1 ゼロ度の推測
分譲バイオレットの乱入でちょっとした騒ぎになった忘年会も終わり、無事に年が明けた。
「いらっしゃいませ~! 何名様ですか?」
トウマとウミカが営んでいるレストランの、新年初営業日。それが今日だった。
まずはウエイトレスであるウミカが笑顔で接客し、お客様をスムーズに席へとご案内する。オーダーが入ると、トウマが厨房で美味い料理をサッと作り、ウミカがテーブル席まで運んで提供。そういう流れになっている。
「二名様ですね~。あちらのお席へどうぞ!」
しかし、年始ということもあってか人手不足だった。学生バイトはほぼ出勤できなくなっており、代わりにカイリが手伝いに来ている。
「オーダー入りましたっ! トウマ、日替わりランチ二つお願い!」
「了解だ」
いつも通り、てきぱき働いているウミカとトウマ。そんな中カイリは、別に料理ができるわけでもないので皿洗いの真っ最中だった。
「あっ、ハンバーグ定食も追加で!」
「任せろ」
なお、このレストランは当初、フレンチを提供する店だった。が、時々手伝いに来るカイリ(この頃はホールも担当していた)が「メニュー名がカタカナばっかりな上に長ったらしくて覚えられない」と言い出したため、徐々に和食も増やしていった。結果、現在では普通の定食屋さんみたくなっている。外観はいかにも洒落たカフェという感じなだけに、何だかちぐはぐな印象を受ける。
黙々と皿洗いをするのに飽きてきたカイリが、「なあ」とトウマに声を掛けた。
「濡ラジラの奴って確か、『海の創造を担う天使と大地の創造を担う天使を殺して、その力を奪った』みたいなこと言ってたよな」
「それがどうかしたのか」
トントンとリズミカルに野菜を切りながら、トウマが応じる。
「あれってさ、よくよく考えると変だよな。だって、どうやって力を奪ったんだ?」
「濡ラジラのことだ。俺たちに対して原典封印のカードを投げつけようとしたみたいに、対象の異能を奪うアイテムでも造ったんじゃないのか?」
「そんな便利なものがあったなら、何で俺たちに使わないんだよ?」
カイリに指摘され、トウマは一瞬手を止めた。
確かに彼の言う通りだった。濡ラジラは零騎士の「年上好き」性癖を警戒し、メラ・メロンパンをぶつけてあからさまにメタっていたではないか。
それだけではない。ネトルの精神干渉能力を脅威に思っている節もあったし、何より百合・BLレンジャーが性癖のパワーで攻撃力を倍増させたときだって、特殊な対抗手段を用いてはこなかった。原典封印カードを使う他は、完全態で力任せに戦っていた。
「……一理あるな。とすると、あれか? まさかとは思うが、ゼニスみたく、二体の天使を体内に閉じ込めた状態でその力を引き出していたとか?」
「いや、もしそうなら、濡ラジラが一度倒された時点で天使たちは解放されていたはずだ。完全態でも他の天使の力を使えるのはおかしいぜ」
「あるいは、濡ラジラと二体の天使の魂は結びついていた、とする説はどうだろう。彼らの魂は融合し、いわば運命共同体となっていた。一緒に死と再生を繰り返していたんだ」
融合させられた天使たちからすれば悪夢のような説を打ち出したトウマに、カイリは苦笑した。
「さすがに考えすぎだと思うぜ! ハハハハ!」
「ハハッ」
さあ仕事に戻ろうとしたそのとき、カイリは手を滑らせた。お皿が一枚落下し、「ガキガキガキガキ・ガッキーン!!」と派手な音を立てて割れる。
「もー! カイリ、何やってるの!」
破砕音は客席にまで轟いたらしい。ぷんすか怒ったウエイトレスが一名、厨房へ飛び込んできた。
「またお皿割っちゃったの⁉ この間も一枚ダメにして、『もうしません』って約束したじゃん! 反省文まで書かせたのに!!」
「悪いな、ウミカ。約束、破るわ……」
「破った後で報告されても困るんだけど⁉ ってウミカはウミカは仕事ができない同僚にため息をついてみたり!」
「今度ばかりは俺も庇いきれない。弁償する覚悟はできてるのか、カイリ?」
トウマに聞かれ、青年はなぜかキメ顔で言ってのけた。
「できてるよ……」
カイリが心火を燃やしてお皿をぶっ潰してしまったため、厨房には不吉な、凍てつくような空気が漂い始めた。
考えすぎ、で済めば良かったのだが。
『濡ラジラと二体の天使の魂は結びついていた、とする説はどうだろう。彼らの魂は融合し、いわば運命共同体となっていた。一緒に死と再生を繰り返していたんだ』
結論から言うと、トウマの推測は当たっていた。
救世主の濡ラジラが撃破されたことによって初めて、濡ラジラと他二体の天使との魂のリンクは切断された。ようやく解放され、自由を取り戻した天使の魂は現在、人魂のような姿で人間界上空をさまよっていた。
(――さて、と)
自分たちを散々弄んだ濡ラジラへ復讐したいのはやまやまだが、生憎、濡ラジラはもう倒されている。さながら、ゼニスの体内から解放されたミレニアムズに近い心境だった。濡ラジラはゼニスを侮り、軽蔑していたようだけども、本質的な部分はゼニスと大して変わらなかったのかもしれない。醜い争いだ。
(我らはこれから、何をすべきだろうか。貴殿はどう思う、海の天使よ)
(何はともあれ、肉体を得なければなりませんことよ。大地の天使)
彼らの肉体はとうの昔に濡ラジラの手で滅ぼされており、健在なのは魂のみ。受肉しなければ、本来の能力をほとんど引き出せない。
けれどもそのためには、「自我をほぼ持たない従順な肉体」を用意する必要がある。
ルーカスとクロードの残留思念を憑依させる対象として、ゼニスは泥人形を使った。方法論としてはあれに近いが、残留思念ではなく魂を定着させる場合、より優れた器が必要となる。
(案ずるな。濡ラジラの内部へ囚われていた間、我らは奴と記憶を共有していた。奴が妙な虫を使って情報収集してくれたおかげで、自分の肉体が滅びた後の出来事も概ね把握できている。じっくり思い出せば、きっと適した器が見つかるはずだ)
(なるほど。総集編を一回挟んで溜めを作った方がかえって本編が面白くなる的な、あれね)
(いや、別にそういうわけではないのだが……)
ぶつくさ言いつつも、大地と海の天使は膨大な記憶の中を探っていった。超次元界の発展と戦乱の歴史、百合・BLレンジャーの長い戦いの記録、などなどを。
やがて、二つの人魂は顔を付き合わせた。
(いたではないか。適格者が)
(ええ。これ以上ないくらいに適格ですわ)
※次回の更新は1週間後の予定です。