「面白かったな」
「そうね」
「いや、マジで最高じゃね。半端なかったぜ」
「もうちょっと語彙力のある感想を聞きたかったわね……」
映画館を出て、興奮気味に話しているカイリ。半ば呆れつつ相槌を打つツカサ。
二人は、今話題の恋愛映画を見に来ていたところだった。「朝から映画?」と思う方もいるかもしれないが、この映画館、モーニングショーをやっている。平日の朝十時までに上映スタートする映画に限り、鑑賞料金が一三〇〇円になり、通常よりも五百円ほどお得になるのだ。
ツカサとカイリが見に来た作品は、八時過ぎから上映していた。この時間であれば、映画を一本見てから出勤なんてことも可能である。
(はあ。今回も失敗みたい)
映画自体はとても面白かったが、ツカサの計画はどうやら失敗らしい。彼女は小さくため息をついた。
前回は巻頭グラビア付きの漫画雑誌を差し入れ、カイリに女性への興味を持たせようとした。それが上手くいかなかったので、もう少し堅実にアプローチしようと決めたのだった。
(女性の肉体美で魅せるのは直接的すぎたから、まずは女の子との恋愛の素晴らしさを分かってもらえたら……と思ったんだけど、なかなか成功しないわね)
二人とも、何だかんだで二十年近く生きている。二十年も生きていれば、それなりに恋愛映画を鑑賞した経験もあるだろう。長い人生の中の、この一回の映画鑑賞で恋愛への興味を惹けるほど、カイリは容易な相手ではなかった。まさに難攻不落である。
「朝から映画見るのは初めてだったけど、なかなか良いな。めちゃくちゃ充実してる。生活の質が上がった気がするぜ」
そういえば、以前カイリとゾンビ映画を見に行ったときは、レイトショーだった。あのときとは逆だなあ、とツカサがぼんやり考えていると、彼は不敵に笑いかけてきた。
「また、いつでもデートに誘ってくれよ。俺は大歓迎だぜ」
「ひゃうっ⁉」
油断していた隙を突かれ、思わず変な声が出てしまった。
(で、デート⁉ た、確かに今のこの状況は、若いカップルのデートに見えなくもないのかしら??)
あれれれれ? ゾンビ映画に行ったときも、カイリの中では「デート」にカウントされてるわけ?
あわわわ、と彼から不自然に視線を逸らし、耳まで赤くなってしまう。
(ていうか、「大歓迎」って……恋愛映画に誘っちゃおう作戦、効果あったの? なかったの? あたしにはもう判断不能だわ!)
動揺しまくっている彼女を前に、カイリは頭を掻いた。
「どうしたんだよ、ツカサ? ちょっとからかっただけで、大げさだぜ」
「か、からかっただけ⁉ 乙女の純情を弄ぶだなんて、最低ね!」
羞恥から一転、ツカサは怒りで真っ赤になり、二人はいつものようにぎゃあぎゃあと微笑ましい言い争いを始めた。と、そのとき、ツカサの携帯に着信があった。
コホンと咳払いをし、気持ちを落ち着けてから、電話に出る。
「はい」
『BL警察のケイイチロウだ。ついさっき、名古屋市の一般市民から通報があった。オメガ珈琲シルバーらしきヒーローと超次元生命体が交戦中だが、シルバーが押されている。ただちに現場へ急行してくれ。俺とサクヤも今から向かう』
「……分かりました!」
通話を終了した彼女の表情は、張り詰めていた。カイリが心配そうに尋ねる。
「何かあったのか」
「名古屋で事件よ。オメガ珈琲シルバーが、超次元生命体に苦戦中だって。あたしたちも急いで行かなくちゃ」
「また名古屋か。最近多いな」
「こう何度も続くと、特別手当とか付けてほしいわよね」
「贅沢言うな。見返りを期待したら、それは正義とは言わねえぞ」
言うが早いか、カイリは戦闘機型の巨大マシンを呼び出し、操縦席に飛び乗った。慌ててツカサも後部席に乗り込む。
「俺たちのスーパーマシンなら、名古屋まで一瞬だ。待ってろよ、生きてろよ!」
「絶対そこに辿り着くわ!」
風を切り裂いて、戦闘機が発進する。目指すは名古屋、戦場だった。
「『ブレイザー・珈琲インパクト』!」
珈琲ブレイザーを連射し、裕介はアマエマックスに突進した。ビームを浴びせて反撃の隙を与えず、近距離まで接近したらブレイザーをソードモードに切り替えて一閃する、オメガ珈琲シルバーの必殺技である。
「フン。そんな生温い攻撃、このバブライザーで防ぐまでもないわ!」
だが、恐竜の戦士には通用しなかった。剣と盾が一体化した武装を下ろし、彼は裕介の攻撃を右腕によるガードのみで受け切った。アーマーから白煙が立ち昇りこそすれ、素体には全くダメージを与えられていない。
「喰らえ!」
ソードモードで斬りかかる動きを先読みし、アマエマックスは盾を前方へ繰り出した。腕でガードして盾で殴るという滅茶苦茶な戦法で、オメガ珈琲シルバーの体が吹っ飛ばされる。
「ぐあっ……」
「まだまだ行くぞ。『大気爆裂・バブみフィールド』!」
すると、オメガ珈琲シルバーとアマエマックスの肉体が、不思議な空間内へワープする。
