「どういうことだ。おめえ、俺の実力を評価してるんじゃなかったのか⁉」
原典を奪われかけている荒武者に、先刻までの力や勢いはない。
「あんなもの、嘘に決まっている」
対する濡ラジラは、残忍な微笑みをたたえていた。
「確かにお前は用心棒としては使えるが、使い勝手が悪すぎるからな。私がお前をLFOへ引き入れたのは、お前の所持する原典が欲しかったからだ!」
「何っ⁉」
だから濡ラジラだけはやめとけって言ったのに。裕介は内心、ため息をついた。
「お前の原典は、私のものと親和性がある。吸収すれば、私は外伝作品のみに登場する新形態を獲得し、万が一『救世主の濡ラジラ』の状態で倒されたときのために保険をかけることができる」
つまり、入墨ドウコクの原典を奪うことができれば、復活可能な回数が一回分増えるということか。なるほど、一人の犠牲で人生をもう一回分やり直せるのなら、犠牲を出したくなる気持ちも分からなくはない――実際に、それを実行に移すかどうかは別として。普通の人間は理性を働かせ、そんな誘惑には屈しないのだ。
けれども、天使の顔をしたこの悪魔は、自分の利益のためなら他者を平気で蹴落とす。
「だが入墨、お前は水切れを恐れてめったに人前に姿を現さない上、腕っぷしだけは異常に強い。したがって、直接対決によって原典を奪うのは難しいと思われた。……だから私は待っていたのだ。お前との間に築いた偽りの友情が、長く閉ざされていたお前の心を開き、虚無の総量を減らすときをな!」
カードはもはや赤黒く染まり、ほぼ完全に入墨の原典を吸収し終えていた。
「原典の定着度が下がっている今なら、お前ごとき、簡単に原典を回収して粛清できる。今までご苦労だったな。LFO三英雄が一人、入墨ドウコクよ」
やがて吸収が完了し、カードは自動で濡ラジラの手元へ戻った。原典由来の姿が維持できなくなり、ほどなくして入墨はおぼろげな光の塊へと姿を変える。
「……俺たちの友情が偽りだと⁉ 馬鹿な。おめえ、さっきだって俺にタトゥーを彫らせてくれたじゃねえか!」
いまだ現実を受け入れられずにいる元・荒武者を、濡ラジラは嘲笑した。
「お前を騙すための必要経費だよ。もっとも、翼の羽が生え変われば、あんなタトゥーなどすぐに消えるがな!」
天使の翼が再び光を集め、哀れな超次元生命体目がけてその奔流を放つ。
「入墨ドウコク。お前は裏切り者のSUNダールを排除するのに一役買い、私が戦隊に苦戦したときは助太刀してくれた。素晴らしい働きだったよ。だからもう、用済みだ」
「う、嘘だ。嘘だあああああっ⁉」
逃げようとした入墨だったが、濡ラジラの広範囲攻撃から逃れることは不可能。破壊光線をもろに喰らい、爆散してしまった。
「救世主の濡ラジラ……」
イカーショク、シューダッコに続いて、幹部級の入墨ドウコクまで処刑した濡ラジラ。あまりにも極悪な所業に、裕介は怒りを爆発させた。残っている力を振り絞り、立ち上がる。
「てめえみたいな奴は、絶対に許さない。俺たちが必ず倒す?」
「倒すだと? 満身創痍で、立つのもやっとな今のお前たちに、何ができると言うのだ」
宣言通り百合・BLレンジャーへとどめを差すべく、濡ラジラは翼を輝かせた。
「言っておくが、援軍は期待するだけ無駄だぞ。イセイナイトをはじめとする主力級は、先日、私自ら潰してきた。唯一、葬送のフィリーレンにだけはテレポート魔法で逃げられたが、他の連中の原典は回収済み。お前たちの敗北は確定しているのだ!」
入墨ドウコクを葬ったのと同じ、眩い光線の嵐が放たれる。オメガ珈琲シルバーたちは、絶体絶命のピンチに陥った。
そのとき、濡ラジラと百合・BLレンジャーの間に、新たな影が現れた。影は防御魔法を展開し、白く大きな魔法陣によって濡ラジラの光線を防ぎきった。
「噂をすれば、か」
忌々しげに呟いた堕天使へ、乱入者のエルフは魔法の杖を向けて言う。
「――私が、最後の希望だ。」
