1 瘦せぎすが喰う
以下は、ルーカスが人間界に潜伏したばかりの頃の話である。
彼とて、当初から一人で戦い抜こうとは思っていなかった。アメリカで現地の人間を手駒にし、便利に使ってやろうと考えていた時期もあったのだ。
「俺がお前を超人にしてやる」
車を給油するついでに、ガソリンスタンドに併設されたコンビニへ立ち寄ったときのこと。暗い顔で接客している店員の心の闇を見抜き、ルーカスはこう声を掛けた――なお米国のコンビニは、ガソリンスタンドの隣にあることが多い。
「何か、悩んでいることがあるみたいだな。お前にぴったりの能力を与えよう」
店員の男はガリガリに痩せていて、眼鏡の奥の目が落ちくぼんでいた。その目が大きく見開かれる。
こうしてルーカスは、新たな犠牲者の勧誘に成功した。
痩せた男の名はラセツと言った。退勤後、ルーカスに誘われるがままに喫茶店に入り、テーブルにつくと、彼は「拒食症なんです」と告白した。
「僕、ハイスクールの頃はいわゆるメタボでした。でも、カレッジに入っても太ったままじゃモテないだろうし、青春っぽいことを何もできずに大学生活終わるんじゃないかと思って。それが怖くて、減量を始めたら……」
「太ることへの恐怖心ゆえに、病気になってしまったんだな」
同情心たっぷりに、うんうんと頷くルーカス。
「は、はい。結果的には痩せすぎて気味悪がられて、彼女どころか友達もほとんどできずにカレッジを卒業してしまいまして」
「今はコンビニでアルバイトしてるようだが、正社員として採用してくれる会社には巡り合えなかったのか? まだ若いんだし、選択肢は色々あったろう」
「大学での成績は悪くなかったので、最初は大手企業に採用していただけたんです。けど、病気が原因で長続きしなくて……。職を転々としてきました。しまいにはどこも雇ってくれなくなって、アルバイトくらいしかできませんでした」
「そうか。大変だったな」
ルーカスは右手を差し出した。握手を求められたのだと思い、ラセツも応じる。二人の手が固く握られた瞬間、ルーカスからラセツへ、何か目には見えないエネルギーのようなものが送られた。
「な、何だ⁉」
ぱっと手を離し、驚くラセツ。その反応を楽しんでいるかのように、ルーカスは人の悪い笑みを浮かべていた。
「詳しい原理とかを説明すると長くなるが、結論だけ言うと、俺はお前にパワーを与えた。好きなものを好きなだけ食べられるパワーをな」
信じられないなら試してみればいい、と言い、ルーカスは席を立った。
「お前に俺から一つ、使命を与える。アメリカ中の飲食店で食べ物を食いまくり、食糧不足に人間どもを困らせるという使命だ。それさえこなしてくれれば、あとはパワーをどんな風に使おうがお前の自由。悪い話じゃないはずだぜ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! パワーってそんな、アメコミヒーローやパワーレ○ジャーの世界じゃないんだから……」
「おっと、定時連絡を寄越すのも忘れずにな。俺の電話番号は、テーブルの上に紙ナプキンにさっきメモしておいた」
ラセツの呼び止めを無視し、颯爽と店を出るルーカス。残されたラセツが会計をするものと早合点したらしく、ウエイターがテーブルへ近づいてくる。
「失礼ですがお客様、そろそろお会計をお願いしても?」
ニューヨークの中心部にあるこのカフェは人気店のようで、入口付近には長い待機列ができている。店としては回転率重視なのかもしれない。長話をして居座っていたラセツら二人を、ウエイターは鬱陶しく思っている風だった。
ウエイターの視線が注がれているのは、テーブルの上の料理。といっても、拒食症の青年はコーヒー一杯しか頼んでいない。問題はルーカスで、カツサンドを注文したのにほとんど手を付けず退店してしまった。
オメガ珈琲のカツサンドは、やたらでかいことで評判である。この店はオメガ珈琲系列ではないが、アメリカの普通サイズは日本のビッグサイズだったりするもので、まあまあなボリュームのサンドイッチが残されている。痩せた男に完食できる量ではない。
「す、すみません。まだ食べ終わっていなくて。もう少し待っていただけませんか?」
ルーカスが注文した品なので本当は食べ終わるも何もないのだが、ラセツが咄嗟に捻り出した言い訳を聞いてウエイターは失笑した。
「食べ終わっていないって……。一時間近く居座っていたのに、これっぽっちのカツサンドも食べきれないんですか? 向こうの列で待っているお客様の中には、お腹を空かして、ボリュームたっぷりのランチを早く食べたい方もたくさんいるんですよ。申し訳ないですけど、もっと急いでもらえません?」
(……「これっぽっち」? 拒食症の僕にとっては、吐き気と戦いながらカツサンドを一口齧るだけでも辛いのに、それを「これっぽっちも食べきれないのか」だって?)
