1 流星のツンデレプタ
オープンから二週間ほどが経過したオメガ珈琲湘南店では、新しい試みが行われていた。
人間という生き物は、すぐ刺激に慣れてしまう。話題性を失うことなく、常にフレッシュな何かをお客様へ提供できなければ、店の売上は徐々に低迷する――というのが、久保社長の考えだった。社長直々の指令を受け、裕介は再び、地獄の新メニュー開発に勤しんでいた。
「とは言ったものなあ」
開店前。従業員以外誰もいない、静かな店内。
裕介と美明日は事務所兼休憩室でデスクを囲み、頭を抱えていた。
「『オメガ珈琲シルバーと超次元ライダー来部が在籍している店』ってだけで話題性十分なのに、新メニュー作らなくてもいいような気はするぜ。実際、売上もいい感じだろ?」
「同感だけど、社長命令なら仕方ないじゃない。何か考えないと」
「俺を誰だと思ってる。以前新メニュー開発を命じられたとき、『オメガ珈琲シルバーゼリー』とかいうネーミングセンスの欠片もないゼリーを作った男だぞ。向いてねえんだよ、こういうの」
ごく普通の珈琲ゼリーで、全く話題にならないまま販売終了した、いわくつきのあれである。オメガ珈琲の黒歴史と言っても過言ではない。
「大丈夫よ。今回は私もついているじゃない」
にっこり微笑み、美明日は恋人の手を取った。
「一緒に頑張りましょう、早川君。さっそくだけど、『オメガ珈琲シルバーフロート』というのはどうかしら」
「俺が言うのも何だけど、ネーミングセンスの欠片もねえなオイ⁉」
裕介のツッコミをスルーして、大教授美明日はメモ用紙とボールペンを手に取った。サラサラとイラストを描き、アイデアを説明していく。
「オメガ珈琲シルバーゼリーが失敗したのは、本当にただの珈琲ゼリーだったからよ。今回のオメガ珈琲シルバーフロートは、味は普通の珈琲フロートにするけれど、見た目を変えるわ」
「……で、何なんだこれは」
「トンボよ。可愛いでしょ」
美明日が描いたのは、トンボが羽を震わせて飛んでいる絵だった。どうやら、珈琲フロートを入れるプラスチック製カップにこのイラストを印字し、特別感を出すらしい。
「こっちのは何だ?」
「トランプの絵柄も付けようと思って。♡の4よ」
「何というか……独特だな」
トンボとトランプってどういう組み合わせなんだろうと、裕介は首を傾げた。まあ、トンボにヤンキーとか狸とか蛸とかを合わせても変だし、トンボに合うものを選ぶのは意外と難しい気はするけども。変なのを合わせたら「このスカポンタヌキ! タコメンチ!」とかってクレームが入りそう。
「大体、オメガ珈琲シルバーとトンボやトランプって何の関係もなくないか? 謎すぎるだろ」
「甘いわね、早川君。人間という生き物は、瞬時に理解できてしまうものへの興味は長続きしないけれど、理解するのに時間がかかるものへの興味は持続する傾向にあるの。つまり、謎めいていた方が逆に集客に繋がるのよ!」
「初めて聞いたぞ、そんな学説」
確かに、考察しがいのある漫画と全然ない漫画とでは、前者の方が連載終了後も話題になることは多いかもしれない。かといって理解に時間がかかりすぎても読者が離れていくから、バランスを取ることが重要なのだろう。
「とにかく、私の考えるオメガ珈琲シルバーフロートは、カップのデザインの芸術性で売り出すわ。綺麗なイラストで女性客を集めて、SNSに上げてもらってさらに集客アップよ!」
「すげえもっともらしいこと言ってるけど、それ別に珈琲フロートである必要性なくないか……?」
たとえば、通常のコーヒーカップのデザインを期間限定でお洒落なものに変えるとか、やり方はいくらでもありそうに思える。
とは言え他に良いアイデアもないので、二人はコーヒーフロートについて深掘りしていった。
「通常サイズと大きめサイズを作ろうぜ。で、大きめサイズはクリームの量をドカッと増やす。スプーンでクリームをすくって食べると、下に隠れている氷が微かに混ざって、甘くてシャリシャリして美味。こんな感じでいこう」
「せっかくメニュー名に『シルバー』と付いてるんだから、食用の銀箔をふりかけてみるのはどう?」
「悪くない案だけど、銀箔の発注でコストがかかりすぎないようにしないとな。商品価格が上がりすぎると、必然的に客数は落ちる」
そのとき、不意にデスクの上の電話が鳴った。慣れた手つきで受話器を取る裕介。
「お電話ありがとうございます、オメガ珈琲湘南店です」
『――オメガ珈琲シルバーだな?』
相手は低い声で問うた。
返答を聞くまでもなく、察しているようである。裕介が答えようとしたのを遮り、続ける。
『お前を倒すためにわざわざ名古屋まで赴いてやったのに、どこにもいないではないか。仕方がないから、オメガ珈琲の社長を尋問して居場所と連絡先を聞き出した。悪く思うなよ』
「社長を尋問、だと……?」
受話器を持つ手が震えた。一体、電話口の向こうにいるのは誰なのだ。どうしてそんなひどいことをするのだ。
『来てはダメだ、早川君!』
微かに、だが確かに、久保社長の叫びが耳に届く。
『これは罠だ。奴らは、君たち百合・BLレンジャーを倒そうと画策しているに違いない。私のことはいい、名古屋まで来てはいけない!』
『チッ、少し目を離せばうるさく吠えおって。余計なことをするな!』
鈍い打撃音と、久保社長の呻き声が響く。いてもたってもいられなくなり、裕介は受話器に向かって「てめえッ!」と叫んだ。
「俺を倒したいなら、俺だけを狙え。周りの人間を巻き込むんじゃねえよ。待ってろ、すぐに珈琲ライナーと来部ファイヤーで名古屋に行く!」
『ハッハッハ。良い心がけだ』
相手は豪快に笑い、ようやく自身の名を告げた。
『俺は「流星のツンデレプタ」。忘れるなよ。命乞いをするとき、必要になるからな!』
今回、ご迷惑をおかけした作品
・ゴセイジャー