謎の敵からの挑戦状を受け、ツカサとカイリは採石場へと向かった。
「都内からここまで、車で二時間もかかっちまった。やれやれ」
運転席から降りたカイリが、大きく伸びをする。
ちなみに、ナオヤに続きカイリとも一緒にドライブできたため、ツカサが密かにドキドキしていたことを彼は知らない。「う、運転してくれてありがとう」と照れ気味に言われても、「おう」と普通に返すだけだった。
「――来たな、百合エックス! BLエックス!」
声のした方を振り向くと、採石場の崖の上に二つの影があった。一人はカブトムシの意匠を持ったえんじ色の忍び装束を、もう一人はクワガタムシの意匠を持った群青色の忍び装束を着ている。
「挑戦状を出したのはお前たちか!」
「正々堂々、二対二で勝負ってことね。望むところよ!」
思えば、こうしてきちんと果たし状を送りつけてきた敵は今までにいなかった。無差別破壊を行おうとせず、周りに被害が及ばないであろう採石場を指定したところを見るに、超次元生命体の中でもマシな方だ。
ツカサたちは変身し、順に名乗った。
「孤高に煌めく怪盗。百合エックス!」
「気高く輝く警察官。BLエックス!」
すると敵は、律義にも拍手をしてみせた。
「見事だ。どれ、我らも名乗っておくとするか」
「そうだな、兄者」
どうやら二人は兄弟らしい。カブトムシの装束が兄で、クワガタムシの装束が弟だ。
「深紅の稲妻! T忍・Tライジャー!」
「蒼天の霹靂! S忍・Sライジャー!」
「男に向かいて男を斬り……」
「女に向かいて女を斬る!」
「「電光石火! 超次元からの刺客、TSライジャー!」」
ババン、と歌舞伎の見得のようなポーズを取ったが、ツカサとカイリの反応は芳しくなかった。
「うーん。前半はともかく、後半の口上の意味がよく分からないわね」
「あと、女を斬るのは良くないぞ。子供や女、老人に手を上げる男には、石ころほどの価値もないぜ」
女性であるゴークイーンズをボコボコにした過去は置いておいて、カイリが批判した。
「フン。ふざけたことを言っていられるのも今のうちだ!」
しかしTライジャーは怯まず、銃型武器・Tブレイカーを召喚した。兄に倣い、弟のSライジャーもハサミ型武器・Sブレイカーを出現させる。
「受けてみよ。我らの必殺技、TSビームを!」
忍び装束の色と同じ、えんじと群青の光線がそれぞれの武器から放たれた。ツッコミを入れるのに夢中になっていたカイリたちは、ついつい避け損ねてしまった。
「きゃっ」
「しまった!」
ビームの直撃を受けたものの、痛みはない。スーツが破損した様子もない。ほっと胸を撫で下ろそうとして、ツカサはとんでもないことに気がついた。
「嘘でしょ。あたしの、む、胸が……ない⁉」
膨らみがあったはずの場所を何度さすってみても、彼女の手は虚しく空を切るだけだった。
「何言ってんだよ、ツカサ。お前は元から胸ないだろ」
「多少はあったわよ、多少は⁉ い、一応、ついさっきまではBカップあったんだからねっ!」
「A寄りのBな」
「うるさいわよ!」
隣に立つカイリへ言い返したツカサ。が、またしても信じられないものを見てしまい、怒る気力もなくしてあんぐり口を開けた。
「カイリ、あんた……あたしの見間違いじゃなければ、ちょっと胸があるわね」
「え? あ、本当だ。何でだ?」
それは、恐らくツカサのよりもさらに小さい。正真正銘のAカップであろう。けれども、たとえ小さくても膨らみは膨らみだ。筋肉ではなく脂肪の塊である以上、立派な胸である。
お互いの上半身への驚きが過ぎ去ると、今度は下半身へ注意が向き始めた。
「あれっ、ない」と、カイリが不思議そうに言う。
「あるわ! ぎゃあああああ! あるわ!」と悲鳴を上げるツカサ。あえて何がとは言わない。
「どうしてよ⁉ どうしてカイリに胸があって、あたしにはこんなおぞましいものが付いてるのよ!」
TSライジャーの撃ったビームのせいだろうか。だとすれば、あのビームにはどんな効果があったのだ?
