一方、超次元界では、フィリーレン一行は大昔に作られたらしい街道を歩いていた。石畳が敷かれた長い一本道を、三人がのんびり進む。
街道の両側には、森が広がっている。生き物の気配がないそこは、とても静かだった。
「フィリーレン。そういえば、千年間も長生きしているお前に聞いておきたいことがあった」
狼の剣士は沈黙を破り、言った。
「俺たちがゼニスの中に囚われていた間、超次元界では何があったのだ?」
「無貌という者が圧政を行ったことは噂で聞いていますが、思えば我々はあまり詳しく知らないのですよ」
クヴァルも同調したので、エルフの魔法使いは「いいよ」と返した。
「発端は、貴族と平民の身分制度ができたことだったんだ。その後、貴族に理不尽な仕打ちを受けた平民の女が激怒し、力を求めて無貌になったらしい。」
もっとも、フィリーレンは戦乱の最中にいたわけではなく、あくまで「そういう話を聞いた」というだけだ。おそらく、出所はレジスタンスの構成員だろうが。
無貌になった女が具体的にどんな仕打ちを受けていたのかも、彼女を陰で操っていたルーカスという存在がいたことも、フィリーレンは知らない。
「件の無貌が倒されてからも、その残党、無貌支持派がしばらくの間暴れていて大変だったみたいだよ。私は辺境を旅していて、直接彼らを見たことはないけど。」
「身分制度が発端ですか。私たちの頃は身分の上下などなく、皆平等だったものですが」
電球頭の怪人は首をかしげた。
「皮肉なものだよね。最近レジスタンスが広めている情報によれば、ゼニスは自身の造った生命体のうち、強い者を超次元界に残し、弱い者は高次元界へ追放したらしい。けれど、より強い存在であるはずの私たち超次元生命体も、神の関与なしに、結局は自分たちで優劣をつけ始めてしまったんだ。」
相変わらずの無表情で、フィリーレンは語る。
「超次元生命体は、確かに変幻自在の体を持っている。でも、他者の模倣は上手くても創造性がないという欠陥があった。だから、貴族階級が強力な原典をほとんど独占した途端、平民との絶対的な力の差が生まれてしまった。……身分性ができるずっと前から生きているとはいえ、あの頃は原典のコレクション集めに手こずったね。懐かしいな。」
遠くを見るような目つきをしたエルフに、クヴァルは「私からも、もう一つ質問があります」と言った。
「無貌は、環境汚染の進んだこの世界に代わる居住地を求め、人間界へ侵攻を図ったと聞きます。ですが、今の緑豊かな超次元界が、そこまで深刻な汚染を受けているとは考えにくい。本当に環境汚染はあったのですか?」
「あったよ。特に、中央部の光化学スモッグはすごかった。」
ツインテールの銀髪を揺らし、フィリーレンは頷く。
「でも、最近はだいぶ改善している。レジスタンスの人たちも頑張ってくれてるみたいだ。」
そして、環境汚染が起こった原因についても説明した。
「そもそもなぜ汚染が進んだかというと、ごく一部の、急進派の貴族のせいなんだよね。彼らは貴族専用ゲートを一早く開発し、仲間にもそれを開く力と技術を分け与えた。そして人間界を何度か視察するうちに、向こうの住人の科学力の高さに驚き、羨ましがった。創造力や発想力に欠ける超次元生命体よりも、人間の技術はずっと先を行っていたんだよ。」
「ほほう」
「焦った貴族急進派は、人間界の真似をして近代的な工場をたくさん建てた。だけど見よう見まねで急造したから、自然環境への配慮がまるで足りていなかった……というわけなんだ。あとは、クヴァルたちが想像している通りだよ。」
「なるほどな」と露鬼。
「で、その急進派どもを無貌が皆殺しにして、工場含む貴族居住区を破壊しまくった結果、汚染が一旦止まったのか。奴も一つくらいは、世のため人のためになることをしていたらしい」
「結果論かもしれないけど、そういうことだね。」
エルフの魔法使いは複雑な表情だった。
「もし無貌という存在が現れなかったとしても、あのまま行けば超次元界の在り方は確実に破綻していた。きっと、取り返しのつかないほど自然環境が荒れていただろうね。『無貌は必要悪だった』と言いたいわけではないけれど、あのタイミングで彼女が暴れたことで、環境破壊は間一髪で止まったんだ。」
「かといって、無貌が百合・BLレンジャーとかいう連中に倒されることなく君臨し続けていてもヤバかっただろうけどな。今俺たちがこうして生きていられるのは、かなり奇跡的な確率なのかもしれない」
三日月型の大剣を肩に担ぎ直し、露鬼は呟く。
「ある意味、ゼニスの中にいた俺やクヴァルは運が良かったのかもな。無貌やその支持派たちと戦わずに済んだ、という意味では」
「冗談じゃない。二度とあんな思いをするのはごめんですよ。……ああ、ゼニスのことを思い出したら、また頭痛がしてきました。ちょっと失礼しますよ」
クヴァルが懐から酒瓶を取り出したのを見て、フィリーレンは「生臭坊主。」とため息をついた。
「……あっ。」
「ん? どうしたんです、フィリーレン」
酒を一口だけあおった機械怪人が、頭部の発行体を青く明滅させた。
「次の街が見えてきたよ。」
「おお、本当だ」
立派な城壁に囲まれ、街の全貌は見えない。まるで、ファンタジーの世界からそのまま抜け出してきたかのようだ。
「次の街でこそ、レジスタンスについて情報を得られると良いな」
「収穫なしだったとしても、美味しい地酒にありつければ良しとしましょう」
「両方ともあるといいね。」
ちょっとしょんぼりした感じに目を細め、エルフの魔法使いは言う。
さあ、次の街ではどんな景色に出会えるだろうか。どんな人と会えるだろうか。
三人の冒険は、まだまだ続く。