荒武者怪人は血相を変えた。三味線をごとりと床に置き、代わりに腰に提げた刀へ手をかける。
「俺の目的は、濡レドランがLFO内で独占していた原典を奪取し、我が故郷、高次元界の貧しい民たちへ分け与えること。そして、超次元生命体に虐げられてきた民たちに力と尊厳を取り戻させることだ。俺は自分が正しいことをしたと信じているし、謝罪するつもりもない」
だが、と鮫怪人は一呼吸置いた。
「俺はあくまで濡レドランを倒したいだけであって、奴の元へ集っている他のLFOメンバーまでも不必要に傷つけるつもりはない。……どうだ、入墨。俺と手を組んで、やがて復活するであろう濡レドランをともに完全撃破してみないか? もし協力してくれるのならば、奴から奪った原典の一部は、貴様にも分けてやるぞ」
「断る」
取り付く島もなく、入墨ドウコクは首を振った。
「なぜだ? よく考えろ、入墨。賢明な選択をするのだ」
予想外のリアクションではあったが、SUNダールはもう少し粘って説得してみた。
「濡レドランの奴は自分が原典をストックするばかりで、なかなか構成員へ分配しようとしない。奴の下で働くよりも、俺についてきた方がきっと高待遇だぞ」
「……待遇云々じゃねえんだよ、おめえ」
苛立ったように呟き、荒武者は二本の刀を抜き放った。
「俺は濡レドランに恩義を感じている。奴についていこうと心を決めて、LFOへ加わった口だ。だから、てめえの誘いには乗れねえなあ!」
六つの眼で鮫怪人を睨み、入墨ドウコクは構えた。
「濡レドランを一回殺したんだってな。なら俺が、おめえのことも叩き切ってやるよ!」
「恩義?」
慌ててこちらも刀を抜きつつ、SUNダールは問うた。
「意外だな。濡レドランめ、情に厚いところもあったのか」
「いや、奴だって色々計算した上で、俺を引き入れた方が都合が良いと判断したんだろうさ。ウィンウィンの関係ってやつだな」
入墨ドウコクは語り始めた。
「俺の所持している原典は、パワーだけならビッグ・ファーストにも引けを取らないほど強力なんだ。ただし、周囲に一定以上の質量の水がないと、戦闘が長引くにつれて皮膚が干からびていき、『水切れ』になる。要するにパワーダウンするわけだな。長時間の戦闘に向かないため、俺は無貌支持派内では実力を評価されなかった」
下位序列だったのは、そういうことらしい。
もしかすると、彼が湖に船を浮かべているのは、周りに水がたくさんある環境で暮らせば水切れの恐れがないからではないか。本当は道楽者ではなく、弱点を補うためにわざとこういう生活をしているのかもしれない。
「だがある日、水切れを起こして苦しんでいた俺を、濡レドランは助けてくれた。ルーカスの死後に回収したという『パーフェクトノックアウト』の原典を使って、ゲームの回復アイテムのようなものを与えてくれたのだ!」
入墨の身の上話を聞いた濡レドランは深く同情し、「お前には高い潜在能力がある」「無貌支持派はお前の真の力を理解していなかったようだが、私なら正当に評価できる。お前ほどの力があれば、組織の幹部クラスになるのも夢ではありませんよ」と、LFOへ加入しないか誘ってきた。
さらに、「この『パーフェクトノックアウト』のように、お前の原典の弱点をカバーできるような原典もきっとあるはずです。私の下に来てくれれば、相性の良いものが見つかり次第、すぐにお渡ししますよ」とも言った。まさに、願ったり叶ったりである。
「……分かるか、SUNダール? 濡レドランはな、今までずっと周囲から評価されてこなかった俺の力を、初めて認めて下さった方なのだ。無貌支持派という居場所を失い、自暴自棄になって暴れていた俺に、支持派よりもずっと素晴らしい、新たな居場所をくれたのだ。濡レドランを殺したおめえには、悪いが手加減できねえぜ!」
「フン。仕方あるまい」
ダメで元々という心持で話を持ち掛けたのだ。交渉決裂も覚悟の上、とSUNダールはあまり動じていない。
「濡レドランめ。高次元生命体である俺のことはぞんざいに扱っていたくせに、相手が潜在能力の高い超次元生命体であれば、コロッと態度を変えるようだな。ますます憎い! 次元忍法・『自在縄』!」
右手で構えた剣で斬りかかると見せかけ、鮫怪人は左手から光の縄を伸ばした。フェイントも立派な戦術。意表を突いた一撃で、荒武者の手首足首を縛り上げてしまった。
「いくら強い力を持っていようとも、身動きを封じられれば無用の長物。このSUNダールが刀の錆びにしてくれるわ!」
高笑いしたSUNダールが、右手の刀を一閃する。しかしその寸前で、入墨ドウコクは動いた。
「……この程度で身動きを封じたつもりか? てめえは」
難なく縄を引きちぎり、脱出。恐るべき反射速度で二刀を振るい、SUNダールの斬撃を受け止めた。さらに刀へ力を込め、鮫怪人の剣を叩き折る。
「ば、馬鹿な⁉」
唖然とし、後ずさるSUNダール。まさか、ここまで強いとは思っていなかったのだろう。ビッグ・ファーストにも引けを取らないというのも、あながち嘘ではなさそうだ。
「どうしたどうしたァ! その程度かSUNダール?」
想像以上だった。攻撃速度も、一撃の威力も、何もかもが。
「俺に勝つんじゃなかったのかよ。ああん?」
「ぐあああっ⁉」
入墨は両手に刀を握り、物凄い速さでSUNダールの懐へ飛び込んできた。目にも止まらぬ速さで続けざまに剣を振るい、鮫怪人の鎧へ無数の切り傷を刻む。鎧から派手に火花を散らし、SUNダールは大きく吹き飛ばされてしまった。
「……チッ。さすがに、湖の上で戦っては分が悪いようだな。貴様には水切れの危険がないのだから。次元忍法・『巨大身の術』!」
ならばと、「日焼けフェチ」性癖のパワーで一点集中させた太陽光を照射し、入墨を怯ませる。同時に新たな術を発動し、鮫怪人は身長数十メートルにまで巨大化した。
甲板を突き破って巨体を現し、湖へジャンプ。そのまま一気に湖を渡り切り、陸に上がったところで等身大へ戻った。
「逃がさん!」
荒武者も大きく跳び上がり、たった一跳びでSUNダールへ追いついた。湖の水から、赤い皮膚に黄色い衣装を身に着けた、頭部に大きな口を持つ戦闘員たちをわらわらと出現させる。
「『名無しの権兵衛』連中、出会え! SUNダールを生きてここから帰すなあ!」