パトロールの途中で、ツカサはコンビニに立ち寄った。
目当てのものを買い、準備万端。あとはこれを、車で待っているターゲットに渡すだけだ。彼女の作戦が今、秘密裏に遂行されようとしている。
「お待たせ」
助手席のドアを開け、覆面パトカーに乗り込む。運転席のカイリへ、缶コーヒーと男性向けの漫画雑誌を差し出した。
「サンキュー。……っておい、漫画なんか頼んでないぞ」
「あたしからのサービスよ」
にっこり笑って言うと、カイリはツカサを怪訝そうに見た。
「熱でもあるんじゃないか? お前は貧乳ツンデレキャラという設定なんだからさ、いきなりキャラがぶれてデレだけになったら、読者が混乱するだろ」
「で、デレてなんかないわよっ! ていうか、読者って誰⁉ ……あーもう、いいから読みなさいよ!」
ツカサは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまった。
今回はカイリの台詞の後半部にツッコミどころが集中していたため、彼女としたことが「貧乳」というワードへ反論するのを忘れている。もしくは、具体的なカップ数ではなく漠然と「貧乳」と表現されたので、普段通りに反論しづらかったのかもしれない。
「分かったよ」
これ以上相棒の機嫌を損ねてはまずいと判断したのか、カイリは素直に引き下がった。缶のプルタブを開けてコーヒーをちびちび飲み、もう片方の手で漫画雑誌をパラパラめくる。
(――よし!)
視線を窓の外に向けているように見せかけつつ、実のところ、ツカサの目は窓ガラスに反射した彼の姿を追っていた。カイリが雑誌を読み始めたのを確認し、作戦が始動したのだと感じる。
名付けて、「あらっ、うっかり雑誌の巻頭グラビアが視界に入っちゃった! へえ、女の子って魅力的だな! おっと、女性への興味を持てるようになったぞ!」作戦。ツカサは略して「あらっ、へえ、おっと」作戦と呼んでいるが、もはや何の略か分からない。
要するに、ターゲットへ巻頭グラビア付きの漫画雑誌を差し入れることで、否が応でも水着姿の女性が視界に入るように仕向け、女性への興味を持たせるのが狙いだ。前回、TSライジャーとの戦いでカイリの女性への関心のなさが浮き彫りになったため、ツカサ自らアプローチをかけていくことにしたのである。
(これであいつも、女の子へ興味を持たずにはいられないはず。どんな反応が見られるか楽しみね。フフッ)
はたして、カイリは雑誌を一ページめくり、若い女性が水着姿ではしゃいでいる写真がたまたま目に入ってしまった。しかし顔色は変わらない。何やらぶつぶつ呟きながら、無感動にページをめくっていく。
「あらっ、うっかり雑誌の巻頭グラビアが視界に入っちゃったぜ! へえ、女の子って魅力的だな――おっと、そんなことを言うとでも思ったか! 確かに綺麗な人だけど、この人もいつかは皺くちゃのおばあちゃんになるんだよな。そう考えると、あんまり燃えないぜ!」
「そりゃ三次元は二次元とは違うんだから、歳くらいとるわよ⁉」
はあ、とツカサはため息をついた。こんなことじゃないかと思った。「あらっ、へえ、おっと」作戦、失敗である。
あーあ。どうしてあんたは、グラビアを見ても無反応なのよ。
(……でも、胸の大きい子にも全然反応しないってことは、やっぱり尻派なのかしら。だとしたら、あたしにもチャンスはあるかも? それはそれでアリね)
一瞬浮かれそうになるが、すぐにまた冷静になる。問題は何も解決していない。仮にカイリが本当に尻派なのだとしても、現実の――三次元の女性に興味を持っていなければ意味がないからだ。彼にリアルの女の子への興味関心を抱かせない限り、ツカサの恋は成就しない。
(功を焦るあまり、直接的な手段に訴えすぎたかもしれないわね。次からは堅実に攻めてやるんだから。覚悟しなさい、カイリ!)
