一か月が経った。
「で、話というのは何かな」
ラセツから連絡を受け、ルーカスはあのときとは別の喫茶店に呼び出されていた。テーブル席で彼と向かい合って座る。
「先に言っておくが、俺はお前の働きに関しては何の不満もないぞ。この一か月、よくぞ大量のスーパーやレストランを襲撃してくれた。おかげでニューヨークは食糧不足になり、大混乱だ。リボンダーマンやハットマンの妨害に遭っても、倒される前に逃走に成功しているしな。ある程度強力な原典を与えておいて正解だったよ」
当時は百合・BLレンジャーはまだ高次元生命体と戦っているところで、ピーター・バーガーもリボンズドライバーを入手していない。これといった必殺技を持たないリボンダーマンから逃げられるくらいには、ラセツ怪人態のスペックは高かったのだ。
「……もう、辞めたいんだ」
少しずつ肉が付き、健康的な体格になりつつある青年は切り出した。
「もう食べたくない」
「なぜだ。まさか、拒食症が再発を?」
「そうじゃないんです」
首を振るラセツ。彼には、コンビニで会ったときの陰気な表情が少し戻っていた。
「初めは、ただ楽しかった。あの姿になれば、今までは一口食べるのもやっとだった料理をどんどん食べられる。胃袋が無尽蔵になったみたいで、どんなものでもいくらでも食べられました。でも、食べられるという楽しさはだんだん失われていきました」
「今は、食べることが楽しくないとでも?」
ルーカスが怪訝そうな顔をする。
「あのモンスターの姿になると、確かにたくさん食べられました。けれど同時に、空腹になるのも早いので、すぐに次の料理を食べたくなるんです。そんなことが続いたので、僕は一度も食べ物をしっかり味わえなかった。拒食症になって以来忘れていた気持ちを、ようやく思い出せました。食事は、味わって食べた方がもっと美味しくなるんです」
「……何が言いたい」
苛立ちを隠さないルーカスに、ラセツは怯まず続けた。
「そのとき僕は、自分の過ちを恥じました。僕はただ自分の欲望を満たすためだけに、ニューヨークに溢れる多様な食文化を破壊してしまった。僕は大勢の人々から、食事を味わう楽しみを奪ってしまったんだと」
「今さら善人面をするのか、偽善者め」
「偽善でも何でも構いません。とにかく僕はもう、君のくれた力には頼らない。自分の力で拒食症を治して、いつの日かご飯を美味しく味わいたい。そして、自分のしたことへのせめてもの罪滅ぼしに……君を止めます」
「俺を止めるだと?」
ルーカスはおかしそうに笑った。
「僕が君との協力関係をやめたとしても、きっと君は第二、第三の怪人を生み出すだろう。そして人々を苦しめるに違いない」
「いいや、もう怪人は作らないぜ。今、そう決めた。所詮人間は下等生物、信用できない存在だと分かったからな。だが、戦いたいと言うのなら仕方ない。場所を変えよう」
伝票を掴み、ルーカスが立ち上がる。一か月前と同じくラセツがコーヒーしか注文していないことに、今更ながら気がついた。
ダレンたちを斬り殺す舞台に、ルーカスは雪山を選んだ。白い雪に赤い血が映えるし、万が一仕留め損ねたとしても助けが来る可能性が低いと踏んだからだ。
今回も同じような理由で、彼はラセツを連れてアメリカ東海岸のビーチに来ていた。白い砂浜には赤がふさわしい。季節は冬になろうとしているため、人はほとんどいない。
「最後の警告だ。本当に俺を裏切るつもりか?」
数メートル離れて対峙。波の音に負けじと声を張り上げ、ルーカスは問うた。
「お前の人生は不運なイベントの連続だ。俺のサポートさえあれば、お前は全く別の、見違えるほど素晴らしい人生を歩めるんだぞ。それでも良いのか?」
「確かに僕はこれまで、病気のせいで周りから偏見の目で見られたり、差別されたりしてきた。だけど、人を憎んだことはあっても食文化までも憎んだことはない。食は、人間の誇る素晴らしい文化だ。それを破壊する君を、許すことはできない!」
「ほざくな。計画したのは俺だとしても、実際に破壊した実行犯はお前だろうが! ……と言いたいところだが、こんなところで水掛け論をしても始まらない。さっさとケリをつけてやるよ」
「望むところです!」
両者が光に包まれ、それぞれロリーニンジャーとハイブリッドデューク・ラセツへ変身する。ルーカスはロリーソードガンを、ラセツは巨大なフォークとナイフを構え、勢いよく突進する。
「『ウイニング・おねスター』!」
