SSソルジャーを倒してからというもの、高次元生命体は目立った動きを見せていない。妙な性癖をこじらせた輩が暴れ回ることもなく、街は平和だった。
とはいえ、油断は禁物である。今日も今日とて、ツカサとカイリは覆面パトカーで都心部をパトロールしていた。
「……で、何でお前も一緒にいるわけ?」
助手席に座っているカイリが、後部座席へ振り返った。
「先輩方の見学だ」
足を組み替えながら、ナオヤは悪びれずに答える。
「しかし、このところ事件らしい事件もないな。退屈とは平和の裏返しか」
「ナオヤくん、退屈してるなら運転代わってくれない? あたし、眠くなってきちゃった」
ふわあ、と小さく欠伸をするツカサ。
「分かった」
意外にもナオヤは素直に応じ、一旦車を路肩に寄せて停めると、運転手を交代した。協力してSSソルジャーを倒した一戦で、彼と百合・BLレンジャーの距離感は確実に縮まっている。
ナオヤの運転で、覆面パトカーが再び走り出す。後部座席に収まったツカサは大きく伸びをし、窓の外に広がる夜景を眺めた。
遠くに見えるタワーマンションに、無数の明かりが灯っている。あの明かりの一つ一つが、人々の帰る家なのだ。たくさんの命が、そこで一生懸命に生きているのだ。
改めて、自分たちの使命の重さを実感する。高次元生命体の侵略を必ず阻止し、世界に平和を取り戻さなければならない。
「……でも、その後は?」
「え?」
無意識に声に出していたらしい。カイリが怪訝そうな顔で振り向いた。
「ほら、あたしたちは今まで、高次元生命体を倒すことだけを考えて突っ走ってきたじゃない。けど、何とか次元四天王を全員撃退して、残るは大魔王のみになって。戦いが終わった後のことも、そろそろ考えた方がいいのかなって」
「捕らぬ狸の皮算用だな」
フン、とナオヤが鼻を鳴らした。
「まずは父さんを――大魔王を倒すのが先決だろう。そもそも、現状では勝算はないに等しいんだ。何か攻略法を考えないと」
「それはもちろん分かってるわよ。分かってるけど……」
ナオヤいわく、次元大魔王は「次元四天王の四人が束になってかかっても敵わない」くらい強いそうだ。ショタレンジャー、ツンデレキラー、SSソルジャー――エンダーとはまだ直接対決したことはないが――いずれもかなりの実力者で、ツカサたちを散々苦しめた。彼らの戦闘力を合計したよりもさらに上の力だという敵を、一体どうやって攻略しろというのだろう。
「百合ブルーとイエローが今、対抗策を考えてくれてる。とにかく、やれることを全力でやるしかない」
カイリが助け舟を出した。
「それで? 大魔王を倒した後の世界について、ツカサは何か心配事でもあるのか?」
「心配ってほどじゃないけど」
と前置きしてから、ツカサは先日立ち寄ったという書店の様子を話し始めた。
「百合やBLの同人誌の入荷数が、少しずつ減ってるのよ。たぶん、東京卍帝国の洗脳が解けてから時間が経って、その効果も弱まってるんじゃないかしら」
「俺は洗脳を受けていないから実感が湧かないが、人々の記憶を部分的に消すことで百合やBLへの情熱を過剰に煽ったという、例のやつか」
ハンドルを左に切りつつ、ナオヤも口を挟んだ。
「そうよ。このままだといつか百合・BLブームは終わって、元の状態に戻るんじゃないかしら。あたしたちみたいな特殊部隊も必要なくなって、普通の警察になるかも」
「いいことじゃないか。何か問題があるのか?」
ルームミラーに映った彼の表情はクールだった。百合やBLへ興味がないのだから、当たり前かもしれないが。
「別に問題はないわよ。ただ、何ていうか、ちょっと寂しいっていうか……」
俯き、口ごもるツカサ。そのときナオヤが急ブレーキをかけたため、彼女は前の座席に頭をぶつけそうになった。
「ちょっと、危ないじゃない!」
抗議したが、ナオヤからは謝罪の一言もなかった。代わりに、「あれを見ろ」とフロントガラスから見える空を指差す。
朧月夜に天空から舞い降りてくる怪人は、次元大魔王に他ならない。さらに、何者かがその脇に控えているようだった。
「夜のドライブを満喫しているようだな、百合・BLレンジャー!」
大魔王の高笑いが響き渡る。
「俺との戦いに、ひとっ走り付き合ってもらうぞ!」
地上へ降り立った大魔王は、杖から破壊光線を放った。立ち並ぶビルを次々に粉砕していく。
「さあさあ、今宵はもっと荒れるぞ。止めてみろ!」
「あいつ、ふざけた真似しやがって」