窓ガラスに映る彼の姿を見つめて、彼女は密かに決意を固めた。
こうして、恋愛に興味ゼロのカイリを振り向かせるため、ツカサの奮闘は続く。
一方その頃、名古屋でも、一人の戦士が恋愛に苦戦していた。
「聞いてくれ、怜奈。企業秘密だから詳しいことは明かせないけど、俺、ある重要な仕事を任されたんだ。俺にしかできない仕事だ」
返事はない。
「俺にだってオリジナリティーはある。だから、もう一度やり直さないか」
ないのが当たり前だ。留守電メッセージを残しているだけなのだから。
それじゃ、と志穂怜奈へかけた電話を切ると、早川裕介には徒労感ばかりが残った。オメガ珈琲シルバーへの変身能力を得てから、彼女に電話をかけるのはこれで三度目だ。が、一度も出てくれない。その度に留守番電話にメッセージを残すけれど、折り返し連絡があった試しもない。「三度目の正直」ではなく、「二度あることは三度ある」だった。
この辺が潮時かな、という気もした。
もちろん、怜奈と離れたままでいるのは寂しいし、辛い。しかし、いつまでもこうして未練がましく電話をかけ続けるのは、何だか女々しくてみっともなく感じる。
「……怜奈のことは、潔く諦めよう」
裕介は涙を呑んで、拳を固めた。
「新しい恋を探そう。俺だって、仲のいい女友達がいないわけじゃない」
「久しぶりね、早川くん」
来部美明日(らいぶびあす)は、ポニーテールがよく似合うメガネ美人だった。研究室の椅子に腰掛けたまま、「入っていいわよ」と彼を手招きする。
「俺が大学院を辞めて以来だっけな」
「ええ」
美明日の表情は憂いを帯びていた。
「早川くんが辞めてしまって、私、正直とても悲しかったわ」
どうやら彼女の中では、自分の存在が大きなものになっていたようだ。思った以上の好感触である。これは脈ありかもしれないぞ、と裕介は小躍りしたい気分だった。
美明日は、大学院での裕介の同期だ。研究に行き詰まりを感じて中退した裕介とは違い、彼女は成績優秀のまま卒業した。その後も一般企業には就職せず、現在は母校の大学で非常勤講師として働いている。まさに研究一筋な人だ。
学生時代はそこそこ仲が良かったから声を掛けてみたら、今日研究室へ招かれたというわけだった。
「あのときは悪かったよ」
長年接客業で働いているからか、裕介には「クレームをつけられたらまずは謝る」という癖がついてしまっていた。
「俺は研究室の皆ほど頭が良くなかったし、研究が好きだったわけでもない。第一志望群の企業から内定を貰えなかったから、『就職浪人がてら院に進むのもありかな』って程度のモチベーションしかなかった。……最初は何となく誤魔化せていたそういう温度差が、だんだん大きくなってさ。今思えば、俺はもう少し自分の人生に責任を持つべきだったのかもしれない」
「責任?」
美明日が小首をかしげる。
「自分一人の人生じゃないってことだ。高い学費を払ってくれた親のこととか、自分がいなくなったら研究室の仲間がどう感じるかとか――俺が生きることで、周囲に与える影響についてよく考えて行動すべきだったんじゃないかと思う。あの頃の俺は、まだまだケツの青いガキだったな。自分勝手な馬鹿だった」
就職浪人しながら院で勉強して学歴に箔を付けてやろう、というあさましい魂胆だった。結果的には中退したから箔も何もつかなかったし、中退して就職活動をしようとしても失敗し、流されるようにオメガ珈琲で働くことになる。行き当たりばったりな人生である。
「あら。今も青いわよ」
「同い年に言われても説得力がないね」
軽口を叩くと、彼女はおかしそうにくすくす笑った。
「女性の精神年齢は、男性よりも二歳上なの。だから、私は早川くんより年上」
「屁理屈はやめろ」
裕介も苦笑する。
「お互い、積もる話もあるだろう。研究室でお喋りを続けるのも何だし、どうだ、大教授美明日先生。ここで一つ、飲みに行くというのは」
さあ、勝負だ。非常勤講師だけど「大教授」と盛りに盛った呼び方をして持ち上げ、いい気分にさせたところで酒をちらつかせる。作戦としては決して悪くないはずだ。
「良いわね。それで、他に誰を誘って飲みに行くの?」
「……え?」
