同時刻。超次元界の果てをさまよっている、一匹狼がいた。
鬱憤を晴らすように騒ぐロシュツジカとも、恐怖を忘れられずに狂ってしまったクヴァルとも彼は違った。積み重ねられた感情をぶつけるあてもなく、放浪の旅を続けていた。
(俺は千年間、ゼニスの体内へ閉じ込められていた。いわば封印されていたようなものだ。やっと外の世界へ出ることができたが、ゼニスは既に倒された後だという。……俺は一体、これからどうすればいいのだ?)
男は、狼を模した黒い鎧で全身を覆っている。頭部からは一本の角が伸びていた。
超次元生命体の中でも、彼は強い部類に入る。強靭な精神力を振り絞り、ゼニスに吸収されてもなお完全には自我を失わなかった。その結果、千年かけて、凄まじい量の怒りと恨みを心の中に堆積させてきた。
(俺にはもはや、復讐すべき相手がいない。千年間ずっとゼニスを討つことだけを考えていたから、自分が抜け殻になってしまったかのようだ。クソッ、どうしろというのだ!)
そんな折、彼は見た。はるか遠くで、電球型の頭部を持つメカ怪人が巨大化し、森の中で暴れ回っているのを。
「……面白い」
漆黒の仮面の下で、彼は不敵に笑った。
「ちょうど、怒りをぶつける先がなくて困っていたところだ」
「さっきまでの威勢はどうしました、フィリーレン。逃げるだけしか能がないようですね!」
木々をなぎ倒しながらずんずん歩き、敵を踏みつけようと執拗に迫るクヴァル。
「どうやってクヴァルを倒すか、考える時間が欲しいんだよ。」
『テレポート・ナウ!』
対するエルフの魔法使いは、ワープホールによる瞬間移動を繰り返してちょこまかと逃げていた。あまり焦っているようには見えない。千年も生きていると、戦闘時に少し時間を稼ぐ程度の僅かな時間は気にならなくなるのかもしれない。
「――ハアッ!」
そこへ、乱入者が登場した。狼を思わせる、黒い鎧の男である。
三日月型の大剣を振るい、強烈な斬撃を飛ばす。斬撃はクヴァルの胸部へヒットし、激しいスパークを飛び散らせた。
「な、何ですか貴方は⁉」
「勘違いするな。そこのエルフを助けたわけではない」
茂みの中から飛び出してきた漆黒の戦士は、フィリーレンを一瞥して言った。
「ただ、お前を叩きのめせば多少はスッキリするかと思っただけだ。俺の心の中には、行き場を失った怒りの炎が燃えているからな!」
「……ほう。ずいぶんと舐めた口を利くじゃありませんか。ですが、巨大化せず等身大のまま戦う貴方に、勝ち目はないですよ」
「残念だったな。原典の性質上、俺には巨大化能力もあれば、ロボを召喚することもできる!」
狼の剣士が、三日月型の笛を取り出した。笛本体のくぼみに、三つの宝珠をはめて吹き鳴らす。音階で表現するなら、大体「ミレド・ファミレ・ソファミ・ラソファ・シ・シラソラ~♪」という感じのメロディーが聞こえたかと思えば、遠くから三体の巨大モンスターが駆けてきた。それぞれ、狼、鰐、ハンマーヘッドシャークに似た姿をしている。
「両方できるだと⁉ 欲張りな奴め!」
「知ったことか。三つの宝珠が紋章を描くとき、魔獣たちは一つに重なり、邪なる王が誕生するのだ。トウッ!」
巨大モンスターたちは、鰐が胴と足、狼が左腕、ハンマーヘッドシャークが右腕を形作って合体した。頭部は狼のそれを思わせ、武器は鰐とハンマーヘッドシャークの尾を連結させて誕生する大剣。最後に、胸部に備わった大きな鰐の口が咆哮を上げ、コクピットへ剣士が乗り込んで合体完了した。
