「すみません。『性別を変える魔法』に関する札はありますか。」
入店した大規模なカードショップのカウンターで、フィリーレンはさっそく聞いてみた。
「性別を変える札? ああ、もしかして、あれのことですかね」
眼鏡の男性店員がショーケースへ向かい、すぐに戻ってくる。彼の手には一枚のカードが握られていた。
カード名は「零騎士少女・ヒョウガール」。真っ黒なゴスロリ系の服を着た、可憐な少女のイラストが描かれていた。元ネタと思しき零騎士ヒョウガの面影は、ほとんどない。
「何なの? これは。」
「知らないんですか? ゼロカードのプレイヤーの間で話題沸騰中の、激レアカードですよ。特別拡張パックに低確率で封入されているんです。昨今、美少女イラストのトレカが人気になっているのを受けて、ゼロカード制作陣もついに零騎士を女の子バージョンにしちゃったというわけですね!」
ヒョウガの名誉のために言っておくと、本人は最後まで嫌がっていた。しかしゼロカードの開発担当は乗り気で、サヤも「可愛いからええやん♡」と言う。そこで折衷案として試験的に一枚だけ美少女カードを発売してみたところ、ものすごい高騰っぷりを見せている。現に、今店員が持っているカードの値札には、ゼロが5個くらいついていた。
無論、魔法とかは一切関係ない、ただのレアなトレカなわけで。
「そうなんだ。」
がっくり肩を落としたフィリーレン。けれども、彼女はまだ諦めてはいなかった。
「でも、何か一枚くらいはお宝があるはずだよ。」
前回、人間界の通貨を持って来なかった反省を活かし、今回は城壁都市を出る前にある程度の紙幣を用意してきている。買い物の準備は万全だ。エルフはストレージコーナーへと真っ直ぐ向かった。
ストレージとは、カードショップにおいて、一枚三十円くらいでカードが売られているところ。安く買える反面、ショーケース内に収まっている商品のように丁寧に取り扱われてはいないので、傷あり上等だ。ハードオンで例えるならジャンクコーナーみたいな感じ。
ただ、ジャンクコーナーに時折お宝が落ちているように、ストレージにも稀にお買い得商品がある。一枚数百円はしてもおかしくないものが、傷ありが理由で三十円で買えたりする。もちろん傷なんてないに越したことはないのだが、プレイ用としては十分だし、お買い得であることに変わりはない。
「やめた方がいいと言ったのに……」
「だがあいつ、転んでもただでは起きないな」
クヴァルと露鬼がそう囁き合っていると、店の奥の方ですごく大きな音がした。どんがらがっしゃーん、と何かが倒れ、崩れたような音が響く。
二人が様子を見に行くと、棚が倒れ、大量のカードが散乱していた。おそらく、フィリーレンがストレージを漁りまくっているうちに棚をひっくり返してしまったのだろう。棚には縦の長い形状のボックスがたくさん収められており、そのすべてにカードがぎっしり詰められていた。
いや、まあ、何をどうやったらここまで大惨事になるのか不思議ではあるが。
「暗いよ~!! 怖いよ~!!」
フィリーレンはというと、散乱したカードの山に上半身が埋まってしまっていた。足をバタバタさせて悲鳴を上げている姿は、滑稽でもある。
「転びすぎですよ、まったく」
「しょうがない奴だ」
呆れ顔のパーティーメンバーにエルフが救出されたのは、そのすぐ後のことだった。店のスタッフには土下座して謝った。
同時刻。秋葉原の大規模カードショップ入口付近で、ツカサはケイイチロウやサクヤに目くばせした。
「増援を待っている時間はないわね。突入するわよ」
「ああ」
「いつでも行けます!」
実は、この間のカードショップでの一件で「あのやばいコスプレイヤーは超次元生命体に違いない」と確信していた百合・BLレンジャーは、密かに都内のトレカ取り扱い店舗へ警戒態勢を敷いていたのである。
で、「やばいコスプレイヤーがまた出た」との通報が今さっき入り、BL警察の三人が先行して現着したというわけだった。やはり、フィリーレン一行が店に入って「朱に交われば赤くなる魔法」の効力が失われた時点で、通報されるのは時間の問題だったろう。
「動くな! BL警察だ!」
ケイイチロウを先頭に、店内へ踏み込む。奥のストレージコーナーが騒然としているのに気づき、三人はそちらへ走った。見れば、例のやばいコスプレイヤーたちがいる。棚が倒れているし、もしかしたら何か揉め事を起こしたのかもしれない。
「あんたたち、超次元生命体でしょ? 一体、何の目的で人間界のカードショップ巡りなんてしてるわけ?」
ツカサにエックスチューナーの銃口を向けられても、フィリーレンは平然としていた。五分前まで、カードの山に上半身を埋めていたとは思えないほどである。
「……BL警察? そうか、君たちがBLレンジャーなんだね。渡りに船というか、棚からぼたもちというか。」
質問にはすぐに答えず、エルフの魔法使いは淡々と述べた。
「私は葬送のフィリーレン。趣味は原典集めだよ。今日ここに来たのも、その一環なんだよね。」
「え? 何でカードショップに来ることが原典集めに繋がるわけ??」
「私は可能性の話をしている。……今回は収穫なしだったけどね。」
ちょっとしょんぼりしたフィリーレン。
「ともかく、人間たちに危害を加えるつもりはないから、それだけは分かってほしいな。」
彼女に続き、連れも簡単に名乗った。
「俺は一匹狼、露鬼だ」
「クヴァルと言います。どうぞよろしく」
「お、おう」
引き気味にケイイチロウが頷く。
「お前たちの目的が原典の収集であることは理解した。だが、どうして俺たちに出くわすことが『渡りに船』だとか『棚からぼたもち』だとかになるんだ。まさか、百合・BLレンジャーを倒して原典を強奪しようとか考えているんじゃないだろうな?」
「違うよ。私はただ、君たちならレジスタンスの拠点の場所を知っているんじゃないかと思っただけ。」
「レジスタンスの……?」
「うん。私たち、訳あってレジスタンスに合流したいんだけど、肝心の拠点の場所が分からないんだよね。今まであちこち巡って聞き込みをしたけど、なかなか情報が手に入らなくて。」