三日後。
ゲートを人間界に繋ぎ、チュパカプラの濡レドランは日本の神奈川県へ降り立った。
といっても、裕介と美明日が住む湘南エリアではない。周囲を山に囲まれた、閑静な盆地である。具体的には、秦野市内。
住宅街と山の境目付近に現れた濡レドランは、「Ⅼサイズの箱」を両手で抱えていた。その蓋をおもむろに数センチずらすと、二つの影が箱から吐き出された。
「ぶはあ⁉」
舗装されていない地面へ無様に倒れ、クヴァルと露鬼は苦しそうに咳き込んだ。彼らを冷徹に見つめ、濡レドランは素早くカードを投げつける。
「お前たちはもう用済みです。殺しはしませんが、原典は頂きますよ」
「うっ」
「な、何を……」
反応する間もなく、カードは二人が持つ原典をそれぞれ一つずつ吸収、封印してのけた。どういう仕組みなのか、自動的に濡レドランの手元へ舞い戻っていく。
「何のつもりだ。俺たちを封印するんじゃなかったのか」
息を荒げ、露鬼が問うた。
彼は「ロシュシルバー」の原典を奪われ、黒い狼の鎧を纏った姿にしかなれなくなっている。クヴァルも「腐敗の賢老」の異名を持つ魔族の原典を失い、魔法の使えないただの機械怪人へ成り下がってしまった。
「Ⅼサイズの箱は、原作において偽物とすり替えられたこともあるのですよ」と濡レドラン。
「偽物もそれらしい機能を発揮しますが、しばらく使うと壊れてしまう。Ⅼサイズの箱も同様です。その性質上、一定以上の質量を吸い込むと故障し、中身をすべて吐き出してしまいます」
「私たちも箱の故障で吐き出された、というわけではなさそうですね」
傷一つ付いていない円筒形の箱を一瞥し、電球頭の怪人が呟く。
「吸い込みすぎて故障する前に、適宜、中身を捨てておく必要があったのです」
濡レドランは意地の悪い笑みを浮かべた。
「もっとも私としては、一番厄介なヤンデレキラーさえ封印できていれば、あとはどうでも良かった。だから、手始めにお前たちを解放したんですよ。ついでに、私の最終目的のために原典も頂きました」
ちなみに、と補足する。
「解放する場所に人間界の田舎を選んだのは、貴族用ゲートを使えないお前たちが、超次元界へ帰りづらくするためです。原典を奪って大幅に弱体化させたとはいえ、すぐにレジスタンスの連中と合流されるとそれはそれで面倒ですからね」
「……一つ、質問していいか?」
露鬼が膝を突き、ゆっくりと立ち上がる。
「お前は原典回収用のカードを持っているようだ。だったら、それを部下にも配れば良かったんじゃないか? そうしたら、むやみに命を奪わずとも原典だけを奪えただろうに」
「私の軍門に下っている雑魚どもは皆、百合・BLレンジャーや超次元生命体を恨んでいる。復讐の機会を、今か今かと待っているのです。奴らに『無駄な殺生はせずに原典だけ奪ってきなさい』と命令したところで、首を縦に振るとでも?」
小馬鹿にしたように、濡レドランは肩をすくめた。
「大体、私は部下を誰一人として信頼してはいない。万が一にも誰かが私を裏切り、私に対して原典回収用カードを使ってくるようなことがあっては大変ではないですか」
「信頼関係ゼロかよ」
露鬼が鼻で笑った。
「一匹狼の俺が言うのも何だが、お前、組織のリーダーをやるのには向いてないんじゃないのか?」
「ある人が言った。『上に立つ者は、下の者の気持ちは汲んでも顔色を窺ってはいけない』と。だが、私の考えは違う。部下は使い捨ての駒。気持ちなど、知ったことではない。役目を終えたら捨てるだけですよ」
フレッドを巨大化させ、口封じしただけのことはある。どこまでも外道な男だった。
「さて、無駄話はこれくらいにしましょうか。繰り返しますが、もうお前たちに用はない。あとはどこへでも消えて……」
『テレポート・ナウ!』
と、そこへフィリーレンが颯爽と駆けつけた。露鬼とクヴァルを庇うように立ち、杖を構える。
「ちょっと姿が変わったみたいだけど、邪悪そうな心は変わりがないみたいだね。」
「余計なお世話ですよ。それより、なぜここが分かった?」
さすがの濡レドランも意表を突かれたらしく、後ずさりながら低い声で言った。
「クヴァルの魔力を察知して、急いで来たんだよ。真昼間からこんな辺鄙な場所にいるってことは、きっと何かあったんだろうと思ってね。」
「ええ、ありましたとも。そこの二人の原典は、たった今私が頂きましたよ」
ひらひらとカードを振ってみせ、青の怪人は笑う。
「……どうして、奪ったの。」
表情こそ変わっていないが、たぶんエルフの魔法使いはぷんすか怒っているのだろうと思われる。杖を握る手に力が入った。
「あまり被害者面をしないでもらおうか、フィリーレン」
一方、濡レドランはカードをそそくさとどこかへしまい、腕組みをした。
「元々、原典は誰のものでもないはずですよ。たまたま、そこにいる雑魚二名がイメージを定着させただけです。私はそれを回収し、より有意義に活用しようとしているに過ぎない」
「でも、その原典がなければ、クヴァルは大好きな魔法を扱えない。露鬼だって、鎧を脱いで身軽な姿で戦うことはできないじゃないか。お前は、二人の体の一部と言っても過言ではない、大切なものを取り上げたんだよ。いわば、アイデンティティを剥奪したんだ。」
短い間ではあったけれど、一緒に旅をした仲間だ。彼らの無念を晴らすべく、フィリーレンは燃えていた。
「原典を失えば、アイデンティティも失うとでも? 愚かな。原典など所詮は借り物の力、己の所有物ではない。なのに、なぜそこまでして原典の所持にこだわるのです」
「確かに借り物だね。」
小さく息を吐き出し、魔法使いは言った。
「けれど、原典のパワーを借りることを選んだのは他でもない、クヴァルと露鬼自身だ。濡レドラン。私はお前を許さない。」