外からは、二人の立っている場所がドーム状のエネルギーに覆われたように見えたことだろう。だが、ドーム内には無限に近い広さの暗黒空間が広がっており、宇宙空間に浮かんでいるかのような、足場がはっきりと定まらない不安定さがあった。
立つことすらままならない裕介に対し、アマエマックスはこの空間内を自在に移動できた。
(何なんだ、これは)
さらに悪いことに頭がぼうっとしてきて、複雑な戦術を考えることが難しい。志穂怜奈に膝枕してほしいとか、美明日に甘えまくりたいとか、普段なら全然考えなさそうなことばかりが脳裏をよぎる。
「俺以外の存在がバブみフィールドに入ったら最後、『赤ちゃんプレイをしたい』という強烈な欲求に襲われ、まともな思考ができなくなる。そして、俺の戦闘力はこの空間内で倍増する。もはや勝負は決したも同然だ!」
赤と金の戦士は瞬間移動のごときスピードで疾駆し、バブライザーでシルバーを何度も斬りつけた。
「畜生。何とかして、フィールドを破壊することさえできれば……」
「無駄だ。内側から俺のフィールドを破壊することは不可能。貴様はまんまと俺の術にはまったのだ。――『必殺・スラッシュバブシマム』!」
「ぐああああっ!」
バブライザーの刃が光を帯び、オメガ珈琲シルバーのアーマーを斜めに切り裂いて火花を飛ばす。大ダメージを受け、ついに裕介は変身解除されてしまった。
「口ほどにもない奴め」
アマエマックスは一旦フィールドを解除すると、倒れ伏した裕介を一瞥。今度は、和服の青年へ向き直った。
「次は貴様の番だ、『原典無し』。イメージ付与を拒んだ時点で貴様のことはマークしていたが、我々の原典の秘密を人間たちに漏らしたとなると、いよいよ生きて返すわけにはいかない。ここで死んでもらうぞ!」
「怖いわあ。死ねと言われて、死ぬ奴がおるかいな」
原典無しは、のほほんとした態度を崩さない。
「原典のイメージを持たぬ貴様など、俺の敵ではない」
「確かに僕は、ヒーローの姿にはなれんよ。せやけど、今の人間態――ステレオタイプな関西弁キャラに由来するイメージの能力なら、多少は使える。こう見えて、全く戦えんわけではないんや。『射殺せ』!」
青年の手の中に、一本の刀が出現する。それは彼の意志のまま、刀身が伸縮自在に変形する能力を持っていた。
「『大気爆裂・バブみフィールド』」
間髪入れず、アマエマックスもフィールドを展開。暗い空間の中で、両者が対峙した。
「何かのマンガのキャラクターの能力でも取り入れたか? だが、このフィールド内で俺に勝てるわけがない」
恐竜の戦士は、雄叫びを上げて斬りかかった。
「……やめろ、『原典無し』!」
ドーム状のエネルギーの中へ消えていく青年の背中へ、裕介は必死の思いで叫んだ。
硬い装甲で体を守っていた裕介でさえ、一瞬で変身解除に追い込まれたのだ。ましてや、生身に刀一本で戦う原典無しが、持ちこたえられるはずがない。
「お前一人じゃ無理だ。ここは俺が何とかするから、お前だけでも逃げろ!」
「それは無理な相談や」
エネルギーに呑み込まれる寸前、金髪マッシュの男は首だけで振り返り、儚く笑った。
「なあ、オメガ珈琲シルバー。僕がなぜ君に秘密を教え、それを他のヒーローに伝えてくれるよう頼んだのか分かるか? ヒーローがたくさんおる中で、君を伝達役に選んだ理由が」
「こんなときに何言ってるんだよ。分かんねえよ、そんなの!」
死んでしまう。あのフィールドに引きずり込まれたら最後、原典無しは殺されてしまう。俺一人の力では、あいつがやられるのを止めることはできない。
裕介は今や、泣きながら吠えていた。
「君が、僕によう似とるからや」
ずずずっ、と黒のエネルギー体が原典無しを吞み込んでいく。
「君を観察していて、親近感を覚えた。与えられたイメージを拒否して本来の自分の姿のまま生きたいと願う僕と、他人の真似をせずにオリジナリティー溢れる生き方を模索する君は、よく似とる。君になら、超次元界の未来を託せると思うたんや」
頼んだで、と最後に言い残し、糸目の青年はドーム状のエネルギー内へと消えた。
「僕の代わりに、君が実現させてくれ。誰に決められた道を歩むわけでもなく、皆が自分らしく生きられる世界を……」
「やめろ。戻れ、『原典無し』。戻ってこい!」
声を震わせ、涙をこぼしながら腕を伸ばしても、その手は彼には届かなかった。どぷん、と微かな音がして、青年の肉体は完全にフィールド内へ沈んだ。
「……クソッ。クソッ!」
拳に血が滲むのも構わず、裕介はアスファルトを殴りつけた。かすれた声で、何度も悪態を吐いた。自分の無力さが憎かったからだ。
血と涙が、黒い路面を残酷に彩る。ほどなくして、こちら側と隔絶されたフィールドの中から、原典無しの絶叫が聞こえてきた。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・仮面ライダービルド