他意のない、にこやかな微笑で問われた。
自分ではまあまあ良い感じの雰囲気になってきたと思ったのだが、美明日には「裕介とサシ飲みに行く」という選択肢が脳内になかったらしい。
「あ、あのー、俺と一対一じゃダメかな?」
「え?」
途端に、美明日は豹変した。ゴミを見るような目で裕介を凝視し、椅子から立ち上がった。
「冗談じゃないわ。誰が早川くんとなんか行くものですか。勘違いするのはやめて頂戴」
「でも、さっき美明日、『早川くんが辞めてしまって、私、正直とても悲しかったわ』って……」
「ああ、あれ?」
気だるそうに首をゴキゴキ回し、美明日が裕介を睨む。
「私が悲しかったのは、早川くんが私にとって大切な存在だったからじゃない。むしろ逆ね。院を辞めることで、早川くんが私の見下すべき対象に変わってしまったからよ」
「美明日、お前、何を言っているんだ……?」
あまりの迫力に怯み、裕介は後ずさった。
こんなの、俺の知っている来部美明日じゃない。いや、これが彼女の本来の姿か。陰に隠れたその姿を見せ、震える体を赤く切り刻もうとしているのか。お前は誰だ? 俺の中の俺。
「私、自分よりも頭の悪い男には興味ないの」
つまり、院を辞め、研究を続ける意志を失った早川裕介は、美明日にとって侮蔑すべき相手でしかなかったというわけである。何というえげつない性格だ。
「分かるかしら? 馬鹿はお呼びじゃないってことよ。私と付き合いたいのなら、百点のテストで千点を取るくらいの賢い頭脳を持った人でないと」
ちょうどそのとき、遠くで花火が上がったのが研究室の窓から見えた。ひゅるるる、どん、と微かな音がして、夜空に色とりどりの花が咲く。
「ほら、見なさい。あの花火までもが、私の頭脳の素晴らしさを称えているようだわ。いずれ、私の頭脳が地球を征服するであろうことを祝っているのよ」
「ああ、そうかよ。確かに俺は馬鹿だったぜ。お前みたいなプライドの高い女を、飲みに誘おうと思ってしまったくらいにはな!」
もうめちゃくちゃである。売り言葉に買い言葉で言い放ち、裕介は逃げるように研究室を後にした。
怜奈に続き、美明日も脈なしだった。けれど、不思議と後悔はしていなかった。
知識とは、それを得ることによって世界の見え方が変わり、自分自身を高めるためのものだと裕介は考えている。人を見下すために知識を使う美明日と自分は、どうやっても相いれないだろう。決裂は必然だった。
とはいえ、悲しくないわけではない。
「俺ってやっぱり、ツイてなさすぎだぜ……」
傷心に追い打ちをかけるように、今日からしばらくの間、オメガ珈琲本店での勤務になってしまった。久保社長いわく「受験やら就活やらで、学生バイトがしばらく出勤できそうにないんだ。最近は超次元生命体も名古屋に現れないし、頼むよ!」ということだそうだ。
久々に制服に袖を通し、裕介はドリンク提供などの業務をてきぱきこなしていた。と、風変わりな客が来店する。
「一名様ですね。こちらの席へどうぞ」
裕介に席へ案内されると、ウエスタンハットを被った若者はすぐに「味噌カツバーガーを一つ、下さいやし!」と元気よく言った。何なんだろう、その変な喋り方は。どこかで聞いたことがあるような気もするが、思い出せない。
「味噌カツバーガーを一つでございますね。注文は以上でしょうか?」
「以上でお願い致しやす!」
飲み物を頼まないとは、少し珍しい客だな。まあ、お冷やは無料で出てくるから、喉が渇くことはないだろうけど――と思いつつ、注文を厨房へ伝えるために一旦下がる。
別のウエイターがお冷やを持って行くと、男性客は物珍しそうにそのカップを眺めていた。
「北米ではジョッキサイズでお冷やが出てくることも珍しくありやせんが、日本のは随分こぢんまりしていやすねえ。これがクール・ジャパンでございやしょうか」
いや、たぶん違うと思うぞ。
パシャパシャ、とカメラでお冷やのカップを撮り始めた男性。もはや、お冷やが目当てだから他のドリンクを頼まなかったまである。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・ライブマン
・超光戦士シャンゼリオン