「ふむふむ。そうかい、そうかい」
超次元界の外縁部。半球状の世界から今にも零れ落ちそうな崖っぷちに、彼女の家は建っていた。
「SUNダールには要注意ってことだね。分かったよ、私も気をつけておく」
黒電話の受話器を片手に、三英雄の最後の一人、Bリアン女王――頭部に大きな角やトゲのある、マント付きの独特な衣装を着た中年女性の超次元生命体だ――は言った。高次元生命体でも元・無貌支持派でもない、それ以外の派閥を束ねているはぐれ者である。
なお、こんな辺境へどうやって電話線を引いているのか、なぜ今時黒電話を使っているのかは不明。何か、こだわりがあるのだろうか。それともただ単に、使用している原典の時代背景を踏まえているだけなのか。
「わざわざ連絡ありがとうね、入墨ドウコク。もしSUNダールを見かけたら、すぐに連絡するよ。うん、うん。それじゃあね」
ガチャリと受話器を置くやいなや、Bリアン女王はひょうきんそうな笑顔を浮かべた。
「アッハッハ! 面白いことになってきたねえ~。……ま、SUNダールの始末は入墨に任せるとしよう。私は今のうちに百合・BLレンジャーを倒して手柄を上げ、じきに復活する濡レドラン様に褒めてもらうのさ!」
入墨からの電話に対し、彼女は「SUNダールを見かけたら連絡する」とは言ったものの、「自分もSUNダールを倒すのに協力する」とは一言も言っていない。面倒な仕事は動力に任せて、自分は自分で上司へのポイント稼ぎに奔走するつもりらしい。いい性格をしている。
Bリアン自身、直接的な戦闘よりも部下の怪人の生成・使役に長けたタイプなので、「誰にだって向き不向きはある」と言えば正論っぽく聞こえてしまうのがたちが悪い。
「さあ出ておいで、私の可愛い子よ!」
ウッキウキのBリアンは、いそいそとキッチンへ向かった。冷蔵庫を開け、やたらカラフルな卵を一個取り出す。その卵へ魔力を込めると、あら不思議。卵はみるみる肥大化し、ハンバーガー型の頭部を持つ怪人へと変化したのだった。
左胸には、ケチャップやマスタードの容器を模したような装飾が施されている。
「怪人番号09。焼き立ての『B・ハンバラー』にございます」
「まあ、美味しそう!」
恭しく跪いたB・ハンバラーの、パンでできた頭を撫でてやるBリアン。
「さっそくだけど、私と一緒に人間界へ来てもらうよ。忌々しい百合・BLレンジャーを、原子生物にしてやるのさ!」
二人を包み込むように、カラフルに光るゲートが展開された。
『10円ハンバーガー! 10円ハンバーガーはいかがですか~?』
BL警察本部のすぐ近くの大通りを、移動販売車がゆっくりと走っている。拡声器か何かを使っているのだろう、中年女性の大きな声が響いた。
販売車には、「おいしいおいしい、ホッカホッカのハンバーガー!」「物価に挑戦!」などと書かれたチラシが、たくさん貼りつけられている。が、客のほとんどはそんなことは気にしていないに違いない。何と言っても目を引くのは、「10円ハンバーガー」とでかでか書かれた文字。車内から流れるハープの音色が、人々の食欲をさらに煽る。
車が道に停まるやいなや、大勢のお客さんが移動販売車へ押しかけた。しかし、そこはさすがは日本人と言うべきか、きちんと列になって並んでいる。
「はーい、ありがとうね! 大変人気の商品だからね、お一人様、5個までの販売とさせていただきますよ!」
運転席から降りたコック帽の中年女性が、ラップに包まれたハンバーガーを次々に客へ売っていく。ニコニコして、愛想もいい。
「産地直送の材料を使って、独自の製法で作ってますから、見て下さいこの驚異的なローコスト。世界広しと言えども、10円で買えるハンバーガーはうちの店だけさ!」
その場で調理するのではなく、車内にある調理済み品を出してきて販売するタイプの店なので、回転率は非常に高い。大人から子供まで、やって来たありとあらゆる客層にハンバーガーは売れて行った。
特に、主婦には大人気。「家計が助かるわ」「うち、食べ盛りの息子がいるから、何個か買って行ってあげようかしら」などという声が聞こえる。
「……何だか外が騒がしいわね」
当然である。移動販売車が停まっていたのは、ギリギリBL警察本部の敷地内だったのだから。
窓から外を覗き、ツカサは呟いた。
「10円でハンバーガーが買えるなんて、いくら何でもおかしいわよ。きっと、化学調味料とかドバドバ使ってるに違いないわ」
「しかし、二郎系ラーメンには化学調味料が入っているとよく言われるが、普通のラーメンと比べて物凄くローコストというわけではないだろう。それだけではないんじゃないか」
「ナオヤくん、ハンバーガーとラーメンじゃ原材料がまるで違うわ」
ややズレたことを言い出したナオヤに、二郎系ラーメンを食べたことのないツカサが返す。この高次元生命体、すっかり人間界の食文化に馴染んでいた。
「10円かあ……」
元怪盗のくせに、当たり前のように警察側の建物でくつろいでいる男、カイリ。彼も窓際に立って少し考える素振りを見せたが、やがて「いや」と首を振った。
「あのバーガーを食うのを10回我慢すれば、ハードオンの100円のジャンク品が一個変えるな。俺はそっちの方がいいぜ!」
「どんだけケチなのよあんたは⁉」
この男、下手すると駄菓子すら買うのをケチりかねない。何なら、一袋数十円のもやしを買うのでさえ渋りそうなまである。
「とにかく、あの販売車がきな臭いのは事実だ」とケイイチロウ。
「それに、あの場所は厳密には駐車禁止のはずだな。サクヤ、悪いがちょっと注意してきてくれないか」
「分かりました!」
威勢よく返事をして、サクヤは退室した。大股で歩き、移動販売車へ近づく。他の面々も、窓からその勇姿を見守っていた。
最近寒くなってきたので、室内には暖房が入っている。よって窓は締め切っており、景色は見えても人の話し声などの小さな音は聞こえない。
「あいつ一人に任せて大丈夫なのか?」
「何言ってるのよ、カイリ。彼は真面目で優秀な後輩じゃない!」
サクヤが車の運転席のドアを叩く。コック帽の女性が顔を出した。警察手帳を見せ、注意するサクヤ。軽く頭を下げる女性。
女性が何か言いながら、ハンバーガーを差し出す。断ろうとするサクヤ。女性が彼の手にハンバーガーを押しつけた。サクヤは遠慮しつつも、ハンバーガーを齧った。
「……なあ、あいつ買収されてねえか?」
「……買収されてるわね」
今回、ご迷惑をおかけした作品
・デンジマン