「口ほどにもない」
呟き、グリイザは人間の姿へと戻った。弱り切った百合・BLレンジャーへ悠然と近づいて行く。ワラカスフンドも等身大へ戻り、「会長、ありがとうございました!」と一礼して退散した。
いつの間にか、グリイザの側にはシールが控えていた。変身こそしていないがドライバーは装着済みで、いつも通り白い仮面を被っている。
「私の原典は等身大では使えない。このまま力任せに踏み潰すのは容易いが、君たちの原典や変身アイテムを奪い損ねてしまうのは、英雄会にとって大きな損失だ。回収はシールに任せるとしよう」
「……待て」
額から血を流し、ぜえぜえと息を荒げながら、ヒョウガが言った。
「ずっと違和感があったんだ。『武神ソード』に変身した青年は、俺たちヒーローへの強い憎しみに燃えていた。だがリョウマやノン・プリシャスといった役員クラスからは、部下の失敗をカバーしようという気持ちこそあれ、ヒーローへの怒りや憎しみが伝わってこなかった。お前もそうだ。虚無英雄会会長、グリイザ」
「何が言いたいのかね」
「普通は逆だろ、ってことだ」
ダレンの肩を借りて立ち上がり、彼は続ける。
「部下よりも上司の方が、なぜか英雄会の思想に共鳴していないように俺には思えた。ということは、最初の襲撃の日に英雄会が放送で語っていた内容は、役員の掲げる理想とは必ずしも一致しない。――お前たちの本当の目的は、万人が平等に超人になることなんかじゃない。他に何かあるんだろう?」
「鋭いね。私の部下にしてやりたいくらいだよ」
もはや隠しておく必要もないな、と独り言ち、初老の男はニヤリと笑った。
「『百合・BLレンジャーが原典やオーバーテクノロジーを独占している』といった主義主張は、構成員を集めて使い捨ての駒にするためのプロパガンダに過ぎない。私たちの真の目的は、人類の歴史にピリオドを打てるだけの力を手にすることさ。このことは、役員四名と外部顧問、それから私しか知らない」
戦隊から力を取り上げるという点は同じでも、根本にある思想が違うということか。
「何のためにそんなことを。人類の歴史が終わったら、あんたたちだって死んじゃうのよ⁉」
「私たちは死を恐れてはいない。人類に存在価値はないと考えているからだ」
ツカサの反発には、シールが答えた。
「人間は醜い。他者を蹴落としてでも自己の利益を得ようとしたり、他人の不幸を笑ったりする下劣な者ばかりだ。それだけでなく、人間は他の生物との共存を拒み、何十何百という種族を絶滅寸前まで追い込んできた。人間だけが、この星の在り方を変えてしまうほどに自然を破壊している。ゆえに、もはや人類という種に存在価値はない。我々の手で、然るべき破滅をもたらすべきなのです」
『フン、馬鹿馬鹿しい。俺に言わせれば、人間も超次元生命体も、その大多数は存在価値のない奴らだ』
『他の誰にでもできることを人並みにこなすだけの人生を送り、自分が何のために生きているのか、何のために生まれてきたのかさえ理解できずに死んでいく。自己の利益のことしか頭になく、他人を蹴落とすことも厭わない。そんなゴミのような連中を何人殺したところで、俺の心はちっとも痛まないぜ!』
奇しくも、ルーカスの歪んだ思想と似ている部分がある。ただし、自然保護を理論的根拠にしている分、虚無英雄会の方がちょっと厄介かもしれない。
余談だが、二十世紀のとある哲学者は、「人間は生殖をやめて段階的に絶滅すべきだ」と考えたという。人生には喜びよりも苦しみの方が多く、誕生は生まれてくる人にとって害であるから、生まれるべきでもないし産むべきでもない。反出生主義と呼ばれる考え方だ。
古来からこうした考えはあったわけだけれど、英雄会の場合は段階的ではなく急速な絶滅を図っている上に、「苦しみが多いから」ではなく「人類自体に存在価値がないから」という理由で絶滅させようとしている。まあ控えめに言ってヤバい。
「存在価値がないって思うのは、あんたたちの勝手よ。だけど、それを他の人たちに押しつけたり、人を傷つけたりするのは違うでしょ!」
「そうでもしなければ、人類が築いてきた負の歴史は終わらない」とシール。
「過去の辛い経験により、我らは皆、人類への深い絶望を感じている。リョウマは優れた頭脳を持つゆえに、周囲に理解されなかった。ノン・プリシャスは、周りの影響を受けやすい性格を気味悪がられ、いじめられていた。そして私は――」
仮面を外し、シールが素顔を晒す。顔の右半分に醜い火傷の痕があり、ツカサは思わず目を背けた。
「幼い頃に火事に巻き込まれ、同級生からは『ゾンビ』だの何だのと呼ばれて化け物として扱われた。誰も、私のことを人間として見てはくれなかった。貧しい家で育ったがために、整形手術を受ける費用を捻出することもできなかった」
再び仮面を付け、彼はよく通る声で言った。
「だから私は人類を憎む。人への絶望が私の力だ!」
「……あっ、もしかして」
お菊が仲間たちを見回し、囁いた。
「皆、前に原典の使用可能量について話したのを覚えてる?」
「ああ、ストレージがどうのこうのってやつだな。そうだ、ストレージというと、この間ハードオンのジャンクコーナーで見かけたパソコンはストレージが32GBしかなかったな。しかもOSも無理してアップデートしてるから、相当動作が重そうだった。あんなのどうやって使えばいいんだって話で」
「今そんな話してる場合じゃないでしょ⁉ ていうかあんた、この前までジャンクコーナーでDVD漁るくらいだったのに地味に詳しくなってるし!」
「伊達に毎週通ってないからな。俺くらいの頻度で来店すると、ジャンク目当ての他の常連さんと仲良くなって色々教えてくれるんだぜ!」
(ブチッ)
『電気ウナギ! リボンミックス!』
「どわ~っ⁉」
今にも変身アイテムを奪われそうな状況でカイリがのんびり談笑しているので、お菊の堪忍袋の緒が切れた音がした。手から微弱な電撃を流し、カイリを悶絶させる。
この人を怒らせてはいけない――ツカサたちはそう思った。