それまでは木陰から戦況を見守っていた美明日だったが、フィリーレンの登場を見るやいなや、ぽんと手を叩いた。
(そうだ。確かフィリーレンって『スコポフィリー』性癖持ちで、他人が脱衣するのを見るたびに技の発動速度が上がるのよね。ということは……)
ついに自分たちが活躍できるチャンスが来たのかもしれない。
「ネトル」
自分の半身へ呼びかけ、美明日は再び彼女と分離した。まだ快感の余韻に浸ってふらついている相棒の肩を抱き、囁く。
「たとえ変身して戦うのが困難な状態でも、私たちにできることが見つかったわ! フィリーレンの近くへ走って行って、服を脱ぎ捨てるわよ!」
「嫌よ!!」
美明日と同じ顔、同じ服の相方は、断固拒否した。
「何で私たちがそんなことをしなきゃならないのよ。大体あなただって、さっきは『早川君、見ないでっ』って恥じらってたじゃない!」
「状況が変わったのよ。私たちが恥をかくことで濡ラジラを倒せるのなら、私は喜んで脱ぐわ!」
「だからって私を巻き込まないでくれる⁉」
「二人で脱いだ方が、スコポフィリー性癖の効果は上がると思うけれど」
そうして、美明日は自分の考えを説明した。
「いい? よく聞いて。濡ラジラは大量の原典を所持している。入墨ドウコクを倒したことで彼の原典をも手中に収めたから、まだ復活の余地を残してる。完全に倒すのは簡単じゃないわ。でも、濡ラジラが復活できるのはあくまで、死の直前に入墨ドウコクの原典を使用できれば、の話のはず。フィリーレンの攻撃速度を限界まで上げて、原典を使う余裕すら与えずに倒すことができれば、二度と復活させないことも可能だと思うわ」
「り、理論上はそうかもしれないけど……」
羞恥心を捨てきれずにいるネトル。彼女の肩を揺すり、美明日は力説した。
「これは、一時的に戦線離脱している私たちにしかできないことなのよ。今戦っている戦隊メンバーが、急に変身解除して服を脱ぎ始めたりしたら、それこそ自殺行為。敵に背中を見せるも同然でしょ? 今脱げるのは、私たちしかいないわ。私たちが犠牲になれば、勝てるかもしれないのよ!」
「犠牲?」
ネトルが顔をしかめる。
「濡ラジラの奴、他の二体の天使を殺して能力を奪ったとか言ってたわよね。それにイカーショクをはじめ、大勢の部下を切り捨ててる。犠牲を出し続けて戦う外道を非難しながら、私たち自身も犠牲を出して勝利を収めるというの? それじゃ結局、やっていることは濡ラジラと大して変わらないじゃない」
「いや大違いでしょ! 私たちが脱いでも別に死ぬわけじゃないけど、彼は何人も殺してるわ」
「……死ななかったら、何をしてもいいと思ってるわけ?」
美明日の手を払い除け、相棒は「やれやれ」と吐息を漏らした。
「私は色々あって美明日と一心同体になっちゃった身だけど、こんなんでも一応、あなたと早川裕介の将来を応援しているつもりなのよ。もしここであなたが脱いで、あられもない姿になったら、彼はどう思うかしらね。最悪、将来に悪影響が出たりして?」
「そ、それは……」
一番まずいのは、思い切って脱いだにもかかわらず、フィリーレンが濡ラジラに勝てなかった場合だ。黒歴史オブ黒歴史になりかねない。俯き、迷うように目を泳がせる美明日。
すぐ側の茂みに隠れ、二人のやり取りを聞いていたサヤは、何やら覚悟を決めたらしい。「よしっ」と独り言ちると、ヒョウガの元へひた走った。
「……さ、サヤさん⁉ 危ないから隠れていてって言いましたよね??」
困惑している零騎士を上目遣いに見て、狐目の年上美女は瞳を潤ませた。頬がほんのり赤い。
「ほ、ほんまは恥ずかしいけど……ヒョウガくんたちを勝たせるためになら、うち、脱いでもええよ?」
「ダメです! サヤさんを痴女にするわけにはいきません!!」
もこもこした上着を脱ぎ、セーターを脱ごうと手を掛けた彼女を、ヒョウガは慌てて制止した。きっとマスクの下は真っ赤になっていることだろう。