「……わあ」
百合・BLレンジャーは小一時間も戦った。その様子を、サヤはハラハラしながら眺めていた。正確には、湾岸エリアに建つタワマンのベランダから見下ろしていた。
「虚無英雄会の会長さんやろか、えらい強いなあ。戦隊の皆さん、頑張って倒してほしいわあ」
そう、虚無英雄会が「ここなら人通りもない」と判断した湾岸エリアにも、セレブな方々がお住まいなのである。
亡くなった夫は資産家だった。その遺産の一部を相続したサヤは、不動産もいくつか所有している。現在彼女が住んでいるタワマンの一室も、そのうちの一つだ。もっと言うとタワマンを丸ごと持っている。ヒョウガに「お金には余裕がある」と語っていたのは本当だったのだ。
タワマンの高層階ともなると、まあまあな強さで風が吹く。ゆえに洗濯物を干すことは基本的にできず、普段はあまり活用しないスペースだった。何だか新鮮な感じがする。
「あっ」
サヤが小さく声を漏らす。眼下では、絶え間なくビームの嵐を浴びせかけていたグリイザに、ついに百合・BLレンジャーが一人、また一人と変身解除されていった。
無理もない。むしろ、今までよく耐えたというべきだろう。どういうわけかあの怪人には攻撃が一切通用せず、戦隊側はひたすら回避と防御を強いられていたのだから。
素顔を晒したヒーローたちは皆、痛みに顔を歪めていた。変身前の姿を見るのは初めてな人もちらほらいる。
BL警察に所属する者は会見などでしばしばメディア露出があるが、怪盗組は「俺たちは神出鬼没なので……」とか何とか言ってしょっちゅう姿をくらませているし、追加戦士組はそもそも、報道等で顔を見る機会が初期メンバーに比べて少ない。
「え」
そんな中に見知った顔を見つけて、サヤは固まってしまった。細い目がいっぱいに見開かれ、声が震える。
「ヒョウガくんが……零騎士やったん⁉」
見間違いではない。今、黒と金の鎧に身を包んだ戦士がグリイザのパンチを受け、吹っ飛ばされた。落下と同時に変身解除し、膝を突く。肩で息をしている戦士の素顔は、ヒョウガのものだった。
追加戦士の中でも新顔の零騎士については謎が多く、目撃者も少ないためか、変身者の素顔はいまだ明らかになっていなかった。無論サヤも、全く知らなかった。
「そんな、何で」
にわかには信じがたい。けれど、ヒョウガが零騎士だったとすると辻褄が合う部分が多いのも確かだった。
スワッピング・セイレーンに襲われたとき、彼はサヤを庇って逃がしてくれた。あのとき、彼が無傷で戻ってきたことに違和感を抱くべきだったのではないか。戦う力を持っていたからだとすれば説明がつく。
「ヒョウガくん……」
いや、もしかすると、サヤ自身が気づいていないところでもずっと、彼は自分を助けてくれていたのかもしれない――零騎士がヒョウガやノン・プリシャスを撃破したときのように。現に今だって、悪を討たんと必死に戦っているではないか。文字通り、命を賭けて。
「……うち、助けられてばっかりや。今の仕事を紹介してくれたのも、ヒョウガくんやし」
あかん、と俯き、嗚咽を漏らす。
「ダメやなあ。本当ならうちの方が年上なんだから、お姉さんとしてしっかりせなあかんのに。ヒョウガくんに助けてもらってばっかりやん」
弟を可愛がるような感じで、サヤが時々からかっていたヒョウガ。だが実際には、ヒョウガの方がサヤを支え、守り続けていたのだ。
変身解除された戦士たちへ、グリイザが何事か語りかけながら近づいて行く。それを見て、サヤは居ても立っても居られなくなった。
「ヒョウガくん……っ!」
着の身着のまま、部屋を飛び出した。
「勝負あったようだね」
全員の変身を解かせたことを確認し、英雄会会長はほくそ笑んだ。
「所詮、君たちでは私には勝てないよ。さあ、大人しく原典の力を渡してもらおうか」
「くっ……」
唇を噛むツカサ。
「ここは私に任せろ」
そのとき、傷だらけになりながらも、ダレンがゆらりと立ち上がった。
「……このチート野郎!」
消耗が激しいためか、一瞬キャラがぶれて荒っぽい口調になっている。彼の手にはナックル型の電磁ウェポンが構えられていた。
「ほう。君、恐るべき生命力だね」
「まだ終わりではない。私にはまだ、これがある!」
『レ・ディ・イ』
ナックルを手のひらに押し当てると、電子音声が流れ、続いてビーッ、ビーッと警告音のようなものが。なおも二号戦士系の原典で抗おうとするダレンを、お菊は後ろから抱きついて止めた。
「ダメよダレン、死んじゃうわ!」
原作ではここで無茶して死亡してしまうので、割とマジで危なかった。サブタイトルが「終止符・さらばダレン」になってしまうところだった。
どのみち、ダレンが今無茶しても戦況はほとんど変わるまい。グリイザが途方もない量の虚無を有している限り、彼の原典の効果は消えず、すなわち百合・BLレンジャーの攻撃が命中することもないからだ。
「何をしようとも無駄だよ」
倒れた戦士たちから、力づくで変身アイテムを奪い取ろうと近づく会長。彼の前に、一人の女性が立ちはだかった。
「――もうやめて!」
殺されるかもしれないという恐怖に足がすくみそうになりながらも、細い腕を広げ、大切なものを懸命に守ろうとした。
「ヒョウガくんをこれ以上傷つけようって言うなら、うちが相手よ!」
「……さ、サヤさん⁉ 何でここに??」
百七十センチ近い長身に、狐を思わせる細い目。抜群のスタイル。この頃見慣れてきたノースリーブ姿。見間違うはずもなかった。
ヒョウガは束の間、絶句した。