「行くぞ、電球頭!」
三体の魔獣から成るロボは、勢いよくクヴァルへ斬りかかった。
フィリーレンの必殺キックを耐えたものの、メカ怪人は既にだいぶ弱っている。同じく巨大化した相手と互角にやり合えるだけの力は残っておらず、防戦一方になってしまった。電磁レイピアで迎え撃つも、競り負けて袈裟懸け斬りを受け、後退する。
「くっ……」
「喰らえ!」
魔獣ロボの胸の鰐の口が大きく開き、そこから破壊光線が発射された。大きく吹き飛ばされ、倒れた拍子に山一つを押し潰すクヴァル。
よろよろと立ち上がり、彼は狼の剣士へ訴えかけた。
「貴方も見たでしょう? ゼニス様のあの、凄まじく凶悪な力を! 我々がいくら足掻いたところで無駄なのですよ。あのお方が復活を遂げるときに備え、私は媚びを売ってでも生き延びてやるのと決めたのだ!」
「千年前、お前の噂は耳にしたことがある。かつてはお前も、同胞を取り込まれたからゼニスを倒そうとしたんじゃないのか?」
剣士は冷静にそう言い放った。ロボを操作し、大剣を振り上げて突進させる。
「失望したぞ、クヴァル。信念と誇りを失って堕落した今のお前に、この俺を倒せるわけがない。お前の負けだ!」
一気に距離を詰め、エネルギーを帯びた強烈な斬撃を浴びせた。
「まだだ。私は、まだ……ゼニス様~~!」
メカ怪人が絶叫し、ぐったりと倒れる。エネルギーを使い果たし、彼は徐々に人間サイズへと縮んでいった。
敵を無力化したのを見届け、狼の剣士も合体を解除。コクピットから飛び降り、気絶しているクヴァルの側へ近づいた。
「しばらく頭を冷やせ、クヴァル。そして現実を受け入れろ。ゼニスはもう死んだんだ。二度と甦ることもない」
「……へえ。君、強いんだね。」
木と木の間からひょこっと顔を出したフィリーレン。
「名前は何て言うの。」
「俺は千年の恨みを晴らさんと甦った。名乗るほどの者ではない」
そう言って、剣士はさっさと立ち去った。
彼とほとんど入れ違いに、金の装飾付きのゲートが開く。ダレンが作った「本当にどこにでも行けるドア」をくぐって、お菊がやって来たのだった。
「ああん、もう。ロシュツジカのライブを見ていて、騒ぎに気づくのが遅くなっちゃったわ!」
超次元界は半球状であるため、巨大化したクヴァルが暴れている様子は、中心部からでもぼんやりと見えた。心配して様子を見に来たのだが、どうやら既に犯人はのびているようだ。
和服姿の美人は、倒れている怪人とフィリーレンを交互に見た。
「あなたが倒したの?」
「正確には、私ともう一人でね。その人はもう、どこかへ行ってしまったよ。」
「そ、そうなのね……? とりあえず、軽く事情を聞かせてもらえないかしら? これでも私、レジスタンス組織『イーシュ・バール』として治安維持をやってるの」
「最近はレジスタンスというのがあるんだね。治安を維持する団体って頻繫に変わるから、いちいちそんなのを覚えていられないよ。」
「少しくらいは覚えてほしいけど……」
どうも調子が合わないな、と感じつつ、お菊は辛抱強く質問を続けた。せいぜい数百年しか生きていない彼女とエルフの魔法使いでは、やはり時間の流れ方も考え方も違うのだろう。
ゼニスの体内へ千年以上取り込まれていた者たちは、人生の大先輩としての尊敬の意を込め、のちに「ミレニアムズ」と呼ばれることになる。
こうして今日も、レジスタンスとミレニアムズの手で、超次元界の平和は人知れず守られたのだった。
※次回の更新は1週間後の予定です。