カイリが怒りに顔を歪める。
「ナオヤ、現場に急行だ。何としてでも大魔王を止める!」
「いや、待て。これは罠だ」
珍しくナオヤは弱気だった。アクセルを踏み込む決心がつかず、彼は迷っていた。
「父さんは俺たちを挑発している。攻略法も見つかっていないのに挑発に乗って突っ込んでは、玉砕するのがオチだ」
「馬鹿野郎! やる前から諦めてどうするんだ。ヘビーなプレッシャーぶっ壊して、アクセル踏み込めよ!」
「……分かった」
ややあって、ナオヤが頷く。
「街が破壊されるのを黙って見ているわけにもいかない。とにかく、今の俺たちの全力をぶつけよう」
駆けつけた三人に気づき、大魔王がにやりと笑った。
「来たな」
魔王の側に控えていた怪人が、彼を守るようにすっと前に出る。青黒いゲル状の皮膚を持つ、奇妙な姿をしていた。
「今日はお前たちにプレゼントをあげよう。次元妖怪『ムラムラ』との死闘というプレゼントをな!」
「『ムラムラ』って……。卑猥だわ。過去一ひどい名前の敵ね」
呆れたようにツカサが呟く。
「ムラムラは、俺自身の体細胞から生み出した怪人。つまり俺の分身だ。名前こそインパクトが強いかもしれないが、こいつの真価はその能力にある。……聞いて驚け! 『百合、BL、普通の男女恋愛問わず、あらゆるカップルをムラムラさせてスケベな展開にする』能力だ!」
「悪い意味で驚いたわよ! 全然戦いで役立たなさそうな能力じゃない⁉」
杖を突きつけてキメ顔で言われても、反応に困ってしまう。
三人のリアクションが芳しくないことに気づいたのか、大魔王は咳払いをし、眼鏡をくいっと指で押し上げた。
「確かに、戦場でムラムラの力は無用の長物かもしれない。だが、侮るな。この能力を使えば、どんな性癖のブームを巻き起こすことだって可能なのだ。無論、百合やBLもな」
「ムラムラの力が干渉するのは、何も現実世界に存在する人間だけではない。作者の意識に働きかけることで、創作物の内容を書き換えることもできる。今までは一部のファンが妄想や二次創作をしていた内容を、これからは公式自らが供給してくれるのだ。どうだ、素晴らしいだろう?」
「うっ、それはそれで見てみたい気も……」
「ツカサ、お前チョロすぎだろ」
「はっ」
カイリにツッコまれて、彼女はようやく我に返った。
「だ、ダメよ! 公式がファンに媚び始めたら、それこそ本末転倒だわ。公式が平常運転しているからこそ、ファンの想像や二次創作がはかどるのよ!」
「ほう。ムラムラの能力を知ってもなお理性を保てるとは、なかなかやるな。大した奴よ」
大魔王は拍手してみせた。もう、ふざけているのか真面目にやっているのか分からない。
「しかし、ムラムラは俺の分身ゆえ、能力の使い方を細かく調整することが可能だ。俺としても、露骨に媚びを売ってファンの反感を買いたくはない。やろうと思えば、読者が気づかない程度に少しずつ公式の内容を変えていくこともできるぞ」
「そんなことさせないわ。今からあたしたちが、その怪物を倒すんだからね!」
エックスチューナーを構え、ツカサが変身しようとする。彼女を「待て」と制し、大魔王は三人を見回した。
「倒すだと? お前たち、本当にムラムラを倒してしまっていいのか?」
魔王の前に立った次元妖怪が、威嚇するように両腕を広げる。
「お前たちもそろそろ気づいているだろう? 百合とBLのブームが、以前の勢いを失いつつあることに。こいつを使えば、いつでもどこでも何度でも、お望みの性癖を流行らせることが可能なのだがな」
ようやく分かった。大魔王が今日自分たちに接触してきたのは、最後通牒をするためでもあったのだ。
あくまでも戦いを続け、結果的に百合やBLのブームが終わってもやむを得ないとするか。それとも、大魔王に降伏して支配を受け入れる代わりに、ブームを永続させるか。二つの一つである。
「なぜ百合・BLの全盛期が築かれたか、忘れたわけではないだろう。次元四天王の一人、ベノムが東京卍帝国を陰で操り、洗脳を行ったからだ」
再度大魔王が語りかけるのを聞いて、ツカサは固まってしまった。
「所詮、お前たち人間は、自分自身の力では思うように性癖を流行らせることはできない。我ら高次元生命体の支配を受け入れてこそ、人類はもっと幸せになれるのだ。大人しく降伏すれば、何でもお前たちの望み通りの性癖を流行らせてやるぞ」
今回、ご迷惑をおかけした作品
・仮面ライダードライブ
・キョウリュウジャー