(……もしかすると)
一旦冷静になって、ツカサは考えた。
(カイリとあたしの肉体が入れ替わった、ということかもしれないわね。認めたくはないけど、あいつの胸の大きさはあたしのとあまり変わらなかったし)
いや、待てよ。仮にそうだとすると、今ツカサの下半身についているものは、元々はカイリについていたことになる。
(……さ、さすがに大きすぎない?)
仮面の下で、ツカサは顔を赤らめた。
彼女の内心を見透かしたのか、TSライジャーは種明かしをしてくれた。
「我らが冠する『TS』とはtranssexual、つまり性転換の意。俺が撃つTビームは浴びた者を男性に、弟が撃つSビームは浴びた者を女性に変えてしまうのだ!」
「どうだ、百合エックス、BLエックス。肉体が本来とは別の性別になってしまえば、動揺して上手く戦えまい!」
「何だ、入れ替わり系の能力じゃなかったのね。少し安心したわ」
胸を撫で下ろすことができないので、代わりにぽんと手を叩くツカサ。
「安心してる場合じゃないだろ! このままじゃ俺たち、一生違う性別のままだぜ」
変な能力の怪人が出てきた場合、そいつを倒せば能力の効果も切れるのが定番である。しかし、今回もそうだという保証はないので、カイリは不安になっていた。
彼らがぎゃあぎゃあ言い合っている最中、Tライジャーは腕組みをして、二人の体つきを観察していた。
「――我らの力で異性へと変わった肉体には、その性別への憧れなど、本人の強い気持ちが反映される。そちらのまな板娘の方は、あまり女性への関心がなかったようだな」
つまり、女体化したカイリの胸がほとんどないのは、異性への興味関心がなかったからということか。
逆に言えば、ツカサに立派なものが備わっていたのは男性へ興味津々だったからということになるが、ツカサはあまりそのことについて考えないようにした。もっとも、無自覚的に距離を詰めてくるナオヤ、恋愛に鈍感なカイリと日々行動をともにしているため、多少興味を抱いても仕方ない面はある。そして何より、彼女はBLが大好きだ。
異性への関心の差が、今、浮き彫りになっていた。
(Tライジャーの言ったことが本当なら、やっぱりあたしはカイリのことが好きなんだろうな)
共に戦う中で、彼に自然と惹かれていたことをツカサは自覚する。彼女の想いの強さは、今下半身に付属しているものが嫌というほど示していた。とうとう、恋心と真剣に向き合わなければならないときが来たようだ。
しかし問題なのは、カイリには女性への興味があまりなく、したがってツカサの想いに気づいてくれる可能性も低いことだった。この問題をどうにかして解決しない限り、ツカサの恋が実ることはないだろう。
(……そうか。あいつを振り向かせるには、まず、女の子へ興味を持ってもらわないとダメなのね)
ハッとした。暗闇の中に、一筋の光が差し込んだ気がした。
正直、これまで自信をなくしそうになったこともある。メイクやコーディネートには人並み以上に気を遣っているつもりだが、スタイルは誤魔化しが効かない。カイリからBカップの胸をからかわれると、「ひょっとするとあたしに女性的な魅力がないから、彼はあたしを恋愛対象として見てくれないのかもしれない」「彼は胸より尻派だって言ってたけど、別にあたし、お尻が大きいわけでもないし……」と密かに不安になることさえあった。
サシ飲みに行ったときもそうだ。彼が後輩(女性)のことをツカサの前で遠慮なく話すから、自分は女としての魅力で後輩に負けていて、恋愛対象として見られていないのではないかと勘繰った――べ、別に見てほしかったわけじゃないんだからねっ!
けれども、心配すべきなのはそこではなかった。カイリは本当に、一切の下心なく後輩やツカサとサシ飲みをしたのだろうし、彼女たちを恋愛対象として見てもいなかった。オタクトークをしたり、愚痴を言い合ったり、そんな他愛のない話をしたかっただけなのだ。ツカサに女としての魅力がない、などということはない。
スタイルなんて関係なく、ツカサには十分な魅力が備わっている。カイリに女性への興味関心を持たせ、その魅力に気づかせることが、きっと突破口になるはずだ。