戦いから数時間後。
BL警察本部の大会議室に、一同は集まっていた。「原典無し」から裕介の聞いた話を、全体で共有するためだ。
一同といっても、ツカサとカイリは不在である。対アマエマックス戦での消耗が激しく、今は医務室で休んでいた。
「人間界にも『原典』の影響が出つつあるのは問題だな」とケイイチロウ。
「俺たちの装備にさえ影響が出ているのだとしたら、この問題はかなり以前からあったことになる。世界中の人々に加え、一部の超次元生命体も苦しんでいる。事態は深刻だ」
「ああ、深刻だぜ」
裕介は頷いた。
「俺たちが皆、徐々に原典に似た姿になってしまうんなら……個性を求めて頑張ってきた俺の努力は、全部無駄になるってことじゃねえか!」
「まあ、お前の都合は置いておいて」
「軽く流すなよ⁉」
スルーしようとしたトウマに、裕介が「くわっ」という効果音が入りそうな形相で抗議する。そして、真剣な表情に戻った。
「……冗談はともかく。俺は『原典無し』から意志を託された。あいつが願っていた平和を、俺たちの手で実現させなきゃならねえ」
『僕の代わりに、君が実現させてくれ。誰に決められた道を歩むわけでもなく、皆が自分らしく生きられる世界を……』
死に際の彼の言葉が、脳裏に焼き付いている。
「そのために、俺はもっと強くなる必要がある。認めるのは悔しいが、今の俺では三武神には勝てない」
拳を強く握り締める裕介。
初陣でこそキレールを破ったが、ガードノイド・マッシュ戦はロリーニンジャーに助けられた。専用ロボを持たないオメガ珈琲シルバーでは、巨大化したマッシュには太刀打ちできなかったろう。
そして、アマエマックスにはまるで歯が立たなかった。己の無力ゆえに、「原典無し」は裕介の目の前で殺された。今回ほど、弱い自分を呪ったことはない。
「でも、強くなるにはどうしたらいいのか分からないんだ。少年漫画なら、こういうときにタイミングよく師匠が現れて、稽古をつけてくれるんだが……」
「師匠なら知ってるぜ」
「ありがとう――って、百合エックスのカイリ⁉ お、お前、体は大丈夫なのかよ?」
「おう。寝たら治った」
頭に包帯を巻いてこそいるものの、大会議室に現れた彼はピンピンしていた。
「俺たちが次元四天王に苦戦していたとき、稽古をつけてくれた奴がいる。そいつを訪ねてみたらいいんじゃないか」
「分かった。で、その人はどこにいるんだ?」
「アメリカ。確か、ニューヨーク在住なんだっけか」
「……え? 遠くねえか?」
「当たり前だろ」
何言ってんだ、とばかり、カイリは肩をすくめた。
「リボンダーマンは、アメリカを代表するヒーローだからな」
「――ということがあって、日本から来た。早川裕介、またの名をオメガ珈琲シルバーだ。よろしく」
ニューヨークの洒落たカフェで、裕介はピーター・バーガーと対面していた。運ばれてきた珈琲に口をつける前に、椅子に座ったまま一礼する。
カイリから話を聞いてすぐに飛行機に乗り、時差ボケも治らぬままアメリカのヒーローを訪ねてきた次第であった。
「頼む。『原典無し』の無念を晴らしたいんだ。俺に稽古をつけてくれ、師匠!」
「ツカサたちの紹介なら、断るわけにはいかないな」
青年はにこやかに微笑んだ。
「任せて。彼らに課したのと同じく、暮らしの中の修行を君にも課そう。ただし、今回はタイムリミット付きで」
「タイムリミット?」
「うん」
ピーターの瞳の奥が、意味ありげに光る。
「カイリら二人が体験した修行には、実はその先がある。三日以内に、鍛錬の最果てに――『BANG・解』の極致に辿りついてもらおう」
そんなこんなで、修行三日目。ピーターの仲間(ハットマンという名らしい)が用意してくれた山奥の道場に、早川裕介は籠りきりである。
彼は死ぬほど雑巾がけをやらされて、雑巾がボロボロになるくらいまで修行していた。
ただの雑巾ではない。中に金属製の重りが入っているため、軽く押した程度ではびくともしないのだ。
(クソッ、意味分かんねえよ。何なんだよ、この修行は⁉)
必死に雑巾を押す裕介は、全身汗びっしょりだった。
(ピーター師匠が言うには、『BANG・解』は刀を使った強化技らしいじゃねえか。なのに、何で雑巾がけなんだ? 刀のかの字も出てこないぜ)
すると、ドン、と大きな物音が聞こえて、思わず手を止める。顔を上げると、サングラスをかけ、中国風の派手な衣装を着た男が道場の壁を蹴破ったところだった。
「何やってるんだ、お前!」
裕介は反射的に立ち上がっていた。
「ハットマンさんが用意してくれた道場に、ひどいことしやがって。許せねえな」
「元より、許してもらうつもりはありません」
意外にも、男は日本語で喋った。
「これから殺す相手に許してもらっても、しょうがないですからね」
サングラスの男性の手に、虚空から出現した矛が収まる。その矛は「ブラ・ブラ・ブラコン! ブラ・ブラ・ブラコン!」と賑やかな音声を発し始めた。
「……来る。内なる声が教えてくれる。僕の真の力が、覚醒する! 『アバターチューン』!」
男の全身が光に包まれたかと思えば、金の装甲と赤の装飾を持った、中華デザインの戦士が顕現していた。
「僕は超次元三武神の一人、『超ブラゴクウ』。今から君を処刑します!」
「……おいおい、マジかよ」
勘弁してくれ。よりによって三武神か。
こっちはまだ修行を終えていない。ゆえに、超ブラゴクウに対抗できるだけの強さは、今の裕介にはない。
「だが、そっちがその気なら迎え撃つしかねえよな」
変身しようとした裕介。が、駆けつけたピーターの「待つんだ!」の声で制止された。
「僕が時間を稼ぐ。君はその間に修行を完成させて、『BANG・解』の力を手にしてくれ。それ以外に、三武神に勝つ方法はない!」
「無茶苦茶言うなよ⁉ 第一、俺はこの雑巾がけでどうやってパワーアップを果たせばいいのかすらよく分かってないんだぞ!」
またしても、裕介の抗議は聞き入れられない。
「こっちだ、ブラコン武神!」
リボンダーマンへと変わったピーターが、両手首から伸ばしたリボンで超ブラゴクウを絡めとった。裕介が修行に集中できるように配慮したのだろう、そのままブラゴクウを同情の外まで投げ飛ばす。
「……畜生。やってやろうじゃねえか!」
ピーターの言うことが正しいのは理解できる。修行を終えられるか、終えられないかじゃない。終わらせなければならないのだ。たとえ、具体的な方法がはっきりしないのだとしても。
リボンダーマンの心遣いを無駄にはすまいと、裕介は雑巾がけを再開した。道場の隅から隅までを、重り入りの雑巾でピカピカに磨いていく。
足が滑りそうになろうとも、摩擦で手の平が焼かれそうになろうとも、彼は決してやめなかった。
(ここで俺が「BANG・解」習得に失敗すれば、ピーター師匠は超ブラゴクウにやられちまうかもしれねえ。それだけは絶対に嫌だ。「原典無し」の悲劇は、二度と繰り返させない。俺は……山ほどの人を守りてえんだ!)
そのとき、床と雑巾の摩擦が極限に達し、激しいスパークが飛び散った。
「おわっ」
驚き、変な声を漏らす裕介。眩しい光を浴びた彼は、自分の中に今までにない力が流れ込んでいるのに気づいた。体中にエネルギーが満ち満ちている。
(――そうか。これが)
雑巾から手を離して立ち上がり、自分の手を見つめる。いつの間にかそこに現れていたのは、グローブとナイフを一体化させたような、独特の形状の武器だった。
俺の、新しい力か。