「こ、こんなはずでは……」
弱々しい声を漏らしたリョウマは、白衣が焼け焦げている上に全身傷だらけ。なかなかひどい有様だった。
「さあ、立つんだ。君には色々と聞きたいことがある」
彼の側にしゃがみ込み、変身を解いたピーターが言う。口元はニコニコしているが、目が笑っていない。
「君の言動から察するに、やはり虚無英雄会のバックには超次元生命体がいるようだ。一体どういうことなのか、詳しく聞かせてもらおうかな」
胸倉を掴み、続ける。
「ついでに、組織図なんかも教えてくれるとありがたいな。君の態度次第では、刑罰が多少軽くなるかもよ?」
ハットマンとチョーカーも寄って来て、三体一になる。怯えた表情のリョウマは、逡巡した。
「……私が秘密を漏らせば、他の役員たちが黙っていないだろう。特に、虚無英雄会の実質的なナンバーツーである彼女に知られたら、私の命はない」
そいつが超次元生命体なのかい、と重ねて問おうとしたピーターだったが、突如リョウマが発した苦悶の叫びに台詞を中断させられる。
「があああああっ⁉」
胸を掻きむしり、悶え苦しむリョウマ。さっきまでは特に重傷を負っている様子ではなかっただけに、異様であった。
どこかから誰かが攻撃しているのだろうか。素早く辺りを見回した三人の目に、一人の女性が映った。おそらく日本人だろう。パンツスーツに身を包み、喋り方からは気品が漂う。まるでお嬢様だ。
「――あらあら、リョウマさん。日本では零騎士に敗れ、アメリカでも敗北するなんて、お可愛いこと♡」
彼女の手には、一枚のトランプが握られている。それをくしゃくしゃに丸めるのと連動するかのように、リョウマが絶叫して悶える。よく見ると、トランプには心臓の絵が描かれていた。
「挙句の果てに、虚無英雄会の秘密を吐かされそうになるなんて。お可愛いこと♡ そのいけないお口を、私が封じてあげますわ!」
「何というか、絶妙にイラッとくる口癖だね」
ピーターが口を挟んだ。
「君も虚無英雄会の手先かい? 悪いけど、レディーだからといって手加減はできないよ」
「望むところですわ。といっても、私の役目はあくまでも口封じ。あなた方と戦うのは、本意ではないのですけれど」
そう言いながら、お嬢様はトランプをえいやっと縦に引き裂いた。リョウマが断末魔の悲鳴を上げ、がくりと崩れ落ちる。
「私の原典には、トランプで相手の心臓を奪い、生殺与奪の権を握る能力がありますの。この力を使って、同志の裏切りを防いだり、口を封じたりしておりますのよ」
「すると、さしずめ君がナンバーツーか」
先刻、リョウマの言った「虚無英雄会の実質的なナンバーツーである彼女」とやらが、このお嬢様なのだろう。こと切れたリョウマの遺体を横目に、ピーターは言った。
「悪党とは言え、彼は僕たちと同じ人間だった。人の命を何だと思ってるんだ!」
「あらあら。役に立たない部下なんて、虫けら以下ですわよ? 代わりはいくらでもいるのですもの。……もっとも、その部下を倒した小賢しいヒーローよりは、多少ましだったかもしれませんわね!」
かっと目を見開いた彼女の姿が、揺らぎ、変わる。トランプの「ジョーカー」に描かれているピエロのような外見に変身した。
金属質な皮膚に全身が覆われており、うっすら筋肉が付いた「細マッチョ」的体型。顔にはピンクのハートの意匠があり、頭部からは棘のようなものが複数伸びている。
「――この形態の名は『ノン・プリシャス』。ボクの原典の全能力を持ってお相手しよう」
「何だ、あいつは? 変身すると、一人称や口調が変わったようだが」
「原典の影響を受けただけさ」
訝しむハットマンに、ノン・プリシャスは親切にも教えてやった。
「ボクは昔から、他人の影響を受けやすいたちでね。さっきのお嬢様口調だって、生来のものじゃない。最近はまった漫画の登場人物を真似していたんだ」
「要するに、ミーハーということか。軟弱だな!」
ハットマンは鋭いアッパーカットを繰り出し、ノン・プリシャスの顎に命中させた。
「軟弱かどうかは、ボクと戦ってから決めろ」
怪人の金属質な皮膚は、確かに一度、大きくへこんだ。しかし次の瞬間には再生し、アッパーを喰らう以前の状態に戻る。
「ボクの原典には、大きく分けて三つの能力がある、一つはさっき教えた、相手の心臓を奪う能力。二つ目は再生能力だ。そして三つ目は……」
ノン・プリシャスの右手に握ったトランプに、シルクハットの模様が浮かび上がった。
「カードを使い、相手の技をコピーする能力さ!」
ハートの怪人の体が沈み込んだかと思うと、強烈なアッパーカットを打った。あまりの速度に反応できず、ハットマンはノーガードで喰らってしまった。呻き声を漏らし、大きく吹き飛ばされる。
「な、何て奴だ」
血の混じった唾を吐き捨て、ハットマンが悪態を吐く。
「原典がこれだけ強力なのに、性癖の力もまだ隠しているとは。厄介だな」
「隠してはいないさ。ミーハーな僕には、これといった特殊性癖はない。無性癖という意味で、名前に『ノン』を冠しているくらいだからね」
ただし、と怪人は薄笑いを浮かべた。
「――ミーハーすぎる上に原典の性質も相まって、性癖のコピーすら可能だけど」