「面白い噂を聞いたよ。」
訪れた街の宿屋。
同性である露鬼とクヴァルが相部屋、フィリーレンは一人部屋という風に部屋を取り、そろそろ寝ようとしていたときだった。エルフの魔法使いが突然、パーティーメンバーの二人の部屋へ突撃してきたのである。
「何だ? せっかくうとうとしていたのに」
珍しく全身の鎧を脱ぎ、パジャマ姿になっている露鬼は眠そうだ。クヴァルもむくりとベッドから起き上がる。
「また趣味の魔法集めですか、フィリーレン?」
「うん。人間界のアーキ・ハーバラという土地には、『性別を変える魔法』に関連した札が出回っているらしいんだ。明日にでも行ってみようよ。」
「ええ……」
露鬼は、明らかに嫌そうな声を発した。
「どうせまたデマなんじゃないか?」
「そうですよ。悪いことは言いません、やめた方がいい」
二人ともに反対されても、フィリーレンはやけに自信ありげだった。
「たとえ99%はハズレだとしても、それでも残りの1%に賭けた人たちがいた。だから、魔法系の原典はこれまで集まってきたんだよ。私は試すべきだと思う。」
「やれやれ。仕方ないですね」
渋々ながら了承するメカ怪人。
「では、明日は少しばかり早起きして出かけましょうか」
翌日。一行は朝早くに宿を出て、城壁都市からも出発した。しばらく街道を歩き、草木が生い茂っているエリアで足を止める。
クヴァルが杖を取り出し、大地へと向けた。
「『大木を出す魔法』。さらに、『成長促進の魔法』」
土から小さな目が出たかと思うと、幹の直径が10メートルはあろうかという巨大な木に変わった。木は成長を続け、高さ30メートル、50、100とぐんぐん大きくなる。
「どこにでも生えている木を素材にすると、前みたく、他の人たちも競って高く伸ばそうとして区別しづらくなるかもしれませんからね。今回はバオバブの木にしてみました」
「すごいね。木が大きすぎて、空が半分しか見えないや。」
大樹を見上げ、エルフの魔法使いが呟いた。
「これなら他の木と見分けがつくね。」
バオバブは、人間界で最も幹が太くなる樹木とされている。主にサバンナ地帯に分布し、樹齢は数千年にも及ぶと推定される。これはエルフの寿命にも匹敵する。
ちなみにバオバブは「星の王子様」という物語にも登場し、放っておくと星を爆発させる有害な木として描かれているんだとか。超次元界、頼むから爆発しないでほしい。
「どうだかな。植物を操る異能系の原典自体は、さほど珍しくもない。案外、帰ってくる頃には、超次元界は巨大なバオバブの木で埋め尽くされているかも……」
なおも否定的な露鬼を遮り、フィリーレンは「大丈夫だよ。」と言った。
「そのときは私が、一日一発限定の爆裂魔法で森を焼き払うから。」
「……お前、それ、レジスタンスに目撃されたらたぶん加入させてもらえなくなるぞ? 事情を知らない者からすれば悪魔の所業だぞ??」
もし超次元界が爆発することがあるとすれば、それはバオバブの木のせいではなく、超次元生命体のせいなのだろう。露鬼とクヴァルはそう思った。
何だかんだでバオバブの巨木をこしらえた三人は、何回かゲートを開いては閉じ、ようやくアーキ・ハーバラもとい秋葉原へ繋がった。
以前人間界に降り立ったときは「やばいコスプレイヤーがいる」と騒がれたものだが、今回は場所が場所。メイドカフェの客引きやアニメグッズを全身に身に着けたオタクがそこら中にいるのも相まって、そこまで騒がれなかった。
もっとも、全身を鎧や機械で覆っている露鬼、クヴァルはかなり目立っていたけども。珍しがって写真を撮ろうとする人々も多かった。
「寄るな、鬱陶しい。見世物ではないぞ」
人混みをかき分けて進む狼の剣士を見かねたのか、電球頭の怪人が杖を一振りする。
「――『朱に交われば赤くなる魔法』!」
すると、人々は急に興味を失ったらしく、離れて行った。
「驚いた。何だ、その魔法は」
「多対一の状況において、自分たちを敵側の勢力だと誤認させる効果があります。いわゆる『認識阻害』系ですね。……まあ、相手の数がこちらの十倍以上でないと使えませんし、屋内では効果が発揮されないのが欠点ですが。フィリーレンの買い物に付き合って入店したが最後、また野次馬が寄ってきますよ」
「一時しのぎには十分だ。感謝する」
ところで、さっきからフィリーレンの姿が見えない。辺りを見回すと、メイドカフェの客引きと言い合いになっていた。
「メイドカフェ『まおまお』です。いかがでしょう、ご主人様?」
客引きは緑色のメイド服を着た若い女で、顔にそばかすが浮かんでいる。なお、わざと化粧でそばかすを付けている可能性もなくはない、かもしれない。
「ご主人様? ……そうか。人間界にも、まだ古い時代の身分制度が残っているのか。」
メイドカフェという概念をそもそも知らないエルフは、何か勘違いしている。「まおまお」の客引きは戸惑いつつ訂正した。
「いえ、これはですね、そういうシチュエーションでお食事を楽しんでいただく店なんです。今さら、古い時代云々とかではなく……」
「『なんで今さら』って思っているでしょ。」
場違いなほど真剣な表情で、フィリーレンは告げた。
「私は今の話をしている。」
「も、申し訳ございませんでした……?」
腑に落ちないまま、客引きの女性は一応謝った。
「あの、もしこの件で私を処罰する場合、毒殺にしていただけませんか? 毒は好きですし、耐性もありますので!」
「何で私が君を毒殺しなきゃいけないの。」
至極当然の返しである。フィリーレンもフィリーレンだが、相手も相手で特殊性癖をこじらせていそうな雰囲気があった。
「おいフィリーレン、早く行くぞ!」
「ごめんごめん。」
遠くから露鬼に呼ばれて、エルフの魔法使いはてててっと道を急いだ。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・薬屋のひとりごと