「ツカサ、ちょっといいか」
休憩室を出ると、いきなりナオヤに腕をぐいと引っ張られたものだからびっくりした。ひょっとして、婚活を再開したのかしら。いや、まさかね。
「わわっ」
どうやらナオヤは、さっきの話を立ち聞きしていたらしい。本人曰く「たまたま通りかかったら話し声が聞こえた」そうだ。
「な、何なのよ、一体。もしかして、話し合いに加えてもらえなかったのが悔しいの? 実力があるとはいえ一応まだ新人なんだから、その辺は我慢しなさいよね」
「別に悔しくはないさ」
ナオヤはふてくされてみせ、それからようやく本題に入った。
「……あのピュアッシュマンとかいう連中、どうも胡散臭い。気をつけた方が良いかもしれないぞ」
「そうかしら。嘘をついているようには見えなかったわよ」
「たとえ本人には嘘をついている自覚がなくても、誰かに誤った情報を吹き込まれていたり、催眠術のようなものをかけられていたりすれば話は別だ。父さんは――次元大魔王はあらゆる術を使える。警戒するに越したことはない」
それに、と彼は声をひそめた。
「高次元の世界に俺がいた頃、地球人が誘拐されてきたというような噂は聞いたことがないんだ。あの若者たち、本当に俺たちの世界で暮らしていたのか?」
「ナオヤくんにも知らされていない、極秘のプロジェクトだったのかも」
「不審な点はまだある。仮に監視の目をくぐり抜けて彼らが脱走できたのだとしても、次元の壁を越えるのは容易ではなかったはずだ。どうやって地球に来た?」
「言われてみれば、変ね」
ツカサはナオヤと顔を寄せ合い、眉をひそめた。
「ナオヤくんがこっちに来たのは、魔王自らの手で追放されたからでしょ? ジンさんたちもそういう処罰を受けたんだってことは……ないわよね」
「とにかく様子を見よう。怪しい点があれば、百合レンジャーにも知らせる」
「了解よ」
二人は軽く頷いた。ピュアッシュマンの正体が気になりすぎて、ロリーニンジャーとBLACON・RXの対決の行方は記憶の片隅に追いやられてしまっていた。
ナオヤは疑っていたが、彼らの言い分を信じるなら、ピュアッシュマンの五人は実に二十年ぶりに地球へやって来たことになる。二十年もすれば街の様子はすっかり様変わりしているし、そもそも二十年前の彼らはほんの子供だったのだから、地球で過ごした記憶はあまり鮮明に残っていない。
見るものすべてが新鮮であるかのように、ジンたちは繁華街を歩きながら目を輝かせていた。
「あの金属の塊は何ですか。とても速く走っていますね」
「自動車です」
「自動車? 自動車って、どういうものなんですか?」
「ええと……」
ジンに興味津々に尋ねられて、ツカサは少々考え込んでしまった。一体、どう説明すればいいのだろう? 自動車は自動車だ。
晴れて仲間に加わったピュアッシュマンを連れて、彼女はメビウスタウンの案内をしに来ている。「共に戦うにあたって、地球という星の基本情報を知っておいてもらわないと、いざというときに困るだろう」とケイイチロウが判断したからだ。
そのケイイチロウもサクヤも、今日は別の仕事に追われている。代わりに、ツカサの相方ということで、警察の一員ではないがカイリが付き添っていた。
「自動車ってのは、原動機の動力によって車輪を回転させ、軌条や架線を用いずに路上を走るもののことだぜ」
「さすが、あたしの相棒! ……って、ネットで検索したんかいっ! スマホをガン見しながらすらすら説明してるんじゃないわよ!」
「いいじゃん。文明の利器を使って何が悪いんだよ」
毎度のように二人が言い争っていると、サラとルーが矢継ぎ早に質問してきた。
「その、すまあとふぉん? という物は、一体何ですか?」
「ねっととは、網のことでしょうか? 網を辞書の代わりにするのですか?」
「あー、もうっ! あんたがスマホに頼るから、ジンさんたちの質問が増えちゃったじゃない!」
「何だよ。お前が答えられなかったから、仕方なく俺が調べてやったのによ」
「あたしのせいなの⁉」
と、まあ、やることなすこと全部裏目に出てしまった結果、ツカサとカイリは一時間近く質問攻めにされた。
へとへとになった二人がジンたちを連れて最後に立ち寄ったのは、メビウスタウンで一番大きな書店だった。ここには百合やBLの本も多く置かれているため、一般人に見せるのがためらわれて後回しになっていたのだ。
「ここは本屋さんよ。色々な本を売っているわ」
「へえ、すごいや! 俺、この本貰うね」
料理の本を手に取って意気揚々と店を出ようとしたブンを、ツカサは慌てて止めなければならなかった。
「だ、ダメよ! 向こうではどうだったか知らないけど、こっちの世界では、物を買うときはお金を払わなきゃいけないの」
「そうなのか。じゃあ、働いてお金を貯めなきゃなあ」
がっかりして本を棚に戻すブン。「ところでお金って何?」とさらに聞かれて面倒だったので、ツカサは「人生で三番目くらいに大切な物よ」と答えておいた。一番と二番は愛と友情だろうか。
他の四人も思い思いのコーナーへ散っていき、色々な本を眺める。ほどなくして、ダイが百合の本を、ルーがBLの本を見つけてしまった。
「何だろう、これ」
「男の人同士がやけに接近しているけど、どういうジャンルなのかしら?」
だが、二人は本の中身を読むことができなかった。表紙に触れた瞬間、電気ショックが生じて吹き飛ばされてしまったからだ。
「ちょっと、大丈夫⁉」
ブンが万引きしかけたと思ったら、次はダイとルーが謎の現象で倒れた。ツカサは頭が痛くなってきた。
カイリと協力して二人を助け起こし、それから怖々と問題の本に近づく。
「気をつけて。高次元生命体か、あるいはそれに操られた人が、本にトラップを仕掛けたのかもしれないわ」
「心配するな。こんなこともあろうかと、感電しないようにゴム手袋を用意してきたぜ」
「用意よすぎない?」
何だかんだ言いつつ、ツカサとカイリはゴム手袋をはめて本に触ってみた。けれども、電気ショックは発生しない。ページをぱらぱらめくって怪しい物が仕込まれていないか探るも、特に何も見当たらなかった。
「どういうこと? あたしたちが触っても、何も起こらないわよ」
「つまり、ピュアッシュマン側に何かしら問題があったのか?」
そう言ってカイリが五人を見やると、ジンがわっと泣き出した。
「すみません。恥ずかしくて、皆さんにはまだ話していませんでしたが、僕たちは特殊体質なんです。今しがた起きたのは、いわゆる『反ピュアッシュ現象』です」
「反ピュアッシュ現象?」
あーあ、とツカサは天を仰いだ。街を案内するだけの簡単な仕事のはずなのに、どうしてこう面倒な事態に巻き込まれるのだろう?