心無い言葉を投げかけられ、ラセツの表情が強張る。今までにもこうした経験がなかったわけではない。しかし、突然現れたウエスタンハットの男から力を与えられた直後だったためか、痩せた青年は何か吹っ切れたような気がした。
「――黙れよ」
静かに席を立ち、ウエイターを睨みつける。ルーカスがこの状況を意図的に作ったという可能性は、怒りに燃える今の彼には思いつかなかった。
「人の気持ちも知らないで、よくもそんなことが言えるね。僕も接客のアルバイトをしているけど、君みたいなひどい接客をする人はかなりレアだ」
「はあ?」
眉毛を吊り上げるウエイター。その怒った顔がぼやけて見えることに気づき、ラセツは眼鏡を外してテーブルの上に置いた。ウエスタンハットの男から貰ったパワーは、彼の視力をも上げてくれたらしい。
「僕を怒らせたことを後悔させてやる」
刹那、痩せた男は怪人態へと変わった。
青い皮膚に、大小の口がたくさん付いている。特に腹部の口は大きい。逆に、目や鼻はどこにあるのかよく分からなかった。
「ば、化け物……⁉」
「僕は絶望の王子、ラセツ。この力で、人間の夢を片っ端から喰らい尽くしてやる!」
巨大なフォークとナイフを召喚して両手に構えると、怪人はX字にウエイターへ振り下ろした。胴を深く斬られ、男が倒れる。
騒然とした店内で、怪人は誰よりも大きな声で言った。
「この姿になると、どうも腹が減るらしい。厨房にある食材をすべて僕に差し出せ。逆らえば斬る!」
もちろん、誰一人逆らわなかった。
人間態に戻って街を歩いていると、不意に「上出来だ」と声を掛けられた。顔を上げれば、ルーカスがニヤニヤ笑っている。
「お前には、原作で有機物も無機物も食いまくった幹部怪人のパワーを付与してある。そうだな、ついでに称号をくれてやろうか。人間界と超次元界のハイブリッド的存在で、貴族、つまりデュークである俺から力を貸し与えられているから、『ハイブリッドデューク・ラセツ』というのはどうだ」
「……何を言っているのかまるで分からないが、その、ありがとう」
痩せた青年は、とりあえず礼を言った。
「君のくれた力があれば、僕は世界の理不尽に抗うことができる。拒食症の症状も、嘘みたいに収まっているよ。本当に、好きなものを好きなだけ食べられそうだ」
「良いね。その調子で、どんどん人間どもから食べ物を奪ってくれ」
ラセツの肩をぽんと叩き、ウエスタンハットの男は雑踏の中に消えた。
悩んだ末に高次元界とは全く関係ない話ができてしまい、申し訳ないです。
この外伝では、ルーカスのダークな戦いぶりを描く予定です。字数的にはそこまで長くなりません。
※次回の投稿は1週間後の予定です。