入墨ドウコクに完膚なきまでに叩きのめされ、追い詰められたSUNダールには選択肢がなかった。
Bリアン女王を味方に引き入れることは困難だろう。ならば彼女を先に倒し、目の前の脅威を入墨一人に絞ってしまえば良いかとも考えたが、大量の怪人を生成できる女王を攻略するのは一筋縄ではいかない。「B専」性癖はあまり強力ではないものの、原典由来の一体一体が個性的な超能力を相手にするのは面倒だからだ。
途方に暮れ、入墨に発見、処刑されるのを待つばかりとなったSUNダールは、せめて入墨の弱点を利用することにした。すなわち、拠点を離れると水切れを起こしやすい入墨からは、可能な限り距離を取るのが有効。人間界を放浪することにしたのである。
そこで、偶然にも復活した濡レドランを見つけてしまった。
(記憶をなくしているとは、千載一遇のチャンス。何としてでも濡レドランを騙し、俺の味方に付けてやる。……そして、濡レドランとともに入墨ドウコクを倒す! 恩人の手で倒されることで、今度こそ入墨の奴を絶望の海に沈めてやる!)
腹の底にえげつない魂胆を隠し持ち、鮫怪人は朗らかに語りかけた。
「俺のことは覚えていなくとも、濡レドラン様を一度殺した裏切り者、入墨ドウコクのことは覚えているのではないでしょうか。濡レドラン様が復活する日を待ち望んでおりました。このSUNダールと共に力を合わせ、憎き入墨を討とうではありませんか!」
「すまないが、何も覚えていない」
サイボーグの濡レドランは、申し訳なさそうに謝った。
「だが、お前が悪い奴ではなさそうなことくらいは俺にも分かる。ひとまず温泉でもどうだ」
「……温泉?」
裸の付き合いで親睦を深めよう、とでも言うのだろうか。
「何、心配するな。もう夜も遅い。闇に紛れて露天風呂へ失礼したところで、騒ぎにはなるまい」
すっかり心を許した様子で、歩き出す濡レドラン。記憶をなくす以前の彼ならば、およそ考えられない行動であった。彼は部下とは常に一定の距離感を保ち、必要以上に仲良くなろうとはしなかったはずなのだが。
「はあ」
困惑しつつも、「これも奴を騙し、信頼を得るために必要なことだ」と判断し、SUNダールは付いて行くことにした。
箱根駅から山の方へしばらく登ると、隠れ家的な天然温泉が見えてきた。既に営業終了しているが、濡レドランはお構いなしに柵を乗り越える。SUNダールもそれに続いた。
屋内に入るには鍵のかかったガラス戸を破らねばならず、そうすれば警備会社か何かが飛んできて面倒なことになる。したがって、今夜は露天風呂だけで我慢することにした――勝手に押し入って来て、我慢も何もない気はするけども。
「こう見えて、俺のボディーには防水加工が施されていてな」
誇らしげに説明し、濡レドランはその辺に転がっていた風呂桶でざばっと掛け湯をした。そして露天風呂へゆっくりと浸かる。営業が終わってからさほど時間が経っていないのか、お湯はまだ張られている。
「ほら、SUNダールも早く来い」
「ああ」
同様に掛け湯をしようとして、鮫怪人ははたと思いとどまった。
(俺は今、鎧を着ている。……いや、鎧が濡れるのは別に構わん。その中に隠し持っているカード類が濡れてはまずいのだ)
カード類とは、もちろん人間界のクレカではない。チュパカプラの濡レドランを殺害した際に彼から奪い取った、原典が封じられたカードの束だ。高次元界の同志たちへ一人一枚ずつ配ってもなお余った分は、SUNダール自身が保管していたのである。
「失礼」と呟き、SUNダールは鎧を脱いだ。内ポケットに収納しているカードが濡れることのないよう、露天風呂からなるべく遠い位置へそれを置く。
彼の一連の動作を、濡レドランは不審そうに眺めていた。しかし、あえて何も言わなかった。
「……ぬるいな」
ようやく風呂へ浸かった鮫怪人は、足先が湯に触れた瞬間に呟いた。お湯はだいぶ冷めていて、とてもじゃないが冬の夜にまったりと浸かっていいレベルの温度ではなかった。
「濡レドラン様、よくこのぬるさで浸かっていられますね」
「俺はサイボーグだからな。お前たち普通の生物よりも、温度変化に鈍感らしい」
気持ち良さそうに四肢を伸ばしている機械怪人を前に、SUNダールは「もはやこれ以上のご機嫌取りは苦痛を伴う」と悟ることとなった。足を引っ込め、そそくさと上がろうとする。
「すみませんが、俺はもう出ますよ。風邪を引いてしまいそうだ」
「まあまあ、そう言うな」
濡レドランの青い眼が光ったように見えた。
「水風呂と比べれば遥かにましだろう。もう少し浸かって行け」
「いや、しかし」
遠慮するSUNダールへ、濡レドランはにこやかに微笑みながら近づいた。そして出し抜けに笑みを消し、どすの効いた声で言う。
「――浸かれ」
「うわっ⁉」
濡レドランに背中を突き飛ばされ、SUNダールはバランスを崩した。頭から倒れ込むようにして、露天風呂へダイブしてしまう。
「ぶはっ。い、いきなり何をする⁉」
「……クックック。ハハハハハッ!」
ぬるま湯から顔を出した鮫怪人を見下ろし、サイボーグの濡レドランは心底面白そうに笑った。
「なるほど、そういうことか。すべて私の計画通りだ」
一人称が「俺」から「私」に戻っている。邪悪な本性も復活していた。
「大方、『記憶を取り戻した濡レドランが、新型ゲートの特性によって自分の位置を特定するようなことがあれば絶体絶命。だからその前に手を打とう』とでも考えたのだろうが……謀略で私に勝てると思うなよ、SUNダール!」
「まさか、記憶を取り戻したのか。しかし、一体どうやって⁉」
わけも分からずに風呂の中で後ずさるSUNダールへ、濡レドランは得意満面で種明かしをしてやった。
「私の性癖『ウェット』には、水に濡れている対象を透視する能力がある。そして私の場合、透視というのは、空港の手荷物検査のように所持品をチェックするだけではない。相手の心を覗くこともできるのだ」