ラセツの体中の口から撃ち出された火球を、ルーカスは風を纏った斬撃で吹き飛ばした。さらに、ガンモードに切り替えて「ライトニング・ロリスター」を発動。稲妻を発射して怪人を怯ませる。
「早く降参したらどうだ、ラセツ? お前に与えた原典の能力すべてを、俺は知っている。何をやっても無駄だ」
「僕は絶対に諦めない。ここで君を倒す!」
フォークとナイフで勇ましくも斬りかかった青い怪人。しかし、ルーカスは素早く原典をチェンジし、ホログラムバリアで完璧に攻撃を防御した。
『INNOVATION & CONTROLL! ルーカス!』
周囲に浮遊させた光球は、敵の動きに反応して自動的にバリアを展開してくれる優れものである。金と白の戦士になったルーカスはラセツの攻撃を一切受けつけず、一方的にパンチやキックを叩き込んで追い詰めた。
「この世界から退場しろ、ラセツ!」
「まだだ!」
ラセツはフォーク、ナイフを合体させ、大振りな剣を作り出した。その名も「修羅・大喰い剣」。
「これでも喰らえ。――空腹、退散!」
波打ち際で円を描くように剣を振り回し、横薙ぎに斬りつける。すると刀身からエネルギーの刃が長く伸び、ルーカスへ迫った。
「チッ」
バリアで防ぎきれない可能性を考慮し、彼はトンボの戦士の原典に切り替えた。「クロックアップ!」と発声。高速移動で回避し、カウンターで銃撃を放った。
「誰のおかげで、痩せぎすだった体を健康的にできたと思ってる。この恩知らずが!」
ラセツには、ルーカスのように高速で動ける力が備わっていない。四方八方から理不尽に撃たれまくり、呻き声を漏らして膝を突いた。
「くっ……」
「それにお前、トーマスに少し似ててムカつくんだよ。ついこの間、俺が斬り殺した男にな!」
鎧がオーバーラップするようなエフェクトとともに、今度は白虎の意匠の、白銀と青の戦士に変わったルーカス。斧型の召喚機でラセツの胴を一閃し、軽く吹き飛ばした。
「すぐにお前も、同じ目に遭わせてやるぜ」
腰のベルトに付いているカードデッキから一枚引き抜き、斧に装填する。
『ファイナル』
認識音声が鳴り、身長二メートルほどの巨躯を誇る白虎型モンスターが召喚された。モンスターは凄まじい力と鋭い爪でラセツを押さえつけ、ルーカスの元へ獲物を引きずってくる。大食い怪人の全身から火花が散り、苦しげな声が漏れた。
「ぐあああああっ⁉」
「――お前との関係もこれまでだ、ラセツ。原典は回収させてもらう」
虎の爪に似たクローを両腕に装備したルーカスは腰を落とし、手を広げて獲物の到着を待ち構えていた。白虎型モンスターがラセツを引きずってくるやいなや、すれ違いざまに右腕のクローで怪人を貫き、軽々と持ち上げた。
「お前を倒せば、俺はもっと強くなれるかもしれない。俺が英雄になるために、お前は犠牲になってくれ」
「こ、これが敗北の味か。まったりとして、美味しい、ものですね……」
抵抗を諦めたラセツがぐったりした瞬間、彼の肉体は爆発四散した。
自分以外誰もいなくなった砂浜で、ルーカスはため息をついた。
「使えない奴だったな、ラセツも。いや、そもそも人間に期待したのが間違いだったか」
食事などくだらない。単なるエネルギー摂取に過ぎないはずの行為に、人間という生き物はなぜか、過剰なまでに楽しさを見い出そうとしている。ルーカスには理解できない文化であった。超次元界にも色々な料理が存在したが、人間界ほど凝った調理法は見たことがなかった。
「料理に関する原典はもう一つストックしていたが、今回の件で使う気が失せた。風に任せ、どこへでも飛んで行くがいいさ」
懐から取り出した赤、青、黄の三色の光に、たんぽぽの綿毛を飛ばすようにふっと息を吹きかける。光はふわふわと飛んで行き、やがて見えなくなった。
このときルーカスが手放した原典はのちに日本へ流れ着き、女王たちが偶然使用して「デリシャスパーティ・ゴークイーンズ」に強化変身を遂げることになる。そのまま所持しておけばいずれ百合ブラックやBLホワイトへの対抗手段として使えたかもしれないが、まあ、ルーカスがフリルの付いた衣装を着ているところはあんまり想像できない。
「……人間を使うのはやめよう。やっぱり、一人の方が気楽で良いな」
呟き、ウエスタンハットの男はゲートを開いた。金の装飾付きの桃色の扉を生成し、それをくぐって一瞬でニューヨークへ戻る。
孤独を紛らわすようにハイテンションな別人格を使い始めたのは、それから間もなくのことだった。