のビッグ・ファースト。彼の能力が「どんなときも自分の力が他者を上回るように、自身に最強の戦闘能力を付与する」ものだとするなら、レモンの戦士はその逆。他者のパワーの方を下げることで、自分が無敵となるのである。
このままでは、じわじわと弱体化させられてしまう。早期決着を狙って斬りかかろうとしたヒョウガだったが、どこからか湧いてきたイナゴの大群が纏わりついてきて、妨害された。手足にわらわらとくっついてくるので、慌てて振り落とす。
「こ、今度は何だ⁉」
「私の性癖、『昆虫性愛』のパワーさ」
そう言えば変身アイテムの音声は「インセクト・レモン」で、虫に食われたレモンの絵が描かれていた。フィールドを展開するときのコマンドは「マスターインセクトシステム」だった。やたらインセクトを連呼しているなと思ったら、ここで伏線を回収してくるとは。ヒョウガは妙に感心した。
「昆虫性愛? 虫が好きということか?」
「正確には、人体を虫が這うところを見ると興奮する性癖だよ。その特性により、私は自在に昆虫を召喚して敵の体に付着させ、動きを妨害することが可能なのさ!」
なかなかにえげつない性癖だった。虫が苦手な人からすれば、まさしく悪夢だ。次から次に湧いてくるイナゴは零騎士の鎧にくっつき、あらゆる攻撃モーションを封じてくる。
なお、召喚される昆虫がイナゴばかりなのは、リョウマが使う原典の戦士が、原作でイナゴの怪人に痛い目に遭わされていることに関係があるのかもしれない。
「このフィールド内では、君の能力は私を下回っている。さらに、昆虫の群れに邪魔されて思うように戦えないとなれば、君に勝機はない!」
身動きもろくに取れず、何もできなくなってしまったヒョウガに、リョウマは悠然と近づいていく。弓を振り上げ、本体の刃で連続で斬りつけた。黒い鎧からスパークが飛ぶ。
「ほら、どうした。まだまだ行くぞ!」
独自のチューンアップによるものらしい機能を次々に披露し、リョウマは相手を翻弄した。立体映像を投影して分身したように見せかけたり、光学迷彩で姿を消し、背後から不意を突いて光の矢を浴びせたり。チートな性能を見せつけ、零騎士を追い詰めていく
。
「くっ……」
ついに床に膝を突いてしまったヒョウガを見て、虫食いレモンの戦士は勝ち誇った。
「さて、そろそろとどめといこうか」
ドライバーから取り外した錠前型アイテムを、弓本体に合体させる。通常よりも遥かに高威力の光の矢がつがえられ、レモンイエローに輝いた。
「――君は、私の理解者ではなかった。零騎士よ、名残惜しいがお別れの時だ」
照準が自分に合わせられている弓矢を、ヒョウガは呼吸を荒くして睨んでいた。