「――待たせたな、同志たちよ」
ゲーミングっぽいゲートで行きついた先は、高次元界。超次元生命体の侵略行為やその後の内紛ですっかり荒廃した土地のところどころに、掘っ立て小屋のように簡素な造りの住居が並んでいる。
「SUNダール様!」
「元・次元七本槍のお帰りだ!」
「よくぞご無事で!」
彼の帰りを今か今かと待っていた高次元の民たちが、小屋から次々に飛び出してきた。皆、嬉しそうな様子だ。中にはまだ幼い子供も混じっている。
全員に共通しているのは、服装がみすぼらしく、食事も満足に取れていないのだろう、やつれていることであった。
しかし、この貧困もじきに終わる。十分な数の原典さえ揃えば、高次元生命体は力と尊厳を取り戻し、超次元生命体にだって決して負けない存在になる。SUNダールはそう信じていた。
「約束通り、LFOのリーダー、濡レドランを一度殺してきた。『Lサイズの箱』という魔道具までは奪えなかったが、奴のストックしていた原典は奪えるだけ奪ってきたぞ。ほら」
真っ先に駆け寄ってきた少年の頭をわしゃわしゃ撫でながら、鮫怪人は優しい声音で言った。
「皆、一列に並んでくれないか。先頭の者から順に一つずつ、濡レドランから巻き上げた原典を渡そうと思う」
列になった民に、一人一枚、原典が封じ込められたカードを分配していく。高次元生命体たちは口々に「ありがとうございます!」と、深く頭を下げた。
戦利品を配り終えると、SUNダールはそそくさと踵を返した。
「……あの、SUNダール様? どちらへ?」
「ああ、少し出かけてくるよ」
不思議そうに声を掛けてきた若い女へ、怪人は首だけで振り向いて応じる。
「何、心配するな。野暮用を済ませてくるだけだ」
再びゲートをくぐり、降り立ったのは超次元界の外れ。この半球状の世界において、最も大きな湖があるエリアだった。
(……濡レドランの復活に時間がかかっている今のうちに、できる限り手を打っておくべきだ)
湖のほぼ中央には、帆を広げた船が浮かんでいる。
(復活した濡レドランは、手持ちの原典を俺にごっそり奪われた状態だ。だから、まず間違いなく、自ら手を下すのではなく部下に命じて俺を殺させようとするだろう)
その船を睨み、SUNダールは湖へと近づいた。
(俺の息がかかっている、高次元生命体からなる派閥を使うのは論外。とすると、濡レドランが使うのは、残り二人の『三英雄』率いる派閥に絞られる)
鮫怪人は忍術を使い、水面を歩いて船へ近づいて行った。
(この際、思い切って二人の三英雄を個別に訪ね、すべての事情を話した上で、俺に味方するか否かを問いただしてみるのはどうだろうか? もし味方してくれれば万々歳。断られれば斬るまでだ。……ま、戦うことになったとしても、いずれ濡レドランの命令で二人がかりで襲ってくるよりは、今の段階で各個撃破しておいた方が遥かにましだろうよ)
今回訪問する相手は、元無貌支持派を束ねているリーダー格。普段はこの湖に船を浮かべ、その中で酒を飲んだり、三味線を弾いたりして、一人で大人しく過ごしていると聞く。SUNダールも直接会ったことはほとんどないが、いわゆる「道楽者」なのでは、というイメージが先行していた。
噂によると、無貌支持派内での序列もかなり下の方だったらしい。仮に戦闘になっても、自分の敵ではないだろう――と、SUNダールは予想していた。
楽観していた、とも言う。
帆船の甲板へ着地したSUNダールは、階段を降りて船内の広場へ向かった。
「……何だ? おめえは」
ちょうど、盃に注いだ酒をぐいと呷ったところだった。胡坐をかいて無防備に座っていた怪人が、ようやく鮫怪人に気づいて顔を上げる。
「どこかで見たことのある顔だな、おめえ」
この船の主は、頭部に六つの眼を持ち、全身を赤と黒の鎧で彩った、荒武者のような姿の男だった。側頭部から横方向へ伸びる二本の角は、蝙蝠の羽を思わせるような色と形をしている。
また、鎧の各部にはお洒落なデザインのタトゥーが彫られていた。
「元・次元七本槍の七の槍、SUNダール参上。貴様が『入墨ドウコク』だな?」
「そうだが」
盃を無造作に放り捨て、入墨ドウコクは腰を上げた。
「で、俺に何の用だ? こう見えて忙しくてな。一時間後には三味線の先生に来ていただいて、レッスンが始まるのだ」
「貴様、そのなりで三味線のレッスンなんか受けてるのか……何というかギャップがすごいな」
「失礼な奴め。俺の演奏の腕前を見ろ!」
どこからか三味線を取り出した入墨は、べんべんべんとノリノリで弾き始めた。
(ベンベンベベン、ベーンベベン! ベンベベベベン、ベーンベベン! ベベベンベンベン・ベンベンベ~ン! 天晴れ!!)
「……おい、今最後だけ『天晴れ』って言っただろう。どこから出てるんだ、その声は」
「フン、聞いて驚け。この特注の『天下御免・三味線』は、Bluetoothスピーカーを内蔵しているのだ。俺の好きなタイミングで、好きなように合いの手でも何でも自由に入れられる!」
「そ、そうか」
「弾いている曲はロック調だし、これなら三味線ではなくエレキギターで演奏した方が雰囲気出るんじゃないかな」とか、「Bluetoothスピーカー内蔵の三味線なんて聞いたことがないぞ」とか、ツッコミどころは非常に多かった。しかしSUNダールは指摘しなかった。こんなしょうもない雑談をしている場合ではないのだ。
なお、人間界にはBluetoothスピーカー内蔵のエレキギターもあるにはあるようだが、それをあえて買うのは相当な変わり者ではないだろうか。やっぱりギターは、アンプに繋いで音を出さなきゃね!
「最近では三味線の先生から、上位モデルへの買い替えも勧められてな。何でも、上手に弾くとマンモス型の巨大メカモンスターを召喚して、ボール射出機能で敵を攻撃できるんだとか。マンモスって、意外と可愛いよな」
「実物を見たことがないので何とも言えんな」
それはもはや三味線ではなく、別の何かだ。何なら立派な武器でさえある。
「……いや、三味線の話をしに来たのではない。そろそろ本題に入らせてくれ」
コホンと咳払いをして、SUNダールが居住まいを正した。
「単刀直入に言うぞ、入墨ドウコク。俺はついさっき、不意を突き、チュパカプラの濡レドランをこの手で殺してきた」
「……何っ?」