「え? まさかの仲間割れ??」
戸惑っているツカサたちをよそに、怪人態となったクロードはグリイザへ近づいた。阻もうとしたケイイチロウやサクヤをも、躊躇わず突き飛ばす。
「リョウマやノン・プリシャスをはじめとする役員連中は、百合・BLレンジャーにノックアウトされると同時に原典の力を失い、俺の元へ中古の原典が戻ってきた。でもお前は、肝心の最終決戦で原典のコントロールを失っちまった。これじゃあ、ミスター・グリイザの中にある原典は他の場所へ自由に移せない。本人を殺す以外に方法はナッシングだぜ!」
「な、何のつもりだ、クロード。約束が違うじゃないか」
尻餅をついたままの姿勢で、老人は必死の形相で後ずさった。片眼鏡はさっきのダレンの攻撃で割れており、哀れな格好である。
「君は私たちに原典を提供し、私たちは君に、使い終わった原典や百合・BLレンジャーから回収した原典の一部を譲渡する。英雄会の手で崩壊させた後の世界で、好きに過ごすことも許可してやったではないか。そういう約束だったはずだ!」
「人間ごときが、超次元生命体と対等に契約を結べるとでも思っているのか? 腹立たしいぜ。所詮お前ら英雄会は、俺に利用されていただけなんだよ!」
クロードはグリイザの首根っこを掴み、凄まじい力で体を持ち上げた。
「お前が虚無を失った理由は、大方想像がつくぞ。死んだ息子のことを思い出して、動揺しちまったんだろう? お前が助けられなかった息子のことをな!」
「……息子がいたのね」
ぽつりと呟いた美明日に、怪人は振り返る。
「おや、ミスター・グリイザは戦隊諸君に過去を話していなかったのか?」
「ええ、何も」
「そうかそうか」
唐突にクロードが手を離したので、初老の男は無様に倒れ込んだ。苦しそうに咳き込んでいる。
獅子の顔を持った怪人には「ここでグリイザの過去を公開しておけば、奴は秘密を知られたことでさらに虚無を失う。そうすれば原典をより奪いやすくなる」という計算もあった。どのみち、もうすぐ殺す相手のことを少し喋ったところでマイナスにはなるまい。
「この男は若い頃、火事で息子を亡くしているのさ。燃える建物に取り残された我が子を、ミスター・グリイザは懸命に助けようとした。しかし、それはインポッシブル。消防隊が到着したとき、既に息子は死んでいた」
「……そうだ。私は、息子を助けることができなかった。助けるための力もなかった。深い絶望が、私に莫大な虚無を与えた」
もはや隠しきれないと観念したらしく、グリイザは頭を垂れて語り出した。
「昔の話だ。百合・BLレンジャーのようなヒーローも当時はいない。都合よく現れて、息子を救い出してくれるヒーローはいなかった。ならば私が英雄になるしかないと思った。力さえあれば、私は何も失わずに済んだ。力を得て、私が誰よりも正しい英雄になりたいと思った」
「なるほどな。それで虚無英雄会を立ち上げて、俺たちに代わるヒーローになろうとしたと」
納得しかけた裕介だったが、すぐに「違う」と否定されてしまう。
「その後、私は血の滲むような努力をして、富と権力を得た。けれども同時に、ジレンマに苦しんだのだよ。いくら社会で強い力を振るえても、自分が救うことのできる人の数には限りがあると。世界のどこかには、どうしても救うことのできない人たちが一定数存在してしまう。思い詰めた私は、『あらゆる悲しみと苦しみから逃れ、すべての人を救うためには、人類そのものが滅びて無に帰るより他にない』とまで考えるようになった」
「そんな……無茶苦茶じゃないか」
戦隊メンバーの中でかなりの常識人であるヒョウガさえ、言葉を失っている。だが、グリイザには彼なりの論拠があったらしい。
「世界のどこかでは常に悲劇が起き、力なき人々が傷ついている。しかし、その悲劇を起こしているのもまた同じ人間だ。ならば、人間が死に絶えれば世界から悲劇も消える。――そもそも、環境破壊をはじめ多くの悪を成してきた今の人類に、生物としての存在価値があると言えるかね? 絶滅したところで何の問題もないどころか、地球の生態系にとってはむしろ大きなプラスだろう」
ようやく、ツカサたちは理解した。虚無英雄会が掲げていた思想は、全く根拠を持たない人類否定というわけでもなかったのだ。彼らはかつてのグリイザの思想を建前とし、実際は現在のグリイザの思想を実行に移そうとしていた。
つまり、表向きは「我々が真のヒーローになって人類を救う!」としつつ、裏ではヒーローの力の限界を認めて「真に人類を救うには滅亡させるしかない!」という危ない終末思想を持っていたのである。
「だからこいつは、それまでに蓄えた金と人脈をフルに使って、虚無英雄会を結成したのさ」
クロードが楽しそうに言う。
「トゥービーオネスト、俺はずっと前から、ミスター・グリイザは虚無の総量を維持できないと踏んでたぜ。だってお前、シールの奴を勧誘したときにも、僅かに息子の面影を見てたんだろう?」
「それは……」
口ごもるグリイザの肩を、バンバン叩く。
「お前は知らず知らずのうちに、顔に火傷を負った青年を見て思っていたはずだ。『もしもあのとき息子を助けられていたら、今頃は彼くらいの歳だったろう』『多少後遺症があったって、生きてさえいてくれればそれでいい』ってな!」
「……違う。違う!」
「なあ、ミスター・グリイザ。お前は金には困っていなかったはずだ。役員にまで成り上がった優秀な部下に、なぜ金をやって整形手術を受けさせてやらなかった? やろうと思えばいつだって、お前はシールの顔の火傷を治してやれたはずだぜ?」
「やめろ。やめてくれっ」
弱々しく身を屈めた老人を見下ろし、クロードはゲラゲラと下品に笑った。
「彼が虚無を失って、戦闘要員でなくなっては困るからか? いいや、違うね。お前はシールの火傷の痕を治すことで、彼に息子の面影を重ねられなくなるのを恐れていたんだ。成長した息子が遠くへ行ってしまうようで、怖かったんだ。――何が人類を救うだ、このクズめ! お前は結局、自分の部下一人救ってやれないファック野郎だぜ!」
「……ファック野郎、ね」
ややあって、ツカサが口を挟む。
「グリイザ、あんたは間違ってる。確かに、あたしたちだって一人の人間だから、できることに限りはある。そりゃ、地球の裏側で泣いている子供を助けるのは難しいわよ。けど、だからといって、目の前で消し去られそうな光を守らない理由にはならない。あたしたちはあたしたちにできることをする。この手の届く限り、全部守る。それが百合・BLレンジャーよ!」
「良いこと言うじゃねえか、相棒」
ニッと微笑を浮かべ、カイリも続けた。
「青臭い理想だと笑いたきゃ笑え。俺は、世界中の皆が身近な人を助けながら生きて、皆が小さな英雄になれるような世界になればいいなと思ってる」
「グレイト! お前たちもそう思うか。やっぱり、ミスター・グリイザはファックすべき悪だよなあ?」
「「いやお前もだけどな⁉」」
二人揃ってツッコんだ。