草木の一本もない荒涼とした大地には、叩きつけられたときの衝撃を和らげるようなものが何もなかった。ゆえに、ダメージが体の芯まで伝わる感触があった。
「俺としたことが、油断したぜ。次元四天王のコピー体を倒して喜ぶあまり、大魔王を倒すのを忘れていたなんて……」
「油断しすぎじゃない⁉ あ、あたしも人のこと言える立場じゃないけどっ!」
地面に倒れたまま、カイリとツカサは小声で言い合う。さっきの一撃で、彼ら全員が変身解除されていた。
「ハッハッハ、馬鹿め。最終決戦でもいつものようにアホなノリで戦っているから、お前たちは敵に背中を見せてしまうのだ!」
言っていること自体はあながち間違っていないので、ぐうの音も出ない。
ドヤ顔で七人を見下ろし、大魔王は「さて」と独り言ちた。
「よく考えると、槍で貫いて地球を爆発させるのは、ちと味気ないな。もう一工夫してみたい」
おいおい冗談じゃないぜ、とカイリが青ざめる。地球を滅ぼすだけでもスケールの大きい作戦だというのに、これ以上何をするというのだろう。
「お前たち百合&BLレンジャーには、今まで散々手こずらされてきた。俺の気が済むまで痛めつけ、苦しめ、絶望に泣き叫ぶ顔を眺めて堪能してから殺してやる!」
大魔王は満面の笑みを浮かべた。一体どんな拷問を行うつもりなのかと、ツカサたちは息を呑んだ。
「フッフッフ。これを見ろ、百合&BLレンジャー!」
次元大魔王がどこからか取り出したのは、茶色っぽい小袋だった。「オーガニックコーヒー」と書かれている。
「……コーヒー豆だと?」
ナオヤは怪訝そうな顔をした。
「そんなもので、どうやって俺たちを苦しめるつもりだ」
「この豆はな、賞味期限を何十年も過ぎている。というか、期限の書かれたラベルの文字が薄れてきて、もはや賞味期限がいつだったのかすら分からない。今から俺は、この豆を挽いてアイスカフェオーレを淹れ、お前たちに飲ませてやる。俺と同じ、お腹を壊した苦しみを存分に味わうがいい!」
いつの間にか、魔王の側には、手動のコーヒー豆挽き器とマグカップ、牛乳パックが用意されていた。ご丁寧に、七人分のカップとシュガースティックまで揃っている。
「待っていろ。すぐに豆を挽いてやるからな!」
言うが早いか、大魔王は豆を挽く作業に取りかかった。ツカサたちには目もくれない。まったく、「敵に背中を見せたな」と笑っていたのは、どこの誰なのか。
破壊光線のダメージが残っていてろくに体を動かせないが、それでも作戦を立てることはできる。七人はもぞもぞと地を這って集合し、顔を見合わせた。
「どうやら、父さんが俺たちとの戦いで最も屈辱的だったのは、俺の操るBLレックスロボのレーザーでお腹を壊したことだったらしい。あのときと同じ屈辱を、今俺たちにも味わわせようとしているんだ」とナオヤ。
ちなみに、大魔王がお腹を壊した原因は二つある。低温レーザーを浴びたことと、レックスロボと戦った日の朝に賞味期限切れの芋羊羹を食べてしまったことだ。したがって、レーザーを浴びせたナオヤだけを恨むのは筋が通っていないし、むしろ期限チェックを怠った自分自身を恨むべきかもしれない。
しかし、人間は――次元大魔王は人間ではないけれども――時として、自分に都合のいいように事実を捻じ曲げて記憶してしまう。ひどく腹の調子が悪くなってからというもの、魔王の中では百合・BLレンジャーに対する恨みだけが理不尽に増大していったのであった。
「ともかく、魔王がカフェオーレを淹れ終わる前に、どうにか状況を打開できないか考えよう」
「しかし、どうするんだ? 本気を出せば、奴は百合カイザーとBLカイザーを一発で戦闘不能に追い込める。そんな化け物と、どうやって戦えというんだ」
ケイイチロウの提案に、トウマが弱音を吐いた。
ふざけているように見えて、大魔王はかなりの実力者だ。今回、次元四天王のコピー体を出現させたのも、敵を消耗させ、敵の注意を自分から逸らす狙いがあったようである。なかなかとどめを刺してこない点を除けば、ほぼ完璧な戦術かもしれない。
「俺、カフェオーレは苦手なんだよな。飲みたくねえや」
「もう、こんなときに何言ってるのよ。地球の存亡がかかってるのよ?」
緊張感のないセリフを口にしたカイリに、ツカサは思わず顔をほころばせた。
「……でも、そうね。この戦いが終わったら、一杯奢るわ」
「ああ。ホットミルクを頼む」
「砂糖抜きのね。あたしはマッカランのストレートにするつもりよ」
勝利のホットミルクについて語っているうちに、とうとう魔王がアイスのカフェオーレを淹れ終わってしまった。七つのマグカップにきっちり同じ分量を注ぎ、ニコニコと楽しそうに笑っている。
「待たせたな。さあ、最初に飲みたい奴は誰だ!」
誰も名乗り出なかったので、魔王は仕方なく、適当に順番を決めて飲ませた。横たわっている戦士たちの頭を掴んで軽く持ち上げ、「さあ、飲め!」とマグカップを口に押しつける。嫌がったり拒んだりすれば、「飲まないのなら今ここで処刑するぞ!」と脅す。
賞味期限切れの豆を挽いて作っただけあって、味も相当酷かった。ツカサは涙目になり、ウミカは泣き出し、元々カフェオーレが苦手だったカイリは「ホットミルク……ホットミルク……」と呻き、意識を失いかけている。
「どうだ、不味いだろう。腹を壊してのたうち回り、もがき苦しむがいい! 死んだ方がましだと思わせてから殺してやる! ガーッハッハッハッ!」
酷い味の次は、魔王が言うように猛烈な腹痛と下痢が襲ってくるはずだ。史上最悪に恥ずかしい死に方をするのを覚悟し、ツカサたちは観念して目を閉じた。ここまで体調が悪くては、反撃しようにも反撃できない。もう立ち上がる気力すらない、はずだった。
けれども、実際にはその逆だった。倒れ伏し、絶体絶命のピンチに陥っていた七人の肉体に、どんどん力がみなぎったのである!
「不思議だ。味は苦いが、全身にパワーが満ちていく」
「これなら俺たち、もう一度戦えますよ!」
ケイイチロウとサクヤが顔を輝かせ、地面に手を突いて再び立ち上がった。他五人もそれに続く。
「カフェ・オーレ!」
「オーレ!」
理由は分からなかったが、自然と体が動いた。右手を高く天に掲げるようなポーズを取り、七人は再起したのだった。
変身アイテムを操作していないのに、自動でアーマーの装着が完了する。星、三角形、四角形、円などの紋様がヘルメット上部に刻まれ、新たな力を授かった。
「ば、馬鹿な」
口をあんぐり開け、次元大魔王が後ずさる。
「一体、どういうことだ。お前たちの飲んだカフェオーレには、数十年前に賞味期限が切れた豆を使ったはず。そんなゲテモノを飲み干した後で、なぜ動ける。なぜアーマーに妙な模様がついている⁉」