略奪愛というと、たとえば略奪したい相手に接近してパートナーの愚痴を聞いてあげるなりするとか、心理的な駆け引きが思い浮かぶ。一対一の決闘をいきなり挑んできたジェントルは、略奪愛の使い手としては異質だ――使い手が何人もいるとは思えないけれども。
「レベッカ嬢と君のことは調べさせてもらった」
仮面の下で、ジェントルは唇を噛んだ。
「彼女は平民階級だが、家庭環境は恵まれていた方だ。両親に似て優しい女性に育っている。そして君は貴族。勉学にも武術にも秀で、非常に優秀な男のようだ」
「どうした急に」
「調べれば調べるほど、君の優秀さが証明されていった。私も貴族の端くれだが良家の出ではないし、見ての通りファッションも奇抜、周りからは変人扱いされているよ。どう考えても、私が君に勝てるところなんてなかった。レベッカ嬢を普通に攻略しようとしても無理だろう。もし君に勝てるとすれば、それは……」
戦いだけさ、とジェントルがベルトを操作する。
「ああ世間は認めるだろうさ、君はレベッカ嬢にふさわしい男だと。だが、この私が認めない。たとえ他の全てで後れを取ろうとも、強さでだけは絶対に君に負けはしない! 君に勝ち、私がレベッカ嬢と結ばれるのだ!」
『サウザンド・ディストラクション!』
高くジャンプし、エネルギーを纏った跳び蹴りを連続で放った。「略奪愛」の炎による高熱効果も合わさり、かなり強烈な必殺技である。ルーカスは両腕をクロスさせ、どうにかガードする。
「馬鹿な。君のバリア能力は私が奪ったはず⁉」
「この原典は、原作での戦績がハチャメチャに良くてな。主人公との正面対決で、一度も敗北を喫していない。俺を倒したいなら、本気で殺す気で来い!」
数メートル吹っ飛ばされたもののギリギリ踏ん張った彼を、ジェントルはきっと睨んだ。
「ならば、私の所持するもう一つの原典を併用するまで。――『略奪・デリシャスタンバイ』。『パーティ・ゴー』!」
彼の掌に、ハード型のペンダントが召喚された。それを手で軽く叩くことで、果物型のエネルギー体が空中へ無数に舞い上がって行く。
「『フルーツ・略奪オーダー』。『シェアリン・エナジー』!」
白を基調とし、随所にフルーツの意匠をあしらったドレス型アーマーが、五本角の戦士の鎧の上に重ね着されていく。時折、「トッピング!」「ブリリアント!」「シャイン・モア!」などと呟くことにより、ティアラなどのパーツが追加装備された。
最後にペンダントを胸に装着して、変身を終える。ずいぶん長い変身シーンだなと思ったが、ルーカスは律義に待ってあげた。お約束を守らないと大体ろくなことにならないのだ。
「ジェントルに、ゴージャスに、咲き誇るスウィートネス! 『ザ・フィナーレ』! 略奪の最後を、この私が飾ろう……」
優雅なポーズを決め、ジェントルは「ザ・フィナーレ」の名乗りを完了した。まあ必ずしもやる必要はないのだけれども。
「『サウザー』で決めきれなくとも、これならどうだ。――『略奪・フィナーレブーケ』!」
ジェントルの短槍の先が形を変え、ホイップクリームの絞り袋になる。それを一度絞り、気合いとともにルーカスへ向けた。パフェに載った果物たちのように色とりどりな破壊エネルギーが、絞り袋から一直線に発射される。もちろん、高熱効果も付与されていた。
「ぐああああっ⁉」
さすがのルーカスもこれは防ぎきれず、十メートル以上も吹き飛ばされた。咄嗟に腕で体を庇ったが、高熱に晒されすぎてもはや感覚がない。あのカラフルな光線でアーマーも大きく破損しており、ほどなくして変身が解除される。火傷と打撃で全身に深いダメージを負っていたからか、意識が遠のきかけた。
「勝負あった……と言いたいところだが念のため、いわゆる『浄化技』をかけておくか」
倒れ伏したルーカスへ、ジェントルが悠然と歩み寄って行った。
「これからは私がレベッカ嬢を幸せにする。私たちの幸せを引き裂くことのできないよう、君の心の邪な部分を洗い流し、人畜無害で戦闘意欲ゼロの超次元生命体に変えてやろうじゃないか。今後、決闘でも挑まれたら面倒だしね」
袋を四回絞り、先端をルーカスの頭部へ向ける。「ブルーミン・ダンシン」と唱えかけたところで、ジェントルはぎょっとしたように動きを止めた。
「……この卑怯者が」
気絶しているものと思っていたルーカスがかっと目を見開き、短槍を強い力で掴んで止めていたのだった。
「俺に勝てるのが戦いだけだって聞いたときは、そりゃ少しは同情したぜ。けど、自分が略奪愛のために決闘を挑むのは良くて、俺には挑む権利すら与えないってのはどうなんだよ。フェアじゃないだろ」
「な、何を言う⁉」
「お前、本当は、もう一度俺と戦ったときに勝てる自信がないんじゃないのか。今回だって、原典を二種類も用意してるくらいだもんな。だから俺の戦闘意欲を奪いたいんだろう? 戦いでさえも俺に敗れたら、何も残らないからな」
「知ったような口を利かないでもらおうか」
ジェントルは唸り、「ダンシンフルーツ」と唱え直した。絞り袋から、紫、黄、緑のエネルギー弾が溢れ出す。
「もっとも、すぐに反抗する気力すらなくなるだろうがな!」
カラフルなエネルギー弾が一筋の光線となり、放たれんとする。その光景を眺めながら、ルーカスは「俺は死ぬのか」と思った。
体には無数の火傷と打撲。すぐ死に至るほどではないが、手当てをせず放っておけば命にかかわるだろう。そして今、精神も殺されようとしている。レベッカを奪われてもなお、何も抵抗できないほど軟弱で無害な心へと作り変えられようとしている。原作ではこんな効果ではない浄化技が、ジェントルの「略奪愛」の影響で歪められているのだ。
(……俺を殺していいのは、レベッカだけだ)
死ぬのは怖くない。ただ、できることなら愛する人の手で殺されたい。誰の手で殺されるかは、自分の意志で決める。ジェントルのように臆病で卑怯な男に殺されるのはごめんだった。
レベッカに自分の性癖を明かしたことはない。だが、行為中のソフトな首絞めなどから徐々に慣らしていき、やがては受け入れてもらえないかとずっと思っている。彼女の手で命を奪われるのが、ルーカスにとって至上の喜びなのだ。
「お前ごときが――」
ジェントルを真っ向から見返し、彼は吠えた。
「俺を殺すな!」
その日、ルーカスの性癖「他殺願望」は初めて覚醒した。