アメリカでリボンズドライバーが盗まれる事件が起きているとも知らず、既に帰国していた早川裕介は、いつも通りの日常を送っていた。
いや、いつも通りと言うと語弊がある。オメガ珈琲シルバーとしての日課、市街地のパトロールを終えた帰り道、近くに来たついでに母校へ寄ってみることにしたのだ。母校とは、数年前まで彼が在籍していた大学、及び大学院のことである。
「はい?」
研究室を訪ねると、ドアの隙間から来部美明日の美しい顔が覗いた。裕介の姿を認めると、それはすぐさま嫌悪の表情に変わった。
「また来たの、早川くん。そんなに私に馬鹿にされたいわけ?」
「ンなわけねえだろ」
裕介は肩をすくめた。
「ちょっと確かめたいことがあったから、寄ってみただけだ」
「確かめたいことって?」
「お前のことだよ、美明日」
真剣な眼差しで、早川裕介は彼女を見つめる。
「お前を飲みに誘ってひどい断られ方をして以来、色々考えた。でも、やっぱり納得がいかなかった。どう考えてもあんなのは、俺が知っている来部美明日じゃなかった。お前、一体どうしたっていうんだよ?」
「私は私のままよ。いつだって変わらないわ」
「嘘だな」
彼と彼女の視線が一瞬、交錯した。
「なあ、覚えてるか? 俺とお前が、一緒にラーメンを食いに行ったときのこと」
厳密には、一緒に食事に行ったわけではない。大学近くのラーメン屋に裕介が入ったところ、偶然にも美明日がカウンター席に座っていただけだ。
「よう」
「あら」
軽く手を挙げて挨拶する。隣に座ってもいいか、と聞くのを省略できる程度には仲が良かったので、裕介はごく自然に彼女の横の席に座った。
「美明日もこういう店に来るんだな」
「ええ。私、こう見えて庶民派だから」
「本当かよ」
おどけた調子で言った美明日に、裕介がくすくす笑う。
間もなく彼が注文した醬油とんこつラーメン(並)――美明日が頼んだのと同じものだ――も着丼したので、二人仲良く麵をすすった。裕介は食べるペースが早かったので、すぐに完食してしまった。美明日はまだ麵の三分の一ほどを残している。
「替え玉、お願いします」
胃袋にやや余裕があった裕介が、店員に替え玉を頼んだ。その様子を見て、美明日は「そんなオーダーの仕方、非効率だわ」と呟く。
「この店は大盛り無料なんだから、最初から大盛りにしておけば良かったのに。並盛で注文して、あとから追加料金を払って替え玉するのは経済的じゃないわよ」
「うるせーな、思ったより並盛が少なかったんだよ。……てか、食事中にそんな細かいことを気にしてたら、飯が不味くなるぜ。百円や二百円の違いなんて、誤差みたいなもんだろ」
替え玉をスープを投入して美味そうにすすりながら、裕介が言い返した。
「はあ。頭の悪そうなオーダー方法ね」
やや芝居がかった仕草で、美明日はこめかみを押さえた。
「私だったら、そんな非効率な注文は絶対にしないと思うけど……でも、だからこそ、早川くんって面白いのかもしれないわね」
顔を上げ、ちょっと可笑しそうに微笑んだ彼女を前に、裕介はどぎまぎしていた。
「おい、どういう意味だよ、面白いってのは⁉」
「ふふっ。教えてあげないわ」
ごちそうさま、と店員に声を掛け、先に席を立つ美明日。いつの間にか、彼女は残りの麵を食べ終えていたようだ。
「ま、待てよ⁉」
ポニーテールを風になびかせて去っていく彼女を背を、大急ぎで替え玉を食べ終えた裕介が追いかける。食後すぐに運動は体に悪い。案の定、脇腹が痛くなった。
「あのときの俺は、お前が『面白い』と言った真意が読み取れなかった。でも、今なら分かる」
ドアの隙間に靴のつま先を入れるようにして、裕介は研究室へ滑り込んだ。美明日は迷惑そうな表情だが、構わずに続ける。
「美明日。お前は、俺のオーダー方法を『非効率』『頭悪そう』とからかいつつも、その頼み方に面白みを感じていたんじゃないか? 効率を追求しがちな自分と異なり、自由で楽しい食事をする俺のことを、一応認めてくれていたんじゃないか? だが、今のお前はお前じゃない。お前は誰だ。本当に、あの美明日なのか?」
美明日に詰め寄る裕介。
再会したときの彼女は、まるで別人だった。自分の頭の良さを鼻にかけ、「私より頭の悪い人間には興味がない」とさえ言い切った。裕介の非効率なオーダー方法を全否定せず、笑って受け入れた彼女は、どこにもいなかった。
原典無しと出会う前だったら、美明日の変貌をそこまで深刻に捉えなかったかもしれない。失恋した人が一時的に異性へ不信感を抱いたり、現実に絶望した人がフィクションの世界に耽溺したりするのは、割とよくある話だ。何かとんでもなく嫌な出来事があると、人は案外簡単に変わってしまうものである。
ただ、原典無しの言っていた「原典が人間界にも影響を与えつつある」という言葉が気になった。もしや、美明日が変わり果てたことにも何かしらの原典が関係しているのではないか、と思ったのだ。
「……クックックッ」
はたして美明日は、ずる賢そうな笑い声を漏らした。
「見破られてしまっては仕方ないわね。これが本当の私の姿よ!」
彼女の腰に、剣と一体化したような形状のベルトが出現する。それにスタンプ型のアイテムを押印し、美明日は「変身」と叫んだ。
『CUCKOLD・UP!(カーコルド・アップ)』
ベルトからも音声が発せられると同時、闇のオーラに包まれ、蝙蝠をイメージしたような漆黒の鎧を装着した。
『IMMORAL!(不道徳で) DISORDER!(無秩序な) DESIRE!(欲望) 超次元ライダー・ネトル!』
「な、何なんだよ、その姿は⁉」
後ずさった裕介の背が、研究室のドアにぶつかった。
「私は、超次元三武神の最後の一人。禁断の性癖『寝取り』のパワーを司る戦士。超次元ライダー・ネトルよ」
ベルトから剣を取り外し、ネトルと名乗った黒の戦士は淡々と言う。
「寝取りの性癖の力によって、私は他者の心を乗っ取り、肉体を自由に操ることができる。この女の体も、しばらく使わせてもらったわ」
「てめえ、本物の美明日をどこへやった!」
「ぐっすり眠っているわよ。私の中でね」
自分の胸を指でトントンと叩き、ネトルは笑った。
「私は彼女の意識を完全に抑え込んでいる。彼女を解放したければ、私を倒すしかないわよ」
「望むところだ」
携帯電話型の変身アイテムを取り出した裕介だったが、待てよと考え込んでしまう。ネトルを倒すということは、つまり美明日の肉体を傷つけるということではないのか。ネトルは彼女を人質に取っているようものだ。下手に攻撃しては、美明日の命が危ない。
「気づいたようね」
「ああ。仕方ねえな」
インストール、と呟き、裕介が銀のアーマーを纏う。
「仕方ねえから、最小限のダメージだけを与えて倒すことにしたぜ」
「甘い男ね」
ソードモードにした珈琲ブレイザーと、ネトル専用武器である「NTRブレード」がぶつかり、火花を散らした。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・仮面